マイカー通勤の社員“帰宅中”追突事故で加害者に…「会社の責任」裁判所はどう判断した?
社員がマイカーで通勤。
帰宅途中、交通事故を起こす!
果たして会社は責任を負うのか?
被害者 vs 会社
実際の事件を解説します。結果、裁判所は「会社は使用者責任を負う」と判断。クルマ社会の地方だと使用者責任を負うケースが多そうです。
電車が網の目に運行している都会なら「マイカー通勤は社員の都合だろ」ってことで会社の責任は否定されるケースが多そうですが。
会社が使用者責任を負うかどうかは、さまざまな事情が考慮されてジャッジされます。そのあたりも解説しました(前橋地裁高崎支部 H28.6.1)(弁護士・林 孝匡)。
どんな事故か?
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▼ 事故を起こした方
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・社員(60歳・以下「Yさん」)
・仕事を終えて帰宅途中
・【マイカー】で事故を起こす
・任意保険に加入しておらず
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▼ 事故にあった方
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・女性(50歳・以下「Xさん」)
こんな事故です。工場での仕事を終えたYさんがマイカーで自宅に向かっていました。夕方5時ころ事故が発生。Xさんの車が信号待ちしていたところに、Yさんの車が後ろから衝突。
Xさんは、Yさんの勤めている【会社に対して】損害賠償請求。Xさんは、Yさんが任意保険に入っていなかったため、「支払いできないだろうな」と踏んで会社に請求したんだと思います。
Xさんの請求
Xさんは両肩挫傷、腰部挫傷などを負いました。そこでXさんは、Yさんの勤めている【会社に対して】約197万円の損害賠償を求めて訴訟を提起。
裁判所の判断
Xさんの請求がほぼ認められました(約194万円)。会社からすれば、仕事が終わってからのマイカー事故でなんでウチが払わなきゃダメなんよ!って感じだと思いますが、今回【使用者責任】なるものが発生したんです。
Xさんは二つの法律構成で会社の責任を追及しました。結果、自賠法3条は無念で、使用者責任が認められました。以下、順に解説します(判決文をマイルドな会話風に再構成)。
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× 自賠法3条
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Xさん
「会社はYさんの車で運行利益を得て運行支配もしていた」
「だから自賠法3条により責任を負うでしょ」
以下の条文に基づく言い分です。
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自賠法 第3条(正式名称:自動車損害賠償保障法)
自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。(以下、略)
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しかし、裁判所は「いや。この条文で責任を負わせることはできない」と判断。理由は以下のとおり。
- この車は会社所有ではない
- 会社が使用していたわけでもない
- 会社の指示でYさんが運転していたわけでもない
仮に、Yさんのマイカーを【業務で】利用してたときの事故なら、自賠法3条に基づいて会社が責任を負うんですが、今回の事故は【帰宅途中】。業務そのものじゃない、ってことで自賠法に基づく責任は否定されました。
会社がホッとしたのもつかの間。
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〇 使用者責任 (民法715条)
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しっかーし! 裁判所は「会社さん、使用者責任は負いなさいよ」と判断。以下の条文です。
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民法715条
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う(以下、略)
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会社は以下のような反論をしました。
会社
「この事故は業務そのものから発生したわけではありません」
「Yさんが【仕事を終えて帰宅する時に】発生したものです」
「なので事業の執行とはいえないじゃないですか」
たしかに仕事が終わってからのマイカー運転。仕事から解き放たれています。私なら爆音でBOØWY(ボウイ)を流して熱唱してます。
―――――― 裁判官さん、なぜ【事業の執行】といえるんですか?
裁判官
「通勤は会社の事業の執行について不可欠の行為です」
「たしかに車で音楽やラジオを聞いたり自由に過ごせるので…」
「事業の執行とは言い難い側面もあるのですが」
「今回のケースは以下の事情を考慮して【事業の執行】と認定しました」
〈裁判官が考慮した事情〉
- Yさんが勤務する工場は山あいにあった
- 道のり
険しい(山地や丘を越えることもあり) - 通勤時間
徒歩通勤すると2時間くらいかかる。
電車通勤しても2時間くらいかかる。
車なら20〜30分くらい - 交通費
電車なら 約16万8000円(6カ月)
車なら 約4万(ガソリン代・6カ月) - 会社は通勤用のバスを運行させていない
- 社員のほとんどがマイカー通勤している
工場勤務250人のうち247人がマイカー通勤 - 会社は工場の近くに広大な駐車場を設けていた
裁判所
「以上の事情を考慮して【事業の執行】と認定しました」
会社
「10キロくらいなら徒歩通勤もできるじゃないですか」
「歩かずとも電車や自転車で通勤している人もいますよ」
裁判所
「Yさんの自宅からの険しい山道を徒歩通勤って危ないじゃん」
「炎暑、降雪、強風の日もあるしさ」
「Yさん60歳よ」
「電車通勤・自転車通勤してる人、合計3人しかいないじゃん」
というわけで、裁判所はザックリ「Yさんはマイカー以外で通勤することはほぼ不可能。なので今回は帰宅途中でも【事業の執行】といえる」として会社に使用者責任あり、と判断しました。
ほかの裁判例
今回は会社にも責任ありと判断されましたが、会社に責任を負わせなかったケースもあります。ひとつ挙げます。会社の責任を否定したケースも多いです。
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最高裁 S52.9.22
従業員がマイカーでの出張中に事故を起こす。マイカーを使う場合は会社の許可を得なければならなかった。従業員はそのルールを破り運転。
〈裁判所の判断〉
【事業の執行】とはいえないので会社は使用者責任を負わない。
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さいごに
従業員がマイカー通勤で起こした事故について会社が責任を負うか?については、以下の事情などが考慮されてジャッジされます。
- マイカー通勤を会社が認めていたか
- マイカー通勤している社員の割合
- マイカー通勤せざるを得ない状況だったのか
公共機関を利用した場合の時間的、経済的負担 - んな状況じゃないのに社員がオノレの都合で車を使っていたのかなど
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▼ 経営者層の方へ
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「従業員の【マイカー通勤途中・帰宅途中】の事故でウチが責任を負うなんてまっぴらゴメンだ!」という方は以下を徹底することをオススメします。
- マイカー通勤ダメを文書で周知しておく
- マイカー通勤を黙認しない
- 駐車場の提供をしない
- マイカー通勤手当やガソリン代などは支払わない
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▼ 社員さんへ
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会社が被害者に払ってくれたとしても、会社がその分をアナタに請求してくる可能性があります。求償権の行使といいます。
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民法 第715条3項
前2項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
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でも全額はらう必要のないケースがほとんどです。金額は制限されることが多く、裁判所は「信義則上相当といえる範囲」での求償を認めているに過ぎません。
「全額払えオラ!」とどう喝されている方は労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。
今回は以上です。またお会いしましょう!
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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