日本製鉄社員「自死」が労災認定…会社での“パワハラ”被害「証拠」の重要性

林 孝匡

林 孝匡

日本製鉄社員「自死」が労災認定…会社での“パワハラ”被害「証拠」の重要性
2022年4月から中小企業にもパワハラ防止法が適用となった(※写真はイメージです ロストコーナー/PIXTA)

自死に追い込まれた社員のご遺族が、会社を訴えるようです。

2年前の2020年2月、国内最大手の鉄鋼メーカー「日本製鉄」の社員が、自死に追い込まれました。自死の原因は主に、長時間労働上司からの叱責によりうつ病を発症したことにあります。

報道によれば、ご遺族が今年4月、労災認定を得たため、今後、日本製鉄に対して損害賠償請求を求める方針とのことです。

現在、長時間労働をしている方や上司からの叱責に疲弊している方には、とても身近なトピックではないでしょうか。この事件では、亡くなった社員の方が、後日恋人に送信したLINEの内容が、労災認定の証拠として採用された可能性があるので、証拠の重要性もお伝えします(弁護士・林 孝匡)。

自死に至った経緯

報道によると、社員(以下、Aさん)が自死に至った経緯は、以下の通りです。

  • 2010年
    入社(技術職)日本製鉄
  • 2019年10月
    発電設備の定期修繕を1人で任されることになりました。
    3か月後には、別の大型発電設備の修繕も任されました。
    このころ、残業が大幅に増えたようです。
    時間外労働が月76時間。
    前月に比べて3倍に跳ね上がりました。
    このころ、上司から「何を考えているんだ」などと叱責を3回受けました。
    工期が2月に迫ってたのに、思うように業務が進んでいなかったからです。
  • 2020年1月中旬
    AさんはLINEで恋人にメッセージを送りました。
    「上司からボロカスに言われた」「心身ともに疲れた」などの内容を送信していました。
  • 2020年2月6日
    Aさんは、社員寮のベランダから転落しました。
    その後、搬送先で亡くなりました。
    寮の部屋には遺書が残されていました。
  • 2021年10月
    ご遺族は労災申請を行いました。
  • 2022年4月20日
    労災認定が下りました。
    理由は、2020年2月にはうつ病を発症していたというものです。

「労災認定」に至るまで

労災認定を受けるための第1関門は、業務による心理的負荷が【強】であることです。

以下フローチャートは、労働基準監督署が労災を認めるかどうかを検討する時の思考順序です。

精神障害の労災認定フローチャート(厚生労働省

業務による心理的負荷が【強】と判断されれば、第1関門クリアです。その後は、減点要素があるかが吟味されます。

業務以外のストレスはなかったか? その人がストレスに弱かっただけでは? などが検討されます。そういった点もなければ、労災認定が下りるという流れになります。

詳しく知りたい方は、精神障害の労災認定(厚生労働省)をご覧ください。

Aさんのご遺族が労災申請してから認定が出るまで、約1年3か月かかりました。平均としては、6か月〜1年くらいで結果がでます。ご遺族は、遺族(補償)等給付を受け取ることになります。

もしご存命の場合には、ご本人が療養給付や休業給付を受け取ることができます(こちらも詳細は「労災保険給付の概要(厚生労働省)」をご覧ください)。

「安全配慮義務違反」の認定がポイント

前出の通り、Aさんのご遺族は、日本製鉄に対して損害賠償請求を求める方針とのことです。

裁判では「安全配慮義務に違反した」と主張することが一般的です(労働契約法5条)。「会社はAさんの業務量を適切に調整する義務があったのにその義務を怠った」という趣旨の主張になります。過去には、長時間労働などで女性社員が自死に追い込まれた電通事件(最高裁 H12.3.24)で安全配慮義務違反が認定されています。

また、近年、長時間労働に加えてパワハラも原因で社員が自死に追い込まれた事件で、会社の責任を認めた判決が増えてきています。

  • 岡山県貨物運送事件(仙台地裁 H25..6.25)
  • 公立八鹿病院組合ほか事件(広島高裁松江支部 H27.3.18)
  • A庵経営者事件(福岡高裁 H29.1.18)

民事訴訟における損害賠償請求では、労災保険給付を上回る、慰謝料などの損害について請求できます。

ただし、民事訴訟においては、業務と死亡との間の相当因果関係の立証が必要です。

この事件では、すでに労災認定がなされているため、因果関係は認められやすいでしょう。とは言っても、会社が控訴すれば5年以上かかるケースもあるため、ご遺族の精神的負担は計り知れないものになります。

「上司からボロカスに言われた」

ここで、カナリ重要なお話を。

労災認定を受けるためにも、民事訴訟で訴訟するためにも、なにより証拠が重要です。

Aさんは恋人にLINEを送っていました。「上司からボロカスに言われた」「心身ともに疲れた」の内容です。このLINEが労災申請の際に添付された可能性は高いと思います。

労災申請や民事訴訟を考えている方は、証拠を一つでも多く集めるようにしてください。

証拠としては、

  • 録音
  • 写真
  • メール・SNS
  • 日記・メモ
  • 同僚の証言
  • 動画
  • 診断書・カルテ
  • 領収書

などが有効です。

何が裁判官の心に刺さるかは未知数なので、多く集めてください。1つの矢なら折れてしまうけど、5つの矢なら折れない。

証拠も合わせ技で強い武器になります。

心も体も限界であれば

コンプライアンスを遵守している傾向が強い大手企業でさえ、過労死ライン(月80時間)ギリギリの残業を強いている有様。今回のケースは氷山の一角だと思います。中小企業で働いている約2700万人の方の多くも長時間労働に悩まされていると推測できます。

いまも、心も体もギリギリの状態で働き、限界に来ている方がいらっしゃると思います。例えば電話相談などの利用も有効になるかもしれません。また、もちろん社外の労働組合や弁護士に相談するのもひとつの方法、解決への近道になり得ます。

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

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