「雑魚はいらねえんだよ」人格否定の“退職強要”にうつ病発症…会社の“業務上の指導”が違法とされたワケ

「じゃあ書けよ、書けよ!退職願を」
「どっかへ行けよ。それで終わらすべよ」
この言葉は実際にバス会社で運転手に言い放たれたもの。裁判所は【退職強要】と認定。ほかに「雑魚」「チンピラ」などの侮辱発言もあり慰謝料60万円の支払いを命じました。
最近のニュースでは、看護師の女性が「退職を強要された」として病院を訴えています。夜勤に入れないと申し入れたところ、病院から退職届を出すよう催促され続けたようです。
今回は、上記の看護師さんと同じように退職届を出すよう追い詰められていったバス会社での事件を解説します(東武バス日光ほか事件:宇都宮地裁 R2.10.21)(弁護士・林 孝匡)。
どんな事件か
Xさんはバスの運転手です。なぜ会社はXさんに退職強要するようになったのか? 発端は以下の事件です。
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▼ Xさんが男子高校生に「殺すぞ」発言
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Xさんはバスに乗ってきた男子高校生にこんな発言を。
「おめえ、次、ぜっていやんなよ。頭出したろ。ふざけてて。次、殺すぞマジで」
オイオイ言い過ぎだって...。Xさんがブチギレた理由は、男子高校生がバスの停留所で上半身を車道側にのけぞらせていたからだそうです。
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▼ 女子高生の不正乗車を疑う
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お次は女子高生への発言。女子高生が降車しようとして料金箱に回数券を入れたとき。
Xさんは「ムムッ。この子は不正乗車をしている」と判断したようで、以下の言葉を女子高生に投げかけました。
「君、あれー、回数券さ、折りたたんじゃいけないって知らない。知らなかった。じゃあ気を付けようか。じゃあ、担任の先生の名前と学年主任の名前とクラスと番号、教えて」
その日の夜、女子高生の保護者から会社へ苦情のTELがありました。「私の娘が運転手からドロボー扱いされた」という苦情です。
ここから会社が動き始めます。ドライブレコーダーの映像などを見て「お客様にありえん暴言を吐いとるやないか!」と激怒したんでしょう(ドライブレコーダーの映像は裁判所に提出されています)。
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▼ 話し合い
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上司たちはXさんを会議室に呼び出し、以下のような発言をしました(一部抜粋)。
「じゃあ書けよ、書けよ!退職願を」
「どっかへ行けよ。それを言ってんだよ何回も。それで終わらすべよ」
「もう2度とバスには乗せない」
「もう終わりです」
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▼ うつ状態と診断される
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Xさんはうつ状態と診断され、約2か月、自宅療養しました。
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▼ 運転業務を外される
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その後、職場復帰したのですが、運転業務から外されました。事務机に着席するよう指示され「運転士服務心得」を書き写すように繰り返し命じられました。
また「黄色いバスの奇跡」という小説を読んで感想文を書くよう指示も受けました。
これ以外に仕事はなく、何もせず座っている状態が続きました。
Xさんの主張
そこでXさんは損害賠償を求めて訴訟を提起。Xさんの主張は以下のとおり。
- 退職を強要された
- 暴言で人格を否定された(=パワハラだ)
- 運転業務を外された
(難しい言葉でいえばパワハラの【過小な要求】類型)
裁判所の判断
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▼退職の強要
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裁判所は「以下の発言は違法な退職強要だ」と判断しました(他にもありますが一部抜粋します)。
- 「向いてねーって!向いてねえよ」
- 「うちのブランドに合わないんだよ。プライド持って仕事してんの!」
- 「うちの会社には向かねえよ」
- 「こんな会社って、見切りをつけて他の会社行けよ!」
- 「〇〇バスのブランドには、もうそれは向いてない!いらないんです」
- 「じゃあ書けよ。書けよ!退職願を」
- 「どっかへ行けよ。それを言ってんだよ何回も。それで終わらすべよ」
裁判所は「複数の上司が会議室などで発言し約1時間にも及ぶこともあった。退職勧奨(=Xさんの自由な意思決定を促す行為)として許される限度を超えているので違法」と判断。
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▼ 人格否定(パワハラ)
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OK発言とNG発言があります。順に解説します。
○ OK発言
- 「またやるよ。それでカーッとすると右も左もわからなくなるんじゃ、もう客商売よしたほうがいいよ」
- 「憧れかもしんないですけど〇〇バスブランドはね、もう汚されたくない。もう結局みんながこういう人だって思われちゃうんで」
- 「まぁもう会社では要らないんです。必要としていないんです」
上の発言については裁判所は「男子高校生、女子高生の件で指導の必要性が高かった。厳しい発言があったとしても直ちに業務上の指導を超えたことにはならない」と判断。
× NG発言
しかし、以下の発言は「違法!」と判断。
- 「その辺のチンピラがやることだよ。チンピラいらねえんだよウチは」
- 「雑魚はいらねえんだよ」
上司がヒートアップしすぎちゃいましたね。裁判所は「これは原告を侮辱している。業務上の指導を超えているので違法」と判断。
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▼ 運転業務を外されたこと
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窓際族のような措置もアウトになりました。
- 【文書の作成】と【読書】を1か月以上も繰り返し指示
- 作業のない時間はずっと座らせるだけ
- Xさんが反省の弁を述べても「現状では乗車させられない」と突っぱねるだけ
との理由で裁判所は「 業務上の指導を超え違法」と判断しました。
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▼ 慰謝料の金額
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認められた慰謝料は60万円です。
最後に
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▼ 会社関係者の方へ
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お客さまに「殺すぞ」と言ってしまうような従業員を辞めさせたい気持ちは痛いほど分かります。退職強要にならないような退職【勧奨】を実践すべきなんですがこの線引きは本当に難しいと思います。常に録音されていると思って、腹立つ気持ちをグッとこらえて、冷静かつ沈着に進めてみてください。
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▼ 従業員の方へ
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この裁判ではXさんが録った録音が証拠として提出されています。録音は最強です。録音が出てきたら会社は認めるしかないからです。
なので、不穏な空気を感じる呼び出しを受けたら録音状態にして話し合いに臨みましょう。
今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!
【筆者プロフィール】
林 孝匡(はやし たかまさ)
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。
HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1
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