「アニサキス食中毒」被害続出も「お店を訴える人」がほとんどいない“納得”の理由

弁護士JP編集部

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「アニサキス食中毒」被害続出も「お店を訴える人」がほとんどいない“納得”の理由
半透明のアニサキスの“目視”は容易ではない(写真:rogue/PIXTA)

高温多湿な日本の夏はカンピロバクターなどの細菌性食中毒の発生件数が増加する 。その一方で通年を通して危険な食中毒が寄生虫によるものだ。

その代表が「アニサキス」で、食中毒の原因物質のうち実に48%を占めている。

(厚生労働省「令和3年 病因物質別月別食中毒発生状況」 をもとに作成)

インターネット上には、「アニサキス食中毒になった際に店側に賠償請求ができる」とする記事もあるが、実はアニサキス食中毒の発生件数に比して訴訟が起こることはまれであるという。

一般民事事件を多く手掛け、釣りが趣味という野嵜淳介弁護士も「私がアニサキス食中毒になったとしても損害賠償請求はしないと思う」と語る。

その理由については後述するが、まずはあらためてアニサキスとは何物なのか見ていこう。

アニサキス食中毒による死亡例はない

アニサキスは半透明のイトミミズのような見た目で、魚の内臓に寄生し鮮度が落ちると筋肉に移動する習性を持っている。

サバの筋肉に寄生したアニサキス(横浜市HP「アニサキスによる食中毒予防について」より

加熱や冷凍によって死ぬが、生食により激しい腹痛や下痢・嘔吐を引き起こす可能性がある。胃内視鏡などで摘出すれば痛みが治まるのも特徴で、アニサキス食中毒による死亡例はない。

「目視」が可能と言われるアニサキスだが、実は筋肉に潜り込んでいるものなどは見つけるのが難しい。スーパーなどの販売店ではどのように対処しているのだろうか。

生食用ではない天然の秋鮭に潜むアニサキス(世田谷区HP「アニサキスによる食中毒に気をつけましょう!」より)

スーパーマーケットのイオンなどを運営するイオンリテールでは、天然魚(ぶり・かつお・あじ・いわしなど)を刺身用冊やお造りで販売する場合、魚を3枚卸にして水産用の冷蔵庫で1時間以上冷やす「冷やしこみ」という作業を行っている。「冷やしこみ」によって、魚体内のアニサキスが発見しやすくなるのだという。

「冷やしこみの後、アニサキス発見機(ブラックライト)と目視で魚体をチェックしながら皮引き、冊取りしています。アニサキスではありませんが、かつおなどは腹のところにテンタクラリア(※)が潜んでいることもあるので気をつけています」(イオンリテール担当者)

(※)テンタクラリア…かつおの内臓でよく見られる寄生虫。春から夏にかけて多く見られる。人体には無害だが見た目が悪い。

スーパーでは刺身が店頭に並ぶまでにプロの目によって確認がされている。また近年アニサキスに関する報道が増えたことから、店頭でも「アニサキスに対する意識を持っているお客さまが増えている」(前出担当者)という変化もあるようだ。

アニサキスで「営業停止処分」は重すぎる?

プロの目でチェックし消費者が気にしていても、見逃されたアニサキスにより食中毒になる可能性はある。飲食店で提供された寿司や、スーパーで購入した刺身を食べた人が腹痛を訴え、原因がアニサキスだったという食中毒は今年も立て続けに起きている。

厚生労働省「令和4年食中毒発生事例(速報)」より※一部編集)

アニサキスによる食中毒が発生した場合、保健所はその店舗に対して、食品衛生法第55条に基づき営業停止処分を下すことができる。実際には1日間程度の処分がなされる場合が多いようだ。

しかし、刺身など生食で魚を食べる以上完全に防ぐことは難しいアニサキスでの営業停止処分については、インターネット上で「被害者も店も運が悪かっただけ」「(営業停止処分は)見せしめ的な処罰ではないか」などの声があがる。

前出の野嵜弁護士も「魚の生食文化が強い日本においては、安く刺身を食べたいというニーズもあり、管理を徹底することは容易ではなく、事業者には酷な状況です」と同情を寄せる。

その上で、処分の妥当性については、「厚労省としては、アニサキス食中毒による営業停止処分は、従業員教育などの再発防止措置を行わせるために必要な期間をめどにしているようです。運が悪かったとしても、アニサキス食中毒が発生してしまった以上、目視や速やかな内臓除去の徹底など再発防止措置を取るよう、発生店舗に対して営業停止処分を行うことは相当といえるのではないかと思います」と説明した。

“完全除去”は困難だが…

野嵜弁護士は自身が「アニサキス食中毒になっても損害賠償請求はしない」理由について、次のように解説する。

「生の魚からアニサキスを完全に除去することは困難であり、そのことを多くの方はご存じです。それでも、生の魚を食べたいと刺身などを購入しているわけですから、一種の『危険の引き受け』のような心理があるのではないかと思います。私自身も、”あたっても”仕方ないかなという気持ちがあります」。

また、アニサキス食中毒での訴訟が少ない理由については、「実際問題、損害賠償を請求するとなれば手間も費用もかかります。どれだけ重篤な症状に陥ったかにもよりますが、費用対効果を考えると、もういいかなと思う方が多いのではないでしょうか」と説明。

「ただ、”アニサキス完全除去”と断言している高額な刺身で食中毒になってしまった場合や、長時間内臓を取り除かなかったためにアニサキスだらけになってしまった魚を販売していたなど、店側の魚の管理があまりにずさんであった場合などは私も損害賠償請求を考えるかもしれません」(野嵜弁護士)。

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