バス運転士自殺「魔女裁判」によるパワハラも労災認められず遺族が敗訴

弁護士JP編集部

弁護士JP編集部

バス運転士自殺「魔女裁判」によるパワハラも労災認められず遺族が敗訴
中日臨海バス 川崎営業所 運転士の仮眠室(写真:弁護団提供)

長時間拘束による過労とパワハラが原因で2014年10月に自殺したバス運転士の遺族が国に対し労災不支給の取消を求めた裁判で、11月25日、東京地裁が請求を棄却する判決を下した。

亡くなったバス運転士は川井康雄さん(享年53歳)。中日臨海バス 川崎営業所に勤務し、京浜工業地帯の工場へ従業員たちを送り届ける仕事をしていた。大型車両の運転士は康雄さんのかねてからの夢。自ら大型免許を取得後、転職活動に臨み、2010年に同社へ入社した。

長時間拘束で心身の健康維持が困難に

ところが、労働環境は過酷そのものだった。勤務時間が早朝から夜間に渡るなど、基本的に長時間拘束される。康雄さんの場合、亡くなる前月1カ月間の1日の平均拘束時間は約15時間、総拘束時間は320時間54分にも及んでいた。

また、業務の間に仮眠はできるものの、仮眠室はもともとオフィスだった部屋に二段ベッドがぎっしりと詰め込まれており、騒音・遮光は不十分。部屋には汗の臭いがこもり、別シフトで勤務する運転士のアラームで起こされるなど、決して安眠できる環境ではなかったという。

運転士の精神を追い詰める「魔女裁判」

極度の過労・睡眠不足の康雄さんに追い打ちを掛けたのが、業務時間内に起こしてしまった物損事故だ。同営業所には、どんなに軽微な事故であっても、事故を起こした当事者を10人ほどの上司が取り囲んで30分~1時間怒鳴り散らす「魔女裁判」なるものがあり、これが康雄さんの精神をさらに追い詰めることとなった。事故から16日後、康雄さんは自殺している。

労基や国は労災を認めず

康雄さんの死後、妻は川崎南労基署へ労災申請するも不支給とされた。その後、東京労働局及び労働労働保険審査会に不服申し立てをしたが、いずれも棄却。これを受け、労災不支給の取消を求め国を提訴したが、11月25日、東京地裁は請求を棄却する判決を下した。

東京地裁は判決にあたり、長時間労働が康雄さんの心理的負荷に与えた影響は「中」と判断したものの、パワハラにあたる“魔女裁判”の影響は「弱」とした。また、プライベートで抱えていた借金や親の病気など、業務以外の要因も相当程度の影響を与えたとして、請求を棄却するに至ったという。

判決後の記者会見で代理人の笠置裕亮弁護士は「運転士は過労死・過労自殺の非常に多い職業。今回の提訴がその改善のきっかけになればと思ったが残念」と悔しさを滲ませた。

同じく代理人の川人博弁護士は「判決は厚労省の労災認定基準に頼りきったもの。本来、裁判所は厚労省の認定基準に問題があれば正さなければならない立場なのに情けない」と語った。

原告である妻は「思ったような評価がされず残念」とし、控訴する意向を示した。

判決後、記者会見に臨む妻(11月25日 霞が関/弁護士JP編集部)

なお従業員の話によると、川崎営業所のパワハラの実態が本社に伝わったのは今年に入ってからのこと。康雄さんが勤務していた当時の所長は左遷、数名の上長は減給の処分が下されたという。

この処分について、川崎営業所を管轄する中日臨海バス 京浜支店に問い合わせたところ「担当者不在のため回答できない」とのことだった。

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

編集部からのお願い

情報提供をお待ちしております

この記事をシェア