元KAT-TUN・田中聖被告の逮捕報道 “企業イメージ低下”を理由に「損害賠償請求」は現実的?

弁護士JP編集部

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元KAT-TUN・田中聖被告の逮捕報道  “企業イメージ低下”を理由に「損害賠償請求」は現実的?
元メンバーが不祥事は企業イメージに悪影響をおよぼす!?(yu_photo/PIXTA)

アイドルグループ「KAT-TUN」の元メンバー田中聖が、薬物事件で逮捕・起訴され懲役1年8か月・執行猶予3年の有罪判決(控訴中)を受けた、わずか9日後の6月29日 、覚せい剤所持で再逮捕された(その後に使用も認め起訴)事件。9月1日、田中被告を拘置する千葉地裁松戸支部は、今月22日に初公判が開かれることを明らかにした。

2017年にも大麻取締法違反で現行犯逮捕(不起訴)されていた田中被告の逮捕はこれで3度目。たび重なる逮捕は、被告を応援していたファンや家族を裏切る行為であったのは言うまでもない。また、一連の報道により、かつて所属していたジャニーズ事務所、そして現在も活動を続ける「KAT-TUN」の”イメージ”にも、少なからずマイナスの影響はあったのではないだろうか。

世間の評判や風評により企業の信用が低下し、業績や株価が悪化するリスクは、「レピュテーションリスク(※)」と呼ばれビジネスの世界で近年注目を集めている。

(※)レピュテーション=英語で「評判」の意

たとえば、「元」所属タレントや「元」社員・従業員などの不祥事によって、企業の”ブランドイメージ”が毀損する事態が発生した場合、企業が「レピュテーションの悪化」を理由に、損害賠償を求めて民事訴訟を起こすことは現実的だろうか。多くの企業法務や一般民事の対応を行う松井剛弁護士に聞いた。

「企業の時価総額が下がった」としても…


今回のケースにおいて、ジャニーズ事務所が「レピュテーションの悪化」を理由に、田中被告に対して損害賠償請求を行うことはありえるでしょうか

松井弁護士:難しいと思います。損害賠償請求する場合には不法行為責任を問うことになると考えられますが、不法行為が成立するための要件のうち、いくつかにハードルがあります。

たとえば、成立要件のひとつとして故意や過失がありますが、結果としてジャニーズのイメージが下がってしまったとしても、田中被告はジャニーズをおとしめるために薬物の所持や使用をしていたわけではないと思いますので、その立証が難しいのです。

もし、ジャニーズに所属していたことを”利用”して詐欺をはたらいたというような事件であれば、訴えられる可能性は高まると思います。

”故意”が認められる必要があるということは、いわゆる”バイトテロ”のように元社員や元アルバイトによって、企業の内実の暴露やモラルの欠けた投稿がなされて炎上した場合でも損害賠償請求は難しいのでしょうか

松井弁護士:「イメージが下がりました」というだけでは損害の立証ができているとはいえないので、たとえば売り上げが下がったなど、お金に「換算」しなければなりません。その上で、行為の影響で売り上げが下がったという、「行為と損害の因果関係」が認められる必要があります。

企業の不祥事の発覚、SNS上での炎上が起きた時など「株価が下落し時価総額〇億円の損失」といった書き込みも見られますが、「株価の変動」は損害として認められる可能性はありますか

松井弁護士:たしかに不祥事や炎上があると株価が下がることもあります。

ただ株価は、また上がることもありますので、企業の時価総額が下がったことが直ちに損害かというと判断が難しいですし、損害が生じたといえるとしても、それは会社ではなく、株主の損害になると考えられます 。

それよりは、たとえば「”炎上”前は1か月の売り上げが500万円だったが、”炎上”後に400万円になりました」というような、売り上げが明確に下がったという主張の方が行為の影響は認められやすいと思います。

「企業としてとても困ることは間違いありませんが…」


次のような事例では、損害賠償請求が認められるでしょうか。それぞれ教えてください。

①元社員により主観的な悪口や企業をおとしめるような内容をネットに書き込まれた

松井弁護士:事実ではないことを書かれたり、名誉毀損や侮辱、犯罪に至るようなレベルなど、「表現の自由」の範囲を超えているような書き込みであれば、損害賠償の対象になります。損害賠償とまでいかずとも、「削除請求」の相談を受けて、書き込みの削除を求めることも多くあります。

②働いたことのある人しか知りえない重要な情報をネットに書き込まれた

松井弁護士:社員による「機密情報の漏えい」は背任罪などの犯罪になりえますが、退職してる人だと犯罪が成立しない場合もあるのではないかと思います。もっとも、犯罪の成否とは別に、情報の内容やその情報が漏えいすることで生じる損害によっては、損害賠償請求が認められる可能性は大いにあると思います。

③自身が行っていた不正を「過去の自慢」としてネットに書き込まれた

松井弁護士:これは企業としてとても困ることは間違いありませんが、あくまでも「自分の行為」を公表しているだけとみなされます。どこまで企業に損害を与えたかも微妙で、損害賠償を請求するとなると難しいと思います。

企業ができるレピュテーションリスク対策とは


不祥事や炎上を起こした人が「現役」社員か、「元」社員かで訴えやすさは変わるのでしょうか?

松井弁護士:企業ごとに考え方はさまざまだと思いますが、法的に見た場合、訴えるかどうかという意思決定に影響を及ぼす違いはさほどないと思います。

ただ、現役社員に対しては、企業は監督する立場でもあるので、不祥事で損害が出ても過失相殺として全額の賠償が認められないことはあると思います。

また、訴訟を起こす場合、企業が望んでいなくても報道される可能性があります。訴訟が公に知られることは望ましいとは言えないため、現役の社員であれば、内々に事案を処理して公にしないということはありえるのではないでしょうか。

元社員・従業員によるレピュテーションリスクを回避する、防ぐような手だてはありますか?

松井弁護士:退職時に誓約書を作るというのは考えられると思います。例示を並べて「このような会社の価値を毀損したり損害を与えるような行為をしません。違反した場合には損害賠償請求にも応じます」というような誓約書にサインをもらっておけば、抑止力にはなると思います。

ただ、たとえば覚せい剤をするような人は「逮捕されるかも」といった考えを越えて犯罪に及んでいるわけですから、「損害賠償請求されるかもしれない」と考えて覚せい剤の使用を思いとどまることはほとんどないと思います。そういう意味では、企業ができる完璧な対策というのは、残念ながらないのではないでしょうか。

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