非常停止ボタン“わざと”押して「億単位」損害賠償は都市伝説にあらず…本当に怖い「電車遅延」の“代償”

弁護士JP編集部

弁護士JP編集部

非常停止ボタン“わざと”押して「億単位」損害賠償は都市伝説にあらず…本当に怖い「電車遅延」の“代償”
命を救うこともできる非常用設備だが...(弁護士JP編集部)

「遅刻しそうだったから」「イライラしていたから」

そんな身勝手な理由で鉄道の非常用設備を操作し、電車の遅延を招く迷惑行為が後を絶たない。

ドアコック、非常停止ボタン、非常通報装置、非常通話装置をはじめとする非常用設備は、ホームに転落したり、踏切内に取り残されたり、電車内で体調が悪くなったりしたりした人の命を救うために必要なものだ。それだけではなく、近年相次いでいるような電車内での凶悪事件(※)が発生した際にも重要な役割を果たす。

(※)京王線車内傷害事件(2021年10月)、小田急線車内傷害事件(2021年8月)、東海道新幹線車内殺傷事件(2018年6月)、東海道新幹線車内放火事件(2015年6月)など

それにもかかわらず、自己中心的な考えで非常用設備を乱用することは、決して許される行為ではない。

“業務妨害”の罪に問われる可能性

「電車に乗り遅れそうだったから」など身勝手な理由で非常用設備を操作し、電車の遅延を招いた場合、どのような罪に問われるのだろうか。企業法務に詳しい石毛孝一弁護士は「偽計業務妨害罪(刑法233条)や威力業務妨害罪(刑法234条)という、業務妨害の罪に問われる可能性があります」と指摘する。

「電車の運行は、多くの人に移動手段を提供する大切な業務です。よって法的にも、その運行を妨げれば、その責任を追及されることになります。

緊急停止ボタンを押すことで『緊急事態だ』と鉄道会社をだまし、電車を停止させて円滑な業務を妨害したと判断される場合には『偽計業務妨害罪』が、たとえば駅員さんなどに制止されながら、無理やり『緊急停止ボタンを押す』行為などは、鉄道会社の自由意思を制圧し、円滑な業務を妨げたとして『威力業務妨害罪』が成立し得ると考えられます」(石毛弁護士)

ラッシュ時の損害賠償額「億単位」?

非常用設備を使った迷惑行為はもってのほかだが、人身事故などでも「ラッシュ時に電車の大幅遅延を招いた場合、損害賠償額は『億単位』になる」という“都市伝説”を聞いたことがある人もいるのではないだろうか。

これについて石毛弁護士は「その可能性もゼロではありません」という。

「損害賠償の内容としては、

  • 事故による対応にかかった鉄道会社の人件費
  • 他の運送事業者への振替輸送費
  • 車両が損傷した場合には車両修理費
  • 現場の清掃費

などが考えられます。

それぞれ具体的な被害の程度によって、請求額は大きく異なりますが、特に損害を判断するためのひとつの目安として『振替輸送の有無』はポイントになります。

確認作業をする間など、電車がほんの少し遅れただけなら、心情的な問題は別として、実際に何らかの費用が発生していることを証明し『損害がある』と評価するのは難しくなります。

一方で、電車が長時間止まってしまった場合には振替輸送が実施されます。鉄道会社に費用負担が発生していることから、損害が生じたことは明らかですので、損害賠償請求をされることも多いようです。

実際の損害賠償請求額は『数十万円』から『数千万円』の間となることが多いようですが、影響が大きければ大きいほど金額は上がっていきますので、『億単位』となる可能性もまったくないわけではありません。

ただ、実際に損害を請求されてから『いくら支払えばよいのか』という段階では、無理な金額の話をしていても払えません。実際に支払える額での和解の話ができますので、万が一の場合には、弁護士に相談されることをおすすめします」(石毛弁護士)

鉄道会社からの示談提案も「ままある」

企業イメージなどへの懸念から、鉄道会社が実際には損害賠償請求しないケースもあるのだろうか。

「鉄道会社に損害が発生し、態様から責任を負うべき者がいるのであれば、損害賠償をしっかりと行うことは適正な職務と言えますから、企業イメージを懸念することなく損害賠償を請求することも考えられます。

ただし、損害賠償請求を行うといってもいきなり訴訟(裁判)をするとは限りません。鉄道会社が行為者(または遺族)に接触し、損害賠償に関する話し合いを持つケースはままあります」(石毛弁護士)

示談が提案されるケースがあり得るとはいえ、場合によっては『億単位』の損害賠償請求がされる可能性もゼロではないとすれば、電車内やホームで違和感に気づいたとしても非常用設備を使うことに二の足を踏んでしまいそうだが...。

「緊急事態だと勘違いして非常用ボタンなどを押した場合、これが損害賠償請求の対象になるとすると、いざという場合に使用をためらってしまうことになり、事故を回避する目的が果たされない恐れがあります。

常識的な対応であれば、正当な行為として損害賠償の対象にならないため、過度に心配しすぎず、列車を停止しなければ人の命が失われかねない場合などには、非常用ボタンをしっかりと押して対処することも重要です」(石毛弁護士)

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

編集部からのお願い

情報提供をお待ちしております

この記事をシェア