「花粉症ゼロ」は実現可能か? 東京都が進める人口林“植え替え”対策の悩ましい現実

弁護士JP編集部

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「花粉症ゼロ」は実現可能か?  東京都が進める人口林“植え替え”対策の悩ましい現実
東京では3万ヘクタールの人口林に杉・ヒノキが植えられている(※写真はイメージです。haku/PIXTA)

環境省によれば、今年、多くの地域で、過去10年間の杉花粉の最大値を超える観測値が報告されているという。また、関東では杉よりも飛散時期が約1か月遅いヒノキの雄花も極めて多くなっているといい、花粉症患者にとってはつらい春の訪れとなっている。

この時期、SNSなどで決まって話題になるのは、小池百合子東京都知事が、2017年に希望の党を結成し衆院選に出馬した際の公約「花粉ゼロ」だ。都民の2人に1人が花粉症と言える状況(※1)で、都知事選の公約ではなかったとはいえ、多くの花粉症患者、特に都民はこの公約に“希望”を感じたのではないだろうか。

(※1)都が2016年度に行った調査で、杉花粉を原因とした花粉症推定有病率は48.8%に上った。

小池都知事による花粉対策は?

しかし希望の党が分裂し、国政から距離を置いた小池都知事の口から「花粉対策」の話題が出たのは、都議会の会議録で確認すると「平成30年第3回定例会」(2018年9月26日)の中でただ一度となる。

〈(前略)花粉の少ない杉への植えかえを加速して、もはや社会問題でもあります花粉飛散量を大幅に減少させる(中略)育樹祭を契機に広く発信をしてまいります。〉

この時言及された「花粉の少ない杉」(※2)への植え替え事業は、2006年度に自身も花粉症患者だった石原慎太郎都知事(当時)がスタートさせた事業だ。この事業を“止めなかったこと”が、小池都知事にとって現時点で唯一の花粉症対策と言えるだろう。

(※2) 林木育種センターの検定を受けて登録された品種で、花粉飛散量は普通の杉の約1/100以下。現在は無花粉の杉の研究も進められている。

そんな杉の植え替え事業はどのように進んでいるのか。花粉症患者がこの事業の恩恵を受けられるのは一体いつになるのか。植え替え事業をはじめとする花粉の発生源対策を行う、東京都産業労働局農林水産部森林課課長の巽伸広氏に話を聞いた。

なぜ杉やヒノキの人工林が多いのか

「花粉症の主たる原因と言われているのは、戦後に全国で植えられた杉やヒノキです。杉やヒノキは成長が早く、まっすぐに伸びるため加工もしやすい。昔から建築資材として活用されていました。戦後復興に多くの建築資材が必要だと考えた国は、土地所有者らに補助金を出すなどの支援をしながら、杉やヒノキを植えてもらったのです。都には多摩地域におよそ5万3千ヘクタールの森林がありますが、このうち3万ヘクタールが人工林です。東京ディズニーランドとシーを合わせて100ヘクタールほどですから、その300個分の土地に杉とヒノキが植わっています」(巽氏)

これら広大な人工林で植え替え事業が行われるのだが、中には木を切り倒しても運び出せないようなエリアもある。そのような場所では間伐(※3)をする対策しかとれないという。

間伐によって地表の植物が成長する。林野庁サイト「間伐とは」(https://www.rinya.maff.go.jp/j/kanbatu/suisin/kanbatu.html)より

(※3)木を間引き、密度を調整する作業。間伐を行うことで光が地表に届き、多様な植物の発達が促進されるが、植え替えと異なり普通の杉も残る。

実質的に植え替えが可能な人工林は3万ヘクタールのうち、およそ1万2千ヘクタールに限られる。当然それも一気に植え替えられる訳ではない。

「近年は集中豪雨なども頻発しています。一気に植え替えを行い、木が小さなうちに土砂崩れが起きてしまったらどうなるかも考えなければなりません。また、植え替えた木が資源として使えるようになるまでには50年かかります。その間、都から木材を供給することができなくなってしまえば、それを利用して産業を行う人たちが影響を受けてしまうのです」(同上)

植え替えが思うように進まない背景

広大な人工林をすべて植え替えるには、非常に長い年月を要することになる。

巽氏は、植え替え事業が進まない要因について、「木材価格の低迷」や「林業の衰退」、さらには「森林の所有者・境界が不明」という問題もあると説明する。

「都は森林の所有者から木を購入・伐採し植え替えを行っていますが、実は多摩地域で100ヘクタール以上の森林を所有している方は47人しかいません。逆に1ヘクタール(100m×100m)未満の方は6491人います(いずれも令和3年4月1日時点)。所有者に確認しなければ伐採はできませんが、登記を確認しても二代も三代も前の方の名前しかない場合も多いのです。そういった森林が1ヘクタール未満という小規模な単位で多数散在しているとなると、その一つ一つについて、所有者や境界を確認・特定していく作業に、多大な時間と労力が必要となります。私どもとしても、もっと植え替えを進めたいけど、一筋縄ではいかない側面があります」(同上)

孤軍奮闘する東京都

事業が始まってから本年度末までの17年間で、都はおよそ750ヘクタール分の植え替えを行っているが、花粉の量は木の個体差や、前年夏の降水量や日照などさまざまな要因に左右されるため、飛散量で事業の開始前と今の比較をすることはできない。

さらに、林野庁の「花粉発生源対策プロジェクトチーム」の調査によれば、東京駅を中心とした10キロ圏内には埼玉県や神奈川県、静岡県など近隣県の森林からも杉花粉が到達していることがわかっている。

しかし現在、行政による直接的な植え替え事業は東京都でしか実施されていない。

林野庁「スギ花粉発生源対策重点区域の推定」(https://www.rinya.maff.go.jp/j/sin_riyou/kafun/pdf/190307.pdf)より

「ほかの県でも森林の所有者の方たちに向けて、『木を切った後には必ず花粉の少ない杉を植えてください』と言っていますが、行政として木を買っているのは東京都だけです。杉とヒノキは全国にありますし、都だけで対策していても限界はあります。森林の所有者がわからず植え替えを進められないという問題も含め、花粉を減らすためには国の主導も不可欠だと感じています」(同上)

個人ができる「花粉対策」

花粉を減らすために個人が実践できる取り組みについて、巽氏は次のように説明する。

東京の森林に関するリーフレット(弁護士JP編集部)

「直接的なことで言えば募金や、『企業の森』というネーミングライツのような取り組みも進めていて、収益は花粉の少ない杉に植え替えるお金にあてています。

でもまずは、花粉が飛んでくるからと敬遠するのではなく、森林に関心をもっていただきたいですね。そしてやっぱり身の回りで東京の“木”を使ってもらいたい。それが花粉の少ない杉への植え替えにつながりますから」

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