「YouTuberは簡単に炎上できなくなります」 異色の弁護士が語る新時代「YouTube法務」の重要度

弁護士JP編集部

弁護士JP編集部

「YouTuberは簡単に炎上できなくなります」 異色の弁護士が語る新時代「YouTube法務」の重要度
動画コンテンツはカオスから「まっとうな」ビジネスとして急速に成長している(metamorworks / PIXTA)

この数年のコロナ禍で各種のビジネス業態は大きく変容した。特に注目されたもののひとつがインターネット関連のビジネスではないだろうか。

中でもYouTubeなどの動画コンテンツには、ロケや「密」となるスタジオ収録が激減した芸能人などが、本格参入し、大物も自らのチャンネルで情報を発信。巣ごもり需要に伴い、視聴者数も伸びた動画コンテンツは、かつての「なんでもあり」のある意味カオスな状態から、「まっとうな」ビジネスとして急速に成長を遂げている。

「IT、特にインターネットを使ったビジネスの「戦場」として、すでにYouTubeは無視できない存在となっています。少なくとも、インターネット系の企業法務・事業者向けの弁護士は、そこに着目しなくてはいけないと思っています」

こう話すのは、昨年10月に『Q&A実務家のためのYouTube法務の手引き』(日本加除出版)を出版した、モノリス法律事務所の河瀬季(かわせ・とき)弁護士だ。

「高収益型のビジネス」もYouTubeでは可能

河瀬弁護士は、現在の動画ビジネス隆盛の背景について続ける。

「私なりの解釈ですが、『インターネットを使って、個人が何らかの形でメディア的な発信を行い、お金を作る』という営み自体は20年位前から行われてきたもので、YouTuberについても、その根本的な構造は変わっていないと思います。

“前時代”だと、例えばアフィリエイトサイト、個人ブログ、まとめサイトなどのさまざまな形態が存在していました。現在では、それらにYouTubeが加わって、インターネットでビジネスをする人が増えてきたということではないでしょうか」

インターネットは従来型のメディアに比べて圧倒的にその制作に関わる人数が少ない。限られた人数で大きなお金を回すという、「高収益型のビジネス」もYouTubeでは可能だという。

例えば、1日10万人が読む地方新聞や、1日10万人が見る情報発信型のウェブメディアを運用するのには、それなりの人間が必要だ。しかし、YouTubeであれば、1日の平均再生回数が10万回を超える規模であっても、そのチャンネルの運営に関わる人数は少ない。その意味で、YouTubeは、オールドスタイルなメディアやネットメディアと比べて、圧倒的に「高収益型」にもなり得る。そして、このような効率の良い少人数でのビジネスでは、内部で契約などの法務まで逐一こなすことは無理があるため、アウトソーシングのニーズが高まるという構造がある。

また、広告予算を投下するスポンサーサイドも、当然認識は変わってきている。

インターネット黎明(れいめい)期には、一般的なスポンサー広告がつきにくかった。「まとも」な企業はインターネットに広告は出稿せず、全予算をテレビCM・雑誌広告などに出稿するのが通常であった。

潮目が変わったのが、15年ほど前のこと。インターネット広告業界の草分けとも言われるとある広告代理店が、金融業界などからの案件をとり扱いはじめ、いわゆる「ナショナルクライアント」もインターネットに広告を出す大きなきっかけになったのだという。

「YouTubeにも、大企業が興味を示し始めています。これらの広告代理店が日本のネット広告を変えたのと同様、ということなのかもしれません。まだそこまでの規模ではないですが、一般的な知名度のある企業が、YouTubeにそれなりの予算を投下する時代になってきました。

コロナ以降は普通の人もYouTubeを見る機会が増え、運営側、お金を出す側、視聴側の3プレーヤーがここ数年で様相を変えました。これによって、過激な内容の動画が求められるだけの世界ではなく、スポンサー企業のイメージにまで考慮したまともな大人の世界になってきました。

エクイティサイドの議論も変わってきて、YouTube関連の会社がIPOやM&Aを検討することも、少しずつ珍しくなくなってきました」

YouTubeは「まともな大人の世界」になったと話す河瀬弁護士

YouTube配信者のコンプライアンス意識がより重要な時代

YouTubeが「大人の世界」になったことで、コンプライアンスという概念も発生する。昨今SNSなどで話題となる、炎上動画の元祖ともいえる「迷惑系動画」などで視聴回数を稼いできた配信者の意識も、それにともなって変化する必要がある。

「ある意味で言えば『まともな』お金を受け取りはじめたYouTuber(ユーチューバー)は、簡単に炎上できなくなります。YouTube自体の広告収入1本でやっているのであれば、炎上で注目を集めて視聴者が10万人も増えれば結果的にプラス、という考え方もありえなくはないのですが、スポンサーなどが付いていれば、そのスポンサーを失うリスクが発生します」

スポンサー、ASP(アフィリエイトサービスプロバイダー:広告主とアフィリエイターを仲介する会社)、その他企業が関係するような案件であれば、「大人の世界」となった今では、炎上にも十分注意する必要があり、YouTube配信者のコンプライアンス意識がより重要な時代となった。

YouTube上の「迷惑系動画」は”時代遅れ”!?(foly / PIXTA)

YouTube関連法務に対応できる弁護士は足りていない?

