奨学金返済”過払い金”問題。日本学生支援機構が「悪意の受益者」とされた理由

弁護士JP編集部

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奨学金返済”過払い金”問題。日本学生支援機構が「悪意の受益者」とされた理由
奨学生は卒業後、日本学生支援機構への返済をはじめる

奨学金の返済をめぐり、半額しか支払い義務のない保証人が全額の返済をさせられたのは過剰請求とし、日本学生支援機構(以下、機構)に対して過払い分の返還を求めた裁判が5月19日に札幌高等裁判所で行われた。高裁は機構の不当利得を認め、過払い分約200万円の返還を命じた。機構も期限までに上告せず、判決が確定した。

同種訴訟は東京地方裁判所でも進行中で、7月5日には札幌での控訴審後初めてとなる弁論が行われる。

奨学金における保証人の仕組み

機構の奨学金には、返済の必要がない給付型と、卒業後に返済が始まる貸与型があり、貸与型は利子がつかない「第一種奨学金」と利子がつく「第二種奨学金」に分かれている。

貸与型の奨学金を借りる際、奨学生は自身が返済できなくなった時に備え、代わりに返済責任を負う「連帯保証人」と「保証人」を1名ずつ計2名用意する(※1)。

(※1)2名の保証人を確保するのが難しい場合、保証機関が連帯保証する「機関保証制度」を利用できる。

奨学生が返還を延滞すると、連帯保証人である父母(あるいは4親等以内の親族等)に請求がなされるが、連帯保証人もまた自己破産をしているなどの理由で返還ができなかった場合、保証人(父母を除く4親等以内の親族等)に請求される。

奨学金の人的保証制度(日本学生支援機構HPより)

日本学生支援機構が「悪意の受益者」とされた理由

保証人には、連帯保証人に認められていない三つの権利が与えられている。

その中で、今回の訴訟のきっかけとなったのは、保証人が2人以上いる場合返済額を頭割りにできる③「分別の利益」だ。

機構の制度上、保証を担う対象者は2人いる(連帯保証人+保証人)ため、最初から保証人が支払わなければならない金額は2分の1だった。しかし機構は、「分別の利益」は保証人自身が主張すべきであり、全額請求することに問題はないとの立場で、保証人に全額を請求していた。

債務整理の対応を多く行う菅谷良平弁護士はこうした機構の姿勢について、「法律的に、保証人1人あたりの支払額は当然に頭割りされるというのが通説的見解です。機構には全額請求する権利はありませんし、保証人としても、分別の利益を主張するしないにかかわらず半分以上支払う義務はありません」と語る。

実際、冒頭の判決の通り、札幌訴訟では本来の支払い義務を超えて支払った分について不当利得と認められた。さらに札幌高裁の判決では、地裁判決より踏み込み、「機構は全額支払いを受ける法律上の理由がないことを知っていた」とし、機構を「悪意の受益者」(※2)と認定した。

(※2)得られる利益が不当利得であることを知りながら利益を取得した者は「悪意の受益者」(民法704条)とされ、認定されると返還時に利息をつける必要がある。

「違法性」はなぜ否定された?

しかし一方で違法性は否定され、原告が求めていた損害賠償は認められなかった。菅谷弁護士は違法性が否定された理由について下記2点を挙げた。

①保証人は「分別の利益」があることを知っていても、債権者(機構)に対してこれを主張せず、自己の負担部分を超える弁済をし、主債務者(奨学生)等に求償するという選択もできること

②「分別の利益」によって保証人1人あたりの支払額が分割されることは通説ではあったものの、従前このことを直接述べた裁判例が乏しかったこと

「機構が全額の支払い請求をしたことが社会通念上”著しく相当性を欠く”とまでは言えず、また、分別の利益について説明すべき法的義務を負っていたとは言えないということで、不法行為については不成立という判断になっています」(菅谷弁護士)。

東京訴訟の注目点

また、菅谷弁護士は7月5日に弁論が行われる東京訴訟の注目点について、「札幌高裁の判断が示され、機構としてはそれを真摯に受け止めるとのことですので、東京の訴訟でも争って判決まで行くのか、あるいは、和解という形で終わるのかというのが気になるところです」としている。

判決まで行く場合には、分別の利益に関する解釈、機構は悪意の受益者に該当するか否か、不法行為の成否にどのような判断が下されるのだろうか。

「機構が悪意の受益者かどうか否かについては、札幌地裁と札幌高裁で判断が分かれているので(札幌地裁は悪意の受益者性について否定、札幌高裁は肯定)、東京の訴訟ではどのような判断が示されるかについても注目したい」(菅谷弁護士)。

「過払い金請求」の時効

今回の裁判によって、「自分も払いすぎていた」と気づいた保証人がいた場合、機構に過払い分を請求することができるのか。

機構は札幌訴訟の判決を受け6月3日に、原告以外にも過払いがある約2000人に対して計約10億円を返還する準備をしていると明らかにした。

返還対象者は、データが残っている平成29年4月以降に返済が終わった保証人や返済中の保証人。同年3月以前に返済を終えた保証人であっても、証明する資料などがあれば、返還される可能性がある。

不当利得返還請求権の時効は、2020年3月31日までに発生していたものについては10年(※3)。「現時点ですと直近10年以内に返済した分については返還請求ができるものと考えられます」(菅谷弁護士)。

(※3)2020年4月1日以降に発生したものは、①権利行使できると知った時から5年、②権利行使できる時から10年のいずれか早い方が時効となる。

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