就業規則に違反も… 「マスク着用拒否」社員の解雇が“無効”となった理由

林 孝匡

林 孝匡

就業規則に違反も… 「マスク着用拒否」社員の解雇が“無効”となった理由
厚生労働省は“屋外のマスク着用”について「原則不要」とアナウンスしている(kouta / PIXTA)

「マスクをしないなら、解雇ね」
「えっ...」

マンションの管理人さんが解雇無効を求めて提訴。
大阪地裁は12月5日、「解雇は無効!」との判決を出しました。

接客をしまくるアパレル店員ならまだしも、日中ほぼ会話しないマンションの管理人ですからね。この点も大きな理由になったと思います。どういうことなのか? 解雇が無効になるケースなども交えながら解説します(弁護士・林 孝匡)。

解雇に至るまでの経緯

まずは、解雇までの流れをザッとご説明します。

解雇された方は、マンション管理人の70代の男性(以下「Xさん」)。大阪府摂津市のマンションで勤務していました。雇用主は近鉄住宅管理です。

判決によると、Xさんは、昨年5月に新型コロナウィルスに感染。

会社側はその直前に、男性がマスクを着用せずに勤務していると住民から苦情があったとして、復帰した後の翌月、賃金が安い他のマンションの清掃員への配置転換を打診したようです。

Xさんがその打診を拒否したところ、マスク着用の指示に従わなかったとして解雇されました。

裁判所の判断

Xさんは、解雇は無効であることを理由に未払い賃金を求めて提訴しました。

大阪地裁は12月5日、「解雇は無効」との判決を出しました。「解雇は社会通念上相当とはいえない」という認定です。あわせて未払い賃金約90万円の支払いも命じました。

佐々木隆憲裁判官は、マスクを着用しなかったことは就業規定に違反すると認定。しかし「住民からの苦情は1件にとどまり、マンションで感染が広がったわけでもないことから解雇権の濫用に当たる」と判断しました。

命令を守らなかったから「解雇」できるわけではない

新型コロナが蔓延してから、会社は新たに「業務中はマスクを着用すること」という条項を就業規則に追加したかもしれません。または、よくある以下の就業規則を根拠に解雇した可能性もあります。

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(解雇)
第○条 労働者が次のいずれかに該当するときは、解雇することがある。
1 勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、労働者としての職責を果たし得ないとき。
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会社は「業務命令を守らなかったから解雇できるでしょ」と考えたかもしれません。

しかし実は、業務命令に背こうが、就業規則に違反しようが、そんな簡単に解雇はできません。「解雇権の濫用」として解雇が無効になるケースが多いんです。

「別にマスクつけなくてもいいじゃん」

労働契約法16条では「解雇権を濫用したら無効だ!」と、叫んでいます(私はボリュームの大きさも認識できます)。

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労働契約法16条
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
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今回の事件では、裁判官はザックリ「住民からの苦情は1件にとどまり、マンションで感染が広がったわけでもないから、解雇は社会通念上相当とはいえない」と判断しました。

マンションの管理人さんって、日中ほぼ会話しないですよね。だから、住民からの苦情は1件だけだったんでしょうね。「別にマスクつけなくてもいいじゃん」と考える住民が99%だったのでしょう。私が住むマンションの管理人さんは、いつも黙々と掃除をしてくれてて、顔を合わせたら会釈するか、おはようございますと一言声を掛ける程度です。

厚生労働省のアナウンスでも「屋内では距離が確保でき、会話をほとんど行わない場合をのぞき、マスクの着用をお願いします」となっています。逆にいえば「距離を確保できて会話をほとんど行わない場合、マスクを着けなくてもいい」といってるんです。

バックペイ90万円

バックペイとは「解雇の日から判決確定日までの給料をいただける」という権利のことです。さかのぼってもらえるので、バックペイと呼ばれています。

今回の事件では90万円の給料をいただけました。働いてないのにいただけます。
たとえば裁判に4年かかれば、4年分の給料がいただけます(解雇が無効になればですけど)。

バックペイって、会社からすれば痛恨の一撃なのです。経絡秘孔なのです。700万円の支払いを命じた裁判もありますから。

「転職しちゃったんですけど・・・」という方にも朗報です。解雇された後に転職して給料を得ていたとしても、前の職場の給料の6割はゼッタイにもらえます(解雇が無効になればですけど)。

過去の裁判例

業務命令に違反して解雇されたけど、裁判所が「解雇は無効ね!」と判断した裁判例を2つ紹介します。

【職務経歴書の提出拒否】
ザックリいえば、会社から「職務経歴書を出せ」といわれた従業員が「入社する時に提出したじゃないですか」と反論したところ解雇された事件です。(芝ソフト事件:東京地裁 H25.11.21)

【作業ミス報告書の提出拒否】
新興工業事件 :神戸地裁尼崎支部 S62.7.2

どちらも、裁判所は「規則には違反するけども、解雇はやりすぎ(=社会通念上相当とはいえない)」と判断しています。

「ノーマスク」を理由に不利益な措置をとられたら

規則や命令に違反したから解雇できるわけではありません。裁判所は「その解雇はやりすぎじゃないか?(=社会通念上相当とはいえるか)」を審理してくれます。「それが原因で社員としての地位を剥奪するの、やりすぎじゃない?」についての審理です。

今回の事件のような解雇だけではなく、ノーマスクを理由に異動命令・降格命令を受けた場合も、戦える可能性があります。ノーマスクが理由で不利益な措置をとられたときは、社外の労働組合か弁護士に駆け込むことをオススメします。



【筆者プロフィール】林 孝匡(はやし たかまさ)
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。
HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

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