「そんなにパチンコが悪いのか?」 ギャンブル依存症の“知られざる”真実とは

弁護士JP編集部

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「そんなにパチンコが悪いのか?」 ギャンブル依存症の“知られざる”真実とは
ギャンブル依存症のイメージともなってきたパチンコだが…(Yokohama Photo Base/PIXTA)

日本国内でIR(統合型リゾート:Integrated Resort)推進の検討を契機に、政府によるギャンブル依存症対策、および関連する議論・調査が本格的に進んできた。

2018年10月に施行された「ギャンブル等依存症対策基本法」では、アルコール依存や薬物依存同様の疾病分類(物質使用障害および行動嗜癖)と位置づけ、継続的な啓発活動・支援対策などが定められた。

2020年に実施された厚生労働省および久里浜医療センターの実態調査では、ギャンブルをめぐり、依存など何らかの問題を過去1年間に抱えたと疑われる人が、18~74歳の2.2%(人口換算で約197万人)に上ると推定される現状も報告されている。

「公営競技」の売り上げは好調

大当たりの興奮、高揚感が忘れられず会社帰りにパチンコ店で遊戯をする。追加投資分の金がなくなると消費者金融を利用して借金を重ねる…。ギャンブル依存症のイメージの代名詞ともなってきたのがパチンコ(パチスロを含む)だ。

生活の空き間時間を埋める、代表的な国民的娯楽とされてきた「パチンコ」。近年、ネットのゲームアプリなどに押され、参加人口、売り上げなどの減少傾向にある。2022年の遊技参加人口は約837万人と依然として高い人気とも見えるが、2005年の約1578万人と比較して半減(「パチンコ・パチスロプレイヤー調査2022」シーズリサーチ)しているというのが現状だ。

一方、競馬、競輪・オートレース、ボートレースといった”昔ながら“の「公営競技」は好調だ。公営競技関連法人の売上高(2020年10月~2021年9月期)は4兆311億円と、コロナ前の前々期(3兆5739億円)を12.7%上回っている(『全国「公営競技関連法人」業績動向調査』東京商工リサーチ)。一時は高齢化などにより参加者数は減少していたが、「投票券」のインターネット販売が一般化し、コロナ禍の巣ごもり型のライフスタイルの変化が後押した。

「公営競技の宣伝広告が”垂れ流し“されてきた結果としての1面もあると思います」。

そう語るのは、都留文科大学文学部 早野慎吾教授である。

爽やかなイメージの有名人を使って…

パチンコ業界に忖度(そんたく)するつもりはない、と前置きした上で早野教授は続ける。

「『公営ギャンブル業界』と『水商売』は似ています。たとえば、水商売の業界用語である「太客」の育成です。“ストーカー”になられては困るけど、ギリギリのところまでお金を貢いでもらうことを目指します。公営ギャンブルも実は構造は同じで、依存症になられては困るが、できるだけお金は使ってくださいということです。

たとえばテレビCMを思い浮かべてください。規制が少し入ったとはいえ、その危険性は語らずに、爽やかなイメージの有名人を使ってカジュアルさをアピールしています。さらにオンラインだと、パチンコで禁止されているような文言を当たり前のように使って射幸心をあおります」

ちなみに日本のギャンブル業界は、それぞれ政府の機関によって管轄が分けられている。

  • 競馬=農林水産省
  • オートレース・競輪=経済産業省
  • モーターボート=国土交通省
  • 宝くじ=地方自治体
  • パチンコ・パチスロ=警察庁

「ギャンブル等依存症対策基本法」施行以前から、厳しい規制をかけられているパチンコとは対照的に、「公営競技は国の管理なので安心安全」という配慮に欠けた表現も、つい最近(2020年6月頃)まで見受けられたと早野教授は話す。

近年、政府による「ギャンブル等依存症対策推進関係者会議」において、「ギャンブル等依存症」に関する統計が共有された後、それらは少しずつ解消されている。

公営競技の売り上げは好調(twobian/PIXTA)

ギャンブル依存の科学的研究が進んでいない現状

言語社会学・言語心理学が専門の早野教授。社会調査を行い、その言語を解明した上で、社会性や心理性に着目して分析する活動を行ってきた。そのテーマのひとつとして「ギャンブル宣伝広告のあおり表現」を調査してきた。

以前から、通勤途中で目にするパチンコ店前の行列が気になっていた。

ギャンブルをやらない人間からは理解不能な光景だった。甘くぎ・高設定など、パチンコあおり表現にどの程度の効果があるのかと調べ出したのが10年前。

もともと社会心理学の専門知識も有している関係で、ギャンブル依存の先行研究を調べていると、この分野に関する日本での科学的研究が進んでない上、「調査方法」に問題がある状況を知る。

早野教授ら研究グループは、2020年8月に、ギャンブル等の射幸性、SOGS(South Oaks Gambling Screen)を用いた都道府県別のギャンブル依存度、ギャンブル行動理由、ギャンブル宣伝広告に関するオンラインの実態調査を行い、約4万人の回答を得た。

