乙武洋匡氏陣営への「選挙妨害行為」が物議…公職選挙法で“暴力”を取り締まれない背景とは【弁護士解説】

弁護士JP編集部

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乙武洋匡氏陣営への「選挙妨害行為」が物議…公職選挙法で“暴力”を取り締まれない背景とは【弁護士解説】
公職選挙法には「選挙妨害を処罰する規定」がおかれているが…(ururu / PIXTA ※写真はイメージです)

4月28日(日)に投開票が行われる衆議院東京15区の補欠選挙において、X(旧twitter)等のSNSで「選挙妨害」が大きな話題となっている。

21日には無所属の乙武洋匡氏の街頭演説会で暴行罪(刑法208条)容疑での現行犯逮捕者が出た。しかし、公職選挙法違反で現場で警察が動いた形跡はなく、警察は一連の選挙妨害について及び腰であるように見える。選挙妨害は公職選挙法で取り締まれないのか。あったとしても、なぜ警察は動かないのか。

選挙妨害を「公職選挙法違反」で取り締まれないのか?

実は、公職選挙法には、選挙妨害を処罰する規定がおかれている。同法225条の「選挙の自由妨害罪」である。

【公職選挙法225条(選挙の自由妨害罪)】
選挙に関し、次の各号に掲げる行為をした者は、4年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。
一 選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者又は当選人に対し暴行若しくは威力を加え又はこれをかどわかしたとき。
(以下略)

この規定で取り締まることはできないのか。選挙に関する法律問題に詳しい三葛敦志弁護士に、条文の内容を解説してもらった。

「『選挙に関し』とは、動機が選挙に関係することを指します。行為者は限定されていません。仮に別の候補者やその陣営の者であっても当然に該当します。他方で、被害者としては候補者や選挙運動者等が定められていますが、「選挙運動者」はかなり広く解されています。

最高裁判所は「いまだ選挙運動を行っていなくても、特定の候補者のために将来選挙運動を行う意思を有する者」も含むとしています(最高裁決定平成17年7月6日)。また、労務者や、選挙運動の規定に違反して従事する者までも含まれます。

『暴行』は人の身体に対する不法の攻撃です。暴行罪(刑法208条、2年以下の懲役または30万円以下の罰金)よりも重く罰せられることとなります。 一方、『威力』は暴行以外の不法な勢力で、脅迫まで至らなくても、圧迫を加えることも含まれるとされています。

この規定を見るかぎり、法律上は、選挙を妨害する行為はかなり広く、しかも厳しく処罰されることになっていると言えます」(三葛敦志弁護士)

なぜ警察は「公職選挙法違反」で動かないのか

しかし、公職選挙法にこのような厳格な規定があるにもかかわらず、警察が公職選挙法上の「選挙の自由妨害罪」の摘発に動いたという形跡はない。21日に乙武候補陣営への選挙妨害で現行犯逮捕されたのも、暴行罪(刑法208条)の容疑であった。

なぜ、警察は公職選挙法違反で動かないのか。三葛弁護士は、その背景に、選挙に対する警察側の一種の遠慮があると指摘する。

「一般論として、警察は選挙運動期間中には、よほどの現行犯でない限り逮捕等の動きはしません。警告を出すことはしばしばありますが、身柄拘束まではハードルが高いです。多くのケースでは、選挙期間中には情報収集等を行い、選挙運動が終了した後に事情聴取や逮捕等に動きます。

選挙に携わったことがある方であれば、選挙違反は結果が出た後に警察が動くという話を耳にした方も少なくないかと思います。その理由は明らかにされているわけではありませんが、国家権力である警察の介入が選挙の結果を左右したとの批判を受けたくないことが理由の一つと考えられます。

北海道警によるヤジ排除が違法と判断されたことも影響しているのかもしれません。これは、ヤジを飛ばした『一般人』を北海道警が排除したことが札幌地裁・高裁において違法と判断されたというものです(札幌地裁令和4年3月25日、札幌高裁令和5年6月22日)。

警察としては、『一般人』ではなく『候補者ないし陣営」の行為であるとなると、なおさら慎重とならざるを得ない要素があります。『逮捕』となればなおさらです。警察の姿勢の背景には、このような、民主主義と権力との間の微妙なバランスの問題があると言えます」(三葛敦志弁護士)

選挙期間中は警察の対応が慎重とならざるを得ない事情も(yosh / PIXTA ※写真はイメージです)

選挙の公正・民主主義がゆがめられるおそれ

三葛弁護士は、このような警察の「及び腰」ともいえる態度も、介入しすぎる姿勢も、かえって選挙の公正性を害し、民主主義をゆがめてしまうことにつながるリスクがあると指摘する。

「まず、候補者とその陣営にとっては、選挙期間中の活動こそが重要です。それなのに、選挙運動の真っ最中に妨害を受けたら『野放し』にされてしまい、選挙の結果が出た後になってようやく取り締まりがされても遅いし、効果が弱いと感じてしまいます。

また、特に国政選挙等の大きな選挙の場合には、候補者やその陣営が、世の中の注目を集めるため、それに乗じて耳目を引きやすい行為や行動を起こそうとすることも考えられます。

昨今は『インプレゾンビ』という言葉も登場しております。選挙に即して言えば、選挙の勝敗よりも動画等のアクセス数を稼ぐことに重きを置いているアカウントもあるようです。

いわゆる迷惑動画は視聴されやすい傾向もあり、選挙の場は敵味方が分かれるためその動画で留飲を下げるかたもいるでしょう。そうすると、こうした違法行為がまかり通ることとなり、結果として、選挙の公正や、民主政の過程がゆがめられてしまうという重大なリスクがあります。

従来のような警察の姿勢、つまり、選挙期間中は公職選挙法違反に対して及び腰で、事後になって対応するというのでは、選挙期間中の活動こそが重要であるという候補者陣営にしてみれば、このような事態に対応しきれていないこととなります」(三葛敦志弁護士)

今後とるべき方策は?

選挙妨害を受けても、選挙後にならなければ救済を受けることが期待しにくいとなると、妨害を受けた側としては「なぜ警察が目の前にいるのに対応してくれないのか」ということになる。

また、警察が動かないことにより、選挙の公正や民主主義がゆがめられることも懸念される。しかし、警察からしてみると、ヘタに動くと北海道警のヤジ排除問題のように違法ともされかねない。では、どのようにすればいいのか。三葛弁護士は、警察が動く場合の基準を明確化することと、収益等に対する制裁を厳格にすることなどを提言する。

「まず、選挙運動中は、警察の判断を恣意(しい)的にさせることなく、選挙の自由を守るために、警察介入の判断基準を明確化・客観化することが必要です。また、事後的に警察対応の評価ができるよう透明化することが考えられます。

さらに、事後の対応を厳格にすることが考えられます。事後的に犯罪行為と認められた場合にはその収益を必要的に没収することなどの制裁を設けること考えられます。迷惑系動画等の対策としては、これがもっとも効果的かもしれません。

今回の件を教訓としながらも、ただ警察強化等の対応に頼ることなく、民主主義の深化・強化を考えるきっかけにすることが必要です」(三葛敦志弁護士)

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