カオスから徐々に成熟期に入りつつあるYouTubeだが、前述の契約などの法務関係について、個人で対応するのは難しい。これらのYouTube関連法務に対応できる弁護士の必要性は増す。

「YouTuberは全国にいるわけですが、YouTube関連法務に対応できる弁護士は、全国レベルでいうと足りていません。その理由は大きく分けて三つあげられます。

①まず、いわゆる「街弁(※地域内などの案件を扱う小規模な事務所に所属する弁護士)」が日常的に取り扱う民事・刑事の法領域からは少し遠い部分があるということ。YouTube関連法務には、著作権や商標などの知財系の知識と経験が必要になります。

②IT、インターネットビジネス特有の議論がどうしても発生するということ。例えば、企業案件を受ける際には、「報酬は固定でもらうのか、ワンクリックいくらでもらうのか」、「飛び先のLPでコンバージョンが発生したらいくら…」のような特有の用語や商習慣を理解していないと、いまいち何をやっているのかよく分からないかもしれません。

③さらに、弁護士業務ではないと言われればそれまでですが、こういう仕事をやるには、法律だけではなく、YouTubeや各SNSなどの『利用規約体系』といったものを把握する必要があります。

例えば動画のリーガルチェックを依頼され、「著作権的には問題はない」というレビューを返しても、「利用規約違反」で動画が消されてしまうリスクを排除できていません。依頼した側は、動画が消えるかどうかが重大な関心事なのであって、削除される理由が法律違反か利用規約違反かは重要ではないはずです。したがって、各サイトの利用規約を理解していないと、そういうスコープの仕事しかできないということになります」

数人で年間数億という高収益型のビジネスを、どう安全に運用するか。もちろんそのような少人数でのビジネスにおいては、契約書の作成やチェックなどの専門的な法務をアウトソーシングして弁護士の全面的なサポートを受けるというのも数年前から常識となっているものの、まだそのニーズに対応できる人材は足りていないのが現状だという。

「YouTuberは、基本的に、全国どこにいてもできる仕事です。むしろ、特定の地域に居住し、その地域に密着したテーマ作りなどで人気を博するチャンネルなども存在します。全国にYouTuberは存在し、その法務サポートを行う弁護士も、本来、全国に必要だと思います」

YouTubeチャンネルをサポートする弁護士のニーズは高いが…(Graphs / PIXTA)

トップを狙うための「3乗」の戦略

河瀬弁護士は、20代前半にIT関連のエンジニアやIT雑誌へ記事を寄稿するフリーライター、そして自らIT企業経営をおこなうなど異色の経歴を経た後、弁護士へと転身している。それらの経験で得た哲学を基に、河瀬弁護士が代表を務めるモノリス法律事務所はITに特化する法律事務所として地位を確立してきた。

「20代の頃にITでビジネスをやってみた結果として、ビジネスで殴り合いをして、自分がIT企業の頂上を目指すのは結構きついなという感覚がありました。それこそ、親戚縁者へ土下座回りしてお金を借り、裸一貫、東京で飲食店から始めました、という人はやはり強い。自分には、そういう意味での「強さ」がないと思いました。

また、勉強は得意ですけど、例えば数学者になれるかというと多分なれない。そして、ITも得意ですけど、優秀なインド人に対して、コーディングの能力では、多分勝てない。つまり、どれに関しても自分より上はいるということです。ただ、ビジネス、法律、ITの三つどれに関しても、数百人に一人くらいの能力はあると思っているので、その数百を「3乗」すれば、日本でトップは狙えるかもしれない、という感覚で今に至っています。

本当に何かに突出した天才でもない限り、3乗しないと厳しいのではないか、というのが、私の感覚です。「ITに強い弁護士」という、いわば職人的な弁護士は少なくありません。私は、その中でトップになる自信は、あまりありません。ただ、スケールして、大きいプロジェクトを遂行できる法律事務所はあまりないと思います。それは、法律とITに、さらに「ビジネス」をかけ合わせる必要があるからだと思います」

今後は、常に変化し続けるITビジネスの土壌で戦い続けるため、「3乗」の戦略をより深化させ、国内のみならず、世界という視点でも未来を見据えているという。

また、今後はこのような「インターネット法務」のニーズに対応できる弁護士がよりいっそう増えることで、「大人の世界」になりつつあるYouTubeが、よりよいビジネスの場となることを期待しているとのことだ。

『Q&A実務家のためのYouTube法務の手引き』(日本加除出版)
著者:河瀬季
定価:3190円(税込)

【河瀬季(かわせ・とき)】
モノリス法律事務所 代表弁護士
ITエンジニア、IT企業経営を経て、東京大学大学院法学政治学研究科を修了、弁護士資格を取得。東証プライム上場企業からベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士を務める他、YouTuber、VTuberなど多くの動画クリエイターらをクライアントに持つ。著書にNHK土曜ドラマ「デジタル・タトゥー」の原案となった『デジタル・タトゥー』(自由国民社)、『ITエンジニアのやさしい法律Q&A』(技術評論社)など。

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

編集部からのお願い

情報提供をお待ちしております

この記事をシェア