会社主催「腕相撲大会」で新人社員が骨折…“業務外”の「労災」を裁判所が認めたワケ

会社主催の【腕相撲大会】での出来事。
レディー…ゴー!
「ボキッ!」
肘を骨折!
社員は労災を申請(以下「Xさん」)。しかし…。
労働基準監督署は労災認定せず。理由は「業務上の負傷ではない」というもの。
Xさんは訴訟を提起しましたが、地裁でもダメ。Xさんがあきらめず控訴したところ…。
逆転勝利!高裁で労災が認められました(仙台高裁 R3.12.2)。
仕事とはカンケーなさそうな行事でも【全員参加が強制されているとき】は労災が下りる可能性があります。以下、分かりやすく解説します。
1番下に労災記事のリンクを貼っています。あわせて読むと【業務外の行事や飲み会でトラブルが発生した時どんなケースで労災が下りるの?】という知恵を身につけることができると思います。では参ります(弁護士・林 孝匡)。
事件の当事者
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▼ 会社
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・果物生産会社
・さくらんぼ、桃などの果物を生産
・従業員8名(25歳〜32歳)
・社長は31歳。若い!
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▼ Xさん
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・農作業をしていた方
・新人社員(採用されて1か月半)
・新人だが、62歳
どんな事件か
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▼ さくらんぼ収穫ガンバるぞー!
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という決起大会が開かれました。社長が音頭をとり毎年開催されていました。
社長は全員に声をかけて、全員が参加できる日程を調整。従業員全員が参加しました(社長+8名の従業員)。
その年の開催場所はそば処。午後7時からスタート。酒を飲みながらも、まずは少しカタイお話です。
社長が30分ほどさくらんぼの収穫の期間、場所、就労時間などを説明。そして新たに従業員として加わったXさんをみんなに紹介しました。
その後、7時30分ころから本格的に懇親会が始まりました。酒も進み場の雰囲気が盛り上がっていきました。
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▼ なぜ、腕相撲?
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その決起集会では恒例行事として【腕相撲大会】が開催されていました(以下、判決文を川風に再構成)。
ーーー シャチョー!なぜ腕相撲大会なんですか?
社長
「さくらんぼ収穫などの農作業は体力と協調性が必要です。腕相撲を通じて従業員の能力を測り、作業の役割分担の参考にもしていました」
なるへそ。腕相撲は頭脳戦という側面あり。駆け引きや呼吸法、瞬発力などをつぶさに観察して適性を図り、その人の能力を活かせる持ち場に配置するアレですね(よく分かっていない奴)。
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▼ 腕相撲大会がスタート
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さて、宴会が始まって1時間くらい経ったころ。社長のかけ声で腕相撲大会がスタートします。
■ 腕相撲のルール
・全員参加の勝ち抜き戦
・社長が最初に戦う
社長はXさんに声をかけます。「新人のXさん、やりますか」と指名。
ーーー Xさん、勝負を受けたんですか?
Xさん
「初めは断ったんです。私は62歳と高齢なので...。でも社長から「全員参加です」と言われたので、新人の私としては社長の挑戦を受けざるをえませんでした」
ーーー 社長との勝負の結果はどうでした?
Xさん
「私が勝ちました」
つよっ! 62歳が31歳に勝つ。長年、農作業に従事されていたからかな。長年インドアの私は、ゴングと同時に腕をヘシ折られることでしょう。
Xさん
「でもそれで終わりではありません。腕相撲大会は勝ち抜き戦なので2戦目があります。社長が2戦目の相手を指名しました。その2戦目で右ひじを骨折してしまいました」
Xさんは労災認定を求めて労働基準監督署に申請しました。
労働基準監督署
しかし、労基は労災認定せず。理由は、業務上の負傷〈じゃない〉というもの。感覚としては「ただの社員同士の腕相撲じゃん。仕事じゃーねーじゃん」と判断されたのかなと。
Xさんは訴訟を提起
ーーー Xさんの言い分を聞かせてもらえませんか?
Xさん
「私はその日、休みだったんです。でも社長から「決起集会は全員参加だから参加してくれ」と言われ参加しました。腕相撲も断ったのに「全員参加だから」と言われて参加せざるを得ませんでした。全員参加の行事でケガするって【業務上の負傷】だと思うんです」
…裁判所の判断や、いかに。
地方裁判所の判断
地裁では再び無念です。地裁は「腕相撲大会への参加には業務遂行性を認めることはできない」と判断。
Xさんは控訴。
高等裁判所の判断

オラーッ!星一徹バリのちゃぶ台返し!(若い人ゴメンなさい)Xさんの逆転勝利です!
高裁は「決起集会は会社が従業員に参加を強制した業務であることは明らか」と認定。理由は以下のとおり。
- 決起集会の内容など
社長が企画実施
全員が参加できる日を選んだ
会社が費用を負担 - 決起集会の目的
繁忙期を前にして事務的な連絡
慰労として飲み会を開き士気を高める
さらに裁判所は「腕相撲で対戦したことは決起集会への参加と一体となる会社の義務として、社長の指示に従って従業員が業務を遂行したといえる」認定。理由は以下のとおり。
- 新人のXさんは社長の挑戦を受けざるを得ない状況に置かれた
- 腕相撲は全員参加の勝ち抜き戦
- 2戦目も社長の指示に従って対戦したといえる
結果、高裁は「決起集会での腕相撲による負傷は【業務上の負傷】だ」と認定。
高裁は社員同士の腕相撲ってところだけに焦点を当てるのではなく【この決起集会って何?】ってところを詳細に捉えて判断した気がします。
ただの宴会のイッキ飲み対決だったらアウトだと思いますが、さくらんぼ収穫に向けた集会で、初めに仕事の説明があり、腕相撲大会も従業員の関係を円滑にするなどの目的があったことが考慮されたのかなと思います。あとは、宴会も腕相撲大会も全員参加が強制されていたってところがデカイですね。
さいごに
腕相撲労災って初めて聞きましたね。接待や飲み会など、会社の業務外で発生する労災あるあるについては以下の記事でも分かりやすく解説しています。気になるものをご覧いただければと思います。
“接待ゴルフ”は「仕事」なのに… 事故発生も“労災”認められないケースとは?(https://www.ben54.jp/news/294)
会社の新年会で「酒の飲み過ぎ」階段から転落し大けが…“労災”は下りる?(https://www.ben54.jp/news/290)
今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。