当時、ギャンブル宣伝広告に関しては「感情論」や「思い込み」で議論が進んでいた。

調査を進める上で、協力を申し出てくれた「東京都遊技業協同組合(都遊協)」に都合がよい結果が出るとは限らない。都遊協の阿部恭久理事長は、「それでも全くかまわない。本当の実態が知りたいだけ」と伝えてきた。

そこで、最初から忖度(そんたく)なしで進めた調査結果は、ネイチャー・リサーチ社の国際的な科学誌『サイエンティフィック・リポーツ』(※)に掲載された。

※一次研究論文を扱う、オープンアクセスの電子ジャーナル

宝くじが「ギャンブルではない」不思議

従来、「すべてパチンコが悪い」という視点でギャンブル依存症が語られてきた。そういった背景もあり、パチンコを含めたそれぞれのギャンブル特性と依存症との関係も調べる必要があった。

たとえば、国の調査では「宝くじ」は調査に入ってない。「ギャンブル」ではなく、寄付という名目だからだ。

「広告に関しては、いまだにこちらは垂れ流し状態です。「夢を買う」? 年末ジャンボ1等7億円の当選確率は約2000万分の1。3等100万円でも20万分の1です。夢もなにもあったもんじゃない。還元率が45%で55%取りですよ。

依存症はさておき、あまりに還元率が低い(ちなみにパチンコは約85%、公営競技は約75%)。それに、宝くじをギャンブルではないなどと言っているのは日本だけです」(早野教授)

たしかに、宝くじは依存症になりにくいが、購入者は1年で約4422万人でパチンコ人口の約5倍。依存症(疑い)になる割合は低くても、実数が多いのでパチンコとほぼ同数の依存症(疑い)がいることが早野教授の調査からわかった。

依存症(疑い)の割合が高いのは公営ギャンブルという結果も出た。実数としては確かにパチンコや宝くじに比べたら低い。しかし、参加人数が少なく、目立たなかっただけという見方もできる。

「1番依存症(疑い)率が高かったのはオートレース。要するにどっぷりと漬かったギャンブラーばかりのジャンルで、初心者が少ない。SOGSスコア(5点以上だとギャンブル依存症が疑われる)で平均が約4.36ですから、これは明確に高いのです」(早野教授)

宝くじは"ギャンブル”ではない?(haku/PIXTA)

公営ギャンブルのオンライン化で若者が「依存症」予備軍に!?

さらに、依存症で議論となってきたのが「アクセスモード(参加方法)」である。その「ギャンブル」を行うまでの”労力“ともいえるもの。

「アクセスモードでいえば宝くじ売り場がもっとも多いですよね。さらに公営ギャンブルが、海外の論文では「オートマチック」と表現していますが、オンライン券売によって簡略化されました。気が向いたらスマホを手にすればスタートできる。つまりアクセスモードでの労力がほぼゼロ、パチンコとか宝くじというレベルではなくなります」(早野教授)

近年、日本では違法な「オンラインカジノ」へのアクセス増加も度々問題視されているように、コロナ禍を契機として「自宅の部屋」から簡単にギャンブル競技にアクセスできる環境が広がっている。

「日本では公営ギャンブルのオンライン化が進んでいます。どのような危険性があり、将来どのような状況になるかなどを一切調査することもなく盛んに宣伝しているわけです 。しかもオンラインギャンブルに参加するのはスマホに慣れている若者たち。

先ほど公営競技の宣伝広告は垂れ流しだといいましたが、その状態で若者たちがこれを受けたらどうなると思いますか? まずは、若者の将来を第一に考えなければならないはずの国が、若者の将来を危険にさらしているです」(早野教授)

依存症でSOGSスコア5点以上(依存症疑い)になるにはある程度の期間を要する。このスマホ世代が今予備軍に入ってる可能性は否めない。

依存症が進行すればするほど金銭感覚が麻痺するし、現金を使わないデジタルマネーでは、さらに金銭感覚が薄れる。これがオンラインギャンブルの大きな問題点といわれている。

現在は調査の数値は出ていないが、依存症(疑い)の人数が今以上跳ね上がる可能性を内包してると早野教授は警鐘を鳴らす。

「そういった危険性は一切報道せず、 売り上げ過去最高などと報道するのです。つまり、全く対策する気がないのです。依存症対策なしに、テレビでは盛んに『オンラインで気軽に参加できる』という便利さばかりを伝えるのです。「太客」を求めているとしか考えられません」

歴史上「ギャンブル」は禁止してもなくならない

早野教授は、調査から得た客観的データに基づいて指摘をしているだけで、もちろん公営も含めてギャンブルすべてを禁止にすべきと主張しているのではない。

「まずデータを取ってどのギャンブルはどの程度依存症発症の危険があるかを明らかにする。依存症発症の危険度がわかったら、利益の何パーセントをその対策に回せばよいかを計算するのです。

