年俸交渉決裂の末、一方的な「減額払い」に社員が提訴… 会社側の「言い分」裁判所はどう判断した?

林 孝匡

林 孝匡

年俸交渉決裂の末、一方的な「減額払い」に社員が提訴… 会社側の「言い分」裁判所はどう判断した?
会社は「年俸制」の詳細を「就業規則」に記載していなかった(ペイレスイメージズ1/PIXTA)

会社
「年俸を下げたいのですが」

Xさんたち
「え。応じることはできません」

Xさんたち
「んなこと就業規則に書いてないのに!」

年俸に関することが就業規則に書いてなかったのに年俸が下げられた事件です。

Xさんたちは「この減額は無効だ」と声を上げ訴訟を提起。

〜 結果 〜

裁判所は「うん、無効だね。就業規則にキチンと書かないとダメだからね(業績評価基準、年俸額の決定手続、減額の限界の有無...etc)」と判断。

けっこうガッツリ支払いを命じています(日本システム開発研究所事件:東京高裁 H20.4.9)。

X1さん 約766万円
X2さん 約503万円
X3さん 約438万円
X4さん 約240万円

ちまたでは、ふわふわした基準や社長の鶴の一声で年俸が決まっていることがあります。そんな場合は【裁量権の逸脱】として減額が無効になることがあります。

以下、裁判例をザックリ通して分かりやすく解説します(弁護士・林 孝匡)。

※ 判決の本質を損なわないようフランクな会話風に再構成してお届けします

事件の当事者

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▼ 公益法人
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・事業内容は中央官庁などからの受託調査など

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▼ Xさんら4名
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・研究室長や研究員

事件の概要

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▼ どんな年俸制か
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公益法人は以下のような年俸制を採用していました。

  • 個別の交渉によって賃金の年金総額を決定してきた
  • 毎年5月中旬までに個人業績評価を行う
  • 6月に交渉
     30分から1時間ほど
     合意に至れば賃金総額などが決定
  • この決定に基づいて7月から支給

この運用は20年以上前から続いていました。しかし…。

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▼ 労働基準監督署が動きます
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労働基準監督署から「コラ!」と是正勧告が入ります。お叱りの内容は「年俸制を採用しているなら就業規則に記載しなきゃダメよ」「労働基準法89条違反になるよ」というもの。

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労働基準法 第89条
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。〜
2 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
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▼会社はスルー
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しかし、会社は1か月後の期限までに就業規則を変更しませんでした。その後、数年たっても変更せず、今回の事件が勃発します。

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▼ 会社への不満が募る
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Xさんらは、いろいろと会社への不満が募っていたようです。個人業績評価のために必要な書類などの提出を拒みました。そのため、2年ほど年俸額の交渉が行われませんでした。

その後、会社はXさんらに対し年俸交渉を申し入れました。しかし、Xさんらは会社が提示した金額に同意せず。

すると会社は、年俸額を下げ、その金額を支払うようになりました。Xさんらは減額について説明を求めたり、「速やかに支給額を元に戻して差額分を支払ってほしい」と申し入れましたが、会社は応じず…舞台は法廷へ!

バトルの内容

両者の言い分は以下のとおり。

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▼ Xさんらの言い分
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「一方的に年俸を減額されました」
「差額を払ってください」

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▼ 会社の言い分
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「減額は有効です」
「減額の必要性・公正性・客観性が保たれてますので」

裁判所の判断

Xさんらの勝訴です(以下、とっつきやすさを優先するため裁判官をフランクにしてお届け)。

ーーー 裁判官さん、ポイントはどこにあるのでしょう?

裁判官
年俸のことを就業規則に書いていなかった。これに尽きますね」
「今回のケースは社員さんが同意しなかったから会社が一方的に年俸を下げたケースですよね。下げたけりゃ手続きなどをキチンと就業規則に定めておかないと

==== 正しくは ====
年俸額決定のための成果・ 業績評価基準、年俸額決定手続、減額の限界の有無、 不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、かつ、その内容が公正な場合に限り、使用者に評価決定権がある
====

裁判官
「この会社ではたしかに20年以上も年俸制を実施していますが、就業規則や給与規則に年俸制に関する規定は全くないんですよ。会社が地裁に提出した書面の中でもそのことを認めてますから」
「そうなると、減額は無理です」

ーーー 会社さん、不服なようですが…この際ブッちゃけましょう!

会社
「裁判官、ちょっと待ってくださいよ。年俸額を下げるために合意が必要だとしたら、社員がわざと交渉に応じないことで年俸の減額から逃げ回れるじゃないですか」

裁判所
「だーかーらー!就業規則に定めてれば良かったじゃん。労働基準監督署から『定めなさいよ』ってお叱りを受けたのに期限を過ぎても定めなかったよね。それから数年経っても定めてないじゃん。こんな状況なんだから、おたくが不利益を被っても仕方ないですよ」

会社
「Xさんたちは年俸交渉そのものを拒否してるんですよ。こんなXさんたちが『合意していない』と主張することは信義則違反だと思います!」

裁判所
「違うね。たしかにXさんたちが公益法人の組織運営などに不満を持って提示額に応じる姿勢は見せなかったけど、年俸交渉自体は拒んでないじゃん。その後、1年10か月近く、おたくからXさんらに対して『交渉しよう』と持ちかけることもしていない」
「あとさ、何回も言ってるんだ!け!ど!おたくが就業規則に定めなかったからこんなトラブルになってるんでしょ!ほかもろもろ考慮すると、信義則違反とは言えないですね」

とういわけで、年俸減額は無効となり、裁判所は「下がる前の年俸を払え」と命じました。

さいごに

Q.
もし就業規則に定めがあった場合は、年俸減額を受け入れるしかないんでしょうか?

A. いや、戦える可能性あはります。「これで減額ってムチャやろ!(=裁量権を逸脱している)」と戦える可能性があるんです。たとえば以下のようなケースです。

  • 査定に使われた基準が公正性・客観性に乏しい
  • 手続き違反がある
  • 差別的な査定が行われた

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▼ 裁判例
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1つ裁判例を挙げると、裁判官が「この給与の減額は人事権の濫用だね。約180万円を払え」と命じた事件があります(国際観光振興機構事件:東京地裁 H19.5.17)。

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▼ 相談するところ
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納得できない給料減額を喰らわされた方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。

労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。

今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士

林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。                                         Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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