薄着の女性“チラ見”で「セクハラ認定」は厳し過ぎ!? 「見るハラ」vs「見せハラ」問題の壁

中原 慶一

中原 慶一

2022年09月13日 10:15

薄着の女性“チラ見”で「セクハラ認定」は厳し過ぎ!?   「見るハラ」vs「見せハラ」問題の壁 ”度を越した不自然さ”がある場合は「アウト」(mits/PIXTA)

すっかり秋めいてきたが、猛暑となったこの夏、ネット上をにぎわせた言葉のひとつに、「見るハラ」がある。「見るハラ」とは、”薄着の女性をジロジロと見るなどの不快な視線によるセクハラ”だと言う。

朝の情報番組「めざまし8」(フジテレビ系)は8月8日に特集を放送。番組では街中の若い女性の「さっきも(胸元を)のぞかれた。めっちゃ凝視された。普通にイヤ」などの声を紹介した。司会の谷原章介氏(50)は、「分かります、分かります。でも、全ての男性が”見るハラ”ではないと思いますが、”チラ見るハラ”ではあると思います」とコメントした。

一方、他の出演者からは、若い女性の”ヘソ出しファッション”などを例に、『見るハラ』が成立するなら、見たくないものが視野に入る『見せハラ』も成立するのではないかという意見も…。

社会学者の古市憲寿氏は、「(見る方が)不快だなって思う場合もある。たとえばヨーロッパの教会では露出度の高い服装の人は入れませんっていうところもある。公共空間であまりにも露出度の高い服を着るのは、配慮も必要」と”ドレスコート”の必要性について話した。

谷原氏は「本当に困るのは路上にすごい露出の多い方がいる時。ずっと下向いて歩くしかない」とまとめていたが、ハッキリした結論は出ないままコーナーは終了した。

理由もなく相手の身体を「ジロジロ見る」のは不自然

前出の番組でのやりとりで話題となった「見るハラvs見せハラ」論争。法的にはこれはどう考えられるのか。企業などでハラスメント研修の講師も担当している、ベリーベスト法律事務所福山オフィスの中村明彦弁護士に聞いた。まずは、番組内でも出ていた「見るだけあれば犯罪にはならない」という意見について。

「法的には、『見る』だけであれば犯罪にはならないというのはそのとおりだと思います。しかし、どんな行為であっても、その一部分だけを切り取って法的に問題ないと評価されるわけではありません。たとえば、『見る』という行為であっても、客観的に見れば、理由もなく相手の身体をジロジロ見るのは不自然です。

特に、職場において、上司が部下の身体をジロジロ見ることが継続的に行われるようであれば、その態様によっては『セクハラ』に該当する可能性はあります。もっとも、法的に損害賠償責任を負う程度の『セクハラ』と認められるものは、相当悪質なものに限られると思います」

確かに、チラリと見てしまうことでいちいち犯罪とされていたら社会は成り立たない。やはり”度を越した不自然さ”があるかどうかがポイントになってくるようだ。

抽象的な「ハラスメント」の定義

一方、「セクハラ」「パワハラ」をはじめとして、「モラハラ」「マタハラ」「スメハラ」「アルハラ」などなど、何にでも「ハラスメント認定」がなされる昨今。こうした風潮が、会社の業務の支障となるとの意見もある。こうした”ハラスメント全盛”の風潮を中村弁護士はどう見るか。

「『ハラスメント』という言葉はとても抽象的です。実際には、犯罪行為に該当するもの、犯罪には該当しないものの損害賠償責任を負うもの、損害賠償責任を負わないものの法律上『ハラスメント』に該当するもの、倫理上のものが、すべて『ハラスメント』に含まれてしまっています。

これにより、確かに一般の方は、『ハラスメント』と言われてしまうと、萎縮してしまう人が多くなっていると思います。しかしながら、私としては、『ハラスメント』という言葉が広がったことにより、これまで被害を受けていた人が声を上げやすくなったと思います」

大切な家族が同じようなことをされても「問題ない」といえるか?

かつて(2018年)、麻生太郎財務大臣(当時)は福田淳一前財務事務次官の女性記者へのセクハラ報道について問われ、「セクハラ罪っていう罪はない」「殺人とか強(制)わい(せつ)とは違う」などと発言し、物議を醸した。

しかし、2022年4月からは企業に義務化されたパワーハラスメント防止措置が施行されるなど、ハラスメントが個人や社会にとって問題たり得ることはもはや常識である。

「ハラスメントを起こさないようにしようという意識が高くなり、過ごしやすい職場環境も増えていると思います。他方で、『ハラスメント』という言葉によって、同僚とのコミュニケーションの取り方、指導方法で悩まれている方の話も聞きます。

しかし、具体的にどのようなコミュニケーションを取っていけばいいか、指導方法に問題ないかという点については、研修などで勉強していくしかないと思います。たとえば、私は、研修の中で、”あなたの大切な家族が同じようなことをされたときにどう思いますか。”と聞くようにしています。

会社の同僚などはあくまで他人です。しかし、同時に、その会社の同僚は誰かの大切な人でもあります。ハラスメントという言葉の前に、自分の行動について、”大切な家族が同じようなことをされても問題ないといえるか”という視点をもって考えていけば、多くの問題は防ぐことができ、ハラスメントという時代の流れにも対応できるのではないでしょうか」(中村弁護士)

「見るハラ」も「見せハラ」も同様の視点から考えてみるとよさそうだ。

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