東山魁夷ら「”偽”版画」制作者に有罪判決 「職人でありながら規範意識に欠けている」

弁護士JP編集部

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東山魁夷ら「”偽”版画」制作者に有罪判決 「職人でありながら規範意識に欠けている」
画商と版画家の”関係”は司法でどう判断されたのか…(shiii/PIXTA)

東山魁夷らの偽版画を制作したとして、著作権法違反の罪に問われていた版画工房経営者・K被告の裁判が8月5日に行われ、東京地裁は懲役2年、執行猶予3年、罰金100万円の有罪判決を言い渡した。

弁護側は、制作を依頼してきた元画商(すでに有罪判決)との間に従属的な関係があり、被告は依頼を断れなかったとして、罰金刑が相当と主張。一方、検察側は被告が「犯行に不可欠の役割」を担っていたとして懲役2年、罰金100万円を求刑していた。

小林謙介裁判長は、被告が元画商との関係で受動的な立場にあったことを考慮しても、「職人でありながら規範意識に欠け、著作権者の利益を大きく侵害した責任は重い」としながら、反省の態度を示していることなどから執行猶予付きとした。

「許諾がとれているかの確認はしなかった」

起訴状などによると、K被告と元画商は共謀し、2017~19年にかけて東山魁夷の「白馬の森」など5作品の版画7枚を、著作権者に無断で複製し著作権を侵害した。

事件前からふたりには付き合いがあり、K被告は元画商から版画の修復などを依頼されていたという。ある時、元画商が持ち主から預かり、K被告に依頼した版画の修復に失敗。K被告は持ち主に弁償金を支払ったことで金銭的に困窮したが、それ以降、2人の関係は深まり元画商の仕事を多く引き受けるようになったという。

偽作の依頼はおよそ10年前にあったとされ、被告は引き受けたことについて「仕事を失いたくなかった」と供述している。また、元画商に「迷惑はかけない」と言われていたため、使用した作品は許諾をとっているか販売以外の目的だと思っていたとし、「許諾がとれているかの確認はしなかった」と説明した。

被告は作品をスキャナーで取り込み、デジタル技術を使い複製。それらを元画商が真作と偽り販売していたという。別の画商らが、同じ版画が不自然に多く流通していることに気づき事件が発覚。流通経路から元画商が特定された。

元画商は事件の発覚後に、被告に対し偽作を捨てるように指示。被告の工房の家宅捜索では偽作が見つからなかった。検察側は偽作を焼却し証拠隠滅を図ったとしており、被告も元画商から「偽作を捨ててほしいと頼まれた」ことを認めている。

元画商には、すでに有罪判決(懲役3年、執行猶予4年、罰金200万円)が下されている。

版画家「画商の方が立場が強かったと思います」

起訴内容をおおよそ認めていた被告。本裁判の争点となったのは、被告と元画商との関係性だ。

検察側は「犯行に不可欠の役割」を担っていたことを重視し、元画商と同等の責任があると指摘しているが、弁護側は、ふたりの間には「従属的な関係」があり、作品の許諾を確かめることができないまま制作していたと主張した。

被告は依頼を断ることはできなかったのだろうか。

「画商に頼まれたら断るのは簡単ではないと思います」と語るのは、版画家のAさんだ。

今回の事件で被告と元画商がどのような契約をしていたのかは分からないとした上で、Aさんは「画家などもそうですが、版画家は画商に”作品を売ってもらう”立場です。画商がお客さまに販売した金額の一部が版画家の収入になります」と、画商と版画家の実質"従属的な関係性”について説明する。

画商から依頼を受けてオリジナル作品を制作することも多いというAさん。「画商に依頼され、本来書きたい絵ではなく”売れる”絵を何枚も並べて描いていた画家も知っています」と打ち明ける。

Aさんは元画商と被告の関係性についても「画商の方が立場が強かった」と想像している。「たとえば棟方志功クラスの作家であれば、画商と対等かそれ以上だと思いますが、そうでもなければ、画商の立場が上という関係は絶対なのです」(Aさん)。

真作の価値を守る取り組み

日本現代版画商協同組合は、事件の発覚時に即座に元画商を除名処分した上で、「業界一丸となり、健全な版画市場の再構築に努めて参る所存です」と声明文を公開した。

デジタル技術の発展によって偽作の再現度も高くなり、真作・偽作を見きわめる鑑定はより難しくなっている。

本件で偽作が流通しているとして発表があった、東山魁夷・平山郁夫・片岡球子らの版画14作品の鑑定を行っている一般財団法人 東美鑑定評価機構では、鑑定後の作品には偽造防止策を施した真作・偽作を判別できる証明シールを貼って返却しているという。

故意に剝がした場合は、痕跡が残るシールを使用しているといい、真作の価値を守るとともに、再度の偽作流出を防ぐ効果も期待されている。

※判決を受けて、一部テキストに変更を加えました。(8/5 18:50)

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