経営陣“批判”した社員の「ボーナスカット」「降格処分」は妥当? 裁判所が下した意外な判断とは

林 孝匡

林 孝匡

経営陣“批判”した社員の「ボーナスカット」「降格処分」は妥当? 裁判所が下した意外な判断とは
会社側の「裁量権」が一部認められたが…(beauty-box / PIXTA)

「Aさんはクビにされたのと同じだ!」
「会社は全く血も涙もないことをする!」

Xさんが職場で大声で発言しました。それを聞いた上司や上層部がブチギレます。Xさんを降格させ、昇給も十分にさせず、ボーナスもカットするという決定をしました。

Xさんは訴訟を提起(マナック事件:広島高裁 H13.5.23)、結末は後ほど。分かりやすくお届けしています。

降格させるか、昇給させるか、ボーナスを上げるかは、基本会社の自由なんです。しかし! 「それ、ムチャやろ(=裁量権の逸脱)」のケースは違法となります。今回も一部違法になっています。

少人数の中小企業では、よく分かんねー基準で、減給されたり降格されたりすることがあります。そういうケースは『裁量権の逸脱』として戦える可能性があります。そのあたりも解説しました。どうぞ(弁護士・林 孝匡)。

※ 判決の本質を損なわないよう一部会話風に再構成してお届けします

事件の当事者

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▼ 会社
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・化学工業薬品の販売など

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▼ Xさん
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・業務課主任
・監督職(職能資格等4等級)

大声で経営陣を批判事件

H6.6.6
Xさんは職場で新聞記事を見て驚きました。「(あのAさん(取締役)が退任だなんて…)」。Xさんはその取締役を尊敬しており、家族ぐるみに付き合いもあったので、怒りが込み上げてきたのでしょう。

Xさんは【大声で】ほかの従業員の前で、「上場への最大の功労者であるA氏が(取締役として)再任されず顧問へ追いやられた。クビにされたのと同じだ。会社は全く血も涙もないことをする」というような発言しました(その後、6.29にA氏は会社を退職しています)。

所長は「勤務時間に何を言ってるのだ!」と強く注意しました。この大声事件はグングン上層部に伝わります。

会長とのヒートアップ面談

翌月の7.8
Xさんは会長に呼び出されました。会長がXさんに「言動を慎むよう」注意しようとしたところ…。

Xさん
「憲法19条・21条をご存じですか」
(思想・良心の自由、表現の自由)

会長
「今日は憲法議論をするために呼んだのではない。何の根拠もなく、会社の陰謀によって退職に追いやったごとく、吹聴することは許されない。厳に慎むように」

Xさん
「私は自分の信念に基づいて発言しており、何の非も認めません」

会長
「そんなに信頼できない会社と思うのなら、辞めたらどうか」

Xさん
「私には定年まで勤める権利がありますから、ゼッタイ会社を辞めません」

など口論となりヒートアップしたようです。そして終盤に近づき…。

会長
「今日、自分は何を言ったのか、また、今後どのような態度をとればいいのか。冷静になって考えるように」

Xさん
「私は信念を持って生きていくことしかできません」

ロック!

謝罪しないと、キミ…

Xさんは本部長に呼ばれました。

本部長
「会長との面談の件、謝罪しなければ人事考課で不利益を受けることがある」

Xさん
「信念に従った行動なので、謝罪の必要はあり得ません」

ふたたびハードロック!

降格処分

次の年のH7.4.1
Xさんは降格処分を受けました(4級 → 3級)。降格規程の「勤務成績が著しく悪いとき」にあたるとの理由です。

Xさんの主張は、「この降格処分は違法」というものです。

ーーー 裁判官、どうですか?

裁判官
「降格処分はOKです」

〈理由をザックリまとめると〉

  • Xさんに4級相当の能力があるかの判断については、会社に大きな裁量権がある。4級以上は監督職なので
  • ここ3年は、Xさんの監督職としての能力に疑問を示す評価がされていた。ex. 部下を巻き込んだ改善ができない、独りよがりの傾向が強い…etc
  • 勤務時間内に大声で経営陣批判をしており「問題」と判断されてもやむを得ない
  • 会長との面談では口論になったとはいえ、多分にXさんの個人的な思い入れに基づき経営陣を批判しているので負の評価を受けても当然と言わざるを得ない

十分に昇給されず

Xさんの主張は「あの事件を理由に昇給しなかったのだと思います。違法です」というもの。

ーーー 裁判官、どうですか?

裁判官
「昇給させるかどうか、金額をどれくらい上げるかについては、基本的には会社が自由に決めることができる(=会社の自由裁量)」
「しかし! 裁量権の逸脱がある場合、その昇給査定は違法

ーーー 今回はどうでしたか?

裁判官
「H7.4に昇給させなかったのはOKです。H6.6に経営陣を批判した事件がありその他もろもろ仕事にミスがあったからです」

裁判官
しかし!それ以降のH8.4・H9.4・H10.4に十分な昇給をさせなかったのは違法です」

ーーー どうしてですか?

裁判官
「あの事件以降、Xさんは経営陣を批判していません。なのにこの低い査定。これはあの事件を理由にされたと推認するほかはありません。これは裁量権の逸脱といえます」

ーーー つまり経営陣批判事件を根に持った査定だったからダメってことですね

裁判官
「先ほど述べたとおりです」(裁判官は不正確に捉えられるおそれがあることはゼッタイに言いません w)

で「違法な昇給査定だ」として約17万円の支払いを命じました。

ボーナスカット

Xさんの主張は「あの事件を機にボーナスも十分にもらえていません」というもの。

ーーー 裁判官、どうですか?

裁判官
「ボーナスを支給するか、どれくらいの金額にするかは基本的には会社が自由に決めることができる」
しかし! この会社の賞与規程では留意事項や実施手順を詳細に定めているので、これらに沿わないような裁量権の逸脱があればそのボーナス査定は違法です」

ーーー 今回のケースはどうでしたか?

裁判官
「H6の夏のボーナス査定は違法です。経営陣批判(H6.6)は夏のボーナスの算定期間(H5.11H6.5)より後の事件なのに、それを理由としてボーナスカットしてると認められるからです」
「H6冬のボーナス査定はOKです。経営陣批判事件や会長との口論事件や諸々があるからです」
しかし! それ以降のボーナス査定(H7夏期〜H10冬期)は違法です。算定期間前に勃発した経営陣批判事件や会長との口論事件を理由としていると推認するほかないからです」

ーーー 言いかえるならば根に持っちゃダメってことですよね! ねっ! ねーってば!

裁判官
「……」

てなわけで「違法なボーナス査定があった」として約146万円の支払いを命じました。

さいごに

要は、もう処分は済んだのに【根にもった】不利益処分を継続しちゃダメってことです(しつこい)。

裁量権を逸脱しているかどうかについては、社内規定に基づいて処分されているか? 処分の理由となった事実は真実か? 真実だとしてその査定や処分に合理的理由があるのか? などが審理されます。

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▼ 給料減額が違法となったケース
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今回のケースとは様子が違いますが、社長の【鶴の一声】で給料を30万円も下げられた社員さんの事件を軽く紹介します(コアズ事件:東京地裁 H24.7.17)。

社長が「私の命令を果たせなかったし新規顧客も開拓できてないので、給料を30万円下げますね」とマジで実行。社員さんはその後、解雇されました。社員さんは訴訟を提起。裁判所は「給与の減額は無効ね」と判断しました。もちろん解雇も無効。

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▼ 相談するところ
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納得できない理由で降格処分や給料減額をされた方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。

労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。

今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士

林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。                                         Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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