このような計算をした上で、次に進まないといけない。ギャンブルは禁止してもなくなりません。それは、歴史から明らかです。『日本書紀』には、天武天皇が率先してギャンブルをした記述があります。

その後、ギャンブルは禁止されるのですが、どんな処罰をしてもなくすことはできませんでした。それなら管理すればよいというのが現在の考え方です。管理することで利益が生まれ、その利益で対策をするのです。

タバコでもガンとの因果関係が証明されて、ようやく注意文がパッケージに入るようになりました。だから「犠牲者を生むまで何もしないのか」という問題を私はいつも指摘しています。危険性を調査して明らかにした上で、対策を考える。

ギャンブルやたばこ、アルコールもそうですが、利益を追求する時には、対策とワンセットであるべきというのが私の考えです」(早野教授)

早野教授らが進めた調査では、各都道府県の「ギャンブル依存症(疑い)の高い順」も分かった。人口の低い県(1人当たりに対するパチンコ台数が多い)ほど、依存度は高くなるという結果が出た。これにより、「娯楽指数」と「依存症の度合い」が一致することが明らかになったという。

都心部ほどの娯楽環境がない地方では、他に関心の対象が少ないということだ。そこに依存症対策のヒントがあるのではと早野教授はいう。

「たとえば、地域社会で「娯楽」を充実させることなどが考えられます。お金を出す娯楽じゃなくてもいいのです。依存症の支援施設などでやってる「歩け歩け大会」などがいい例です。

100キロウォークに参加するためにはどうするか。みんなそろって、今日は5キロ歩きましょうといって歩く。次は10キロ歩きましょうという実践を行うのです。そのうちに100キロウオーキングを制覇するためにはどうすればよいかという関心ごとが頭に擦り込まれてくんです。

ギャンブルから離れて、どうやって体力をつけるかということに関心が移行する。そうなると回復は近づきます」(早野教授)

人口の低い県ほどギャンブルへの依存度は高くなる(haku/PIXTA)

ネット環境が生み出す「他者理解」の欠如

依存症にいたる最初のきっかけは孤独感の解消や嫌なことを忘れるという動機であることも少なくない。

「アルコール依存に関しても、自分たちはそうじゃないから、『あの人らは精神的に弱い』なんて平気で言いますよね。自分たちが孤独感を抱えてる背景があったとしても、どうしてその心理が理解できないのかと。社会全体でそれらの視点があまりに不足しているのです」(早野教授)

人工感情を人型ロボットに入れる人工知能(AI)開発にも携わる早野教授は、これら感情のすれ違いについて急激に進んだネット環境の影響も指摘する。

「ロボットが人間の容姿に近づくと、人はロボットから感情を感じようとします。しかし、ロボットから感情が感じられないために『不気味の谷現象』(人工物が人に近づくと不気味に感じる現象)が生じます。ロボットにも「感情表現」がないと人との信頼関係が生まれません。

人が対面でコミュニケーションをする場合、「相手がどういう感情を持ってるか」を推測しながら行います。それを『他者理解の心理』と言います。接客で笑顔が重要なのはそのためです。他者理解の感覚を弱めたのが、オンラインのコミュニケーションだと考えます。

どうして誹謗中傷の問題が後を絶たないかというと、相手の顔、書かれた時の感情が見えないからです。その人を目の前にして誹謗中傷を言えるのか。面と向かって悲しい顔を見れば、おそらくかなりの率で抑制はできると思います」

ギャンブルは「マイナス面」ばかりではない

ギャンブル依存症の問題も、人間の感情を理解することから始めるべきではないかと早野教授は続ける。

「ギャンブル依存症を「自業自得」、「自己責任」と考えた段階でその社会も終わりです。以前、「依存症」という言葉がない時は、『懲りない人』と表現されていました。その懲りない人たちを互助会的に、まわりで助けてやろうよって社会が日本には存在したんです。「懲りない○○」などの書籍もよく出版されましたが、そこには「依存症」にはない寛容さがありました」

ギャンブルはマイナス面ばかり強調される機会も多いが、個人的な孤独感解消の他にも、その利益(公益)も出ることも確かだ。

ただし、運営側は、参加にはお金を使うことや、依存症といったマイナス面も存在することもトータルに伝える必要がある。

「『お金は使うし、ギャンブル依存症の危険がある、でもこれだけ楽しめます』。それが本来の宣伝広告のあり方です。都合の良い一部だけを強調して、依存症の危険性は全く触れないというのはあまりに問題が大きい。スマホで参加できるということは、ギャンブル依存症はだれでも陥る可能性があるのです。社会でそれらをもっと共有して、依存症への理解が広がれば良いと思います」


早野慎吾
都留文科大学 文学部 国文学科 教授
立川日本語・日本語教育研究所 所長
専門は日本語学(方言)。近年は感情表現、言語景観、マンガを使った言語教育、ギャンブル障害と宣伝広告の関係などを分析している。感情表現は特に人形浄瑠璃の所作(動作)を対象としており、AIを用いた解析なども行っている。

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