「葬式をあげるお金がない」90歳父、息子の遺体を自宅に放置し逮捕…経済的な助けを求める手段はなかったのか?

弁護士JP編集部

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「葬式をあげるお金がない」90歳父、息子の遺体を自宅に放置し逮捕…経済的な助けを求める手段はなかったのか?
神奈川県警察本部(Ackky1970/PhotoAC)

2024年4月3日、神奈川県相模原市で、90歳の男性が、自宅に息子の遺体を放置したとして死体遺棄容疑で逮捕された。男性は、葬式をあげるお金がなく、どうすればいいのかわからなかったと話していたという。しかし、そうなる前にできることはなかったのか。実は、あまり知られていないが、このようなケースで、経済的に困窮している人のための公的な制度がある。

父親は無条件で「5万円」を受け取れるはずだった…

前提として、葬儀を行う場合に誰もが受けられる公的な補助の制度を紹介しておこう。

日本では国民全員がなんらかの公的医療保険制度に加入しており、遺族等がそこから葬儀費用の補助を受けることができる。以下の通り、本件の90歳男性は、公的医療保険制度から5万円を受け取れるはずだった。

(1)息子が国民健康保険加入者ならば「葬祭費」

まず、個人事業主等が加入している国民健康保険、75歳以上の人が加入している後期高齢者医療制度からは「葬祭費」が支払われる。葬祭費の金額は自治体によって異なり、3万円~7万円である。なお、自治体によっては、火葬のみで済ませる場合は対象外としているところがある。

本件において、亡くなった息子(50代男性)は、相模原市に居住していた。そして、同市の定めによれば、仮に息子が国民健康保険加入者であれば、火葬のみですませる場合も含め、父親は5万円を受け取ることができるはずだった(相模原市HP参照)。

(2)息子が会社員・公務員等ならば「埋葬料」

次に、会社員・公務員等が加入している健康保険(被用者保険・社保)からは「埋葬料」が支払われる。こちらは、火葬のみの場合でも受け取ることができる。

金額は原則として一律5万円だが、埋葬者が扶養家族でない場合には5万円を上限として実費のみ支払われる。なお、組合によっては基本の5万円に加え独自に付加給付を行うところもある。

本件の場合も、息子が健康保険加入者であれば、父親は5万円の埋葬料を受け取れるはずだった。

経済的に困窮している人のための「葬祭扶助の制度」がある

「葬祭扶助」の制度は遺族感情に配慮したもの(beauty-box/PhotoAC)

このように、本件では父親は「葬祭費」または「埋葬料」を申請すれば葬祭扶助として5万円を受け取れるはずだった。

しかし、経済的に困窮している状態にある場合、葬祭費、埋葬料だけでは葬儀費用が賄いきれないこともある。特に、火葬のみで済ませるに忍びなく、葬祭としての体裁を整えたいという遺族の感情にも配慮しなければならない。

そこで、そのような人のためにある制度が「葬祭扶助」の制度である。

葬祭扶助は、生活保護制度における給付の一種として規定されている(生活保護法11条1項8号)。

生活保護制度といえば、まず思い浮かぶのは「生活扶助」の制度だと思われるが、「葬祭扶助」はそれとは別の制度である。つまり、生活扶助を受けている人はもちろん、そうでない人でも、要件をみたせば葬祭扶助を受けることができる(生活保護法18条)。

葬祭扶助を受けられる人は?

葬祭扶助を受けることができる要件については、生活保護法18条が規定している。

(1)困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者

まず、「困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者」(生活保護法18条1項)が挙げられる。これは現に生活扶助を受けているかどうかとは関係ない。

もちろん、すでに生活扶助等の生活保護を受給していれば、葬祭扶助もすんなり認められる可能性が高かったとはいえる。

本件の90歳男性は、簡易な葬儀を行うお金すら用意できなかったことがうかがわれる。したがって、「困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者」の要件をみたし、葬祭扶助を受けることができた可能性が高いといえる。

なお、要件をみたすかどうかの判断に際しては、福祉事務所の「ケースワーカー」の質問に回答したり、各種の書類を提出したりする必要がある。

(2)亡くなった人に身寄りがない場合

本件とは無関係だが、故人に身寄りがない場合にも、葬祭扶助が認められる場合がある。以下の2つのケースである(生活保護法18条2項)。

・被保護者が死亡した場合において、その者の葬祭を行う扶養義務者がないとき(1号)
・死者に対しその葬祭を行う扶養義務者がない場合において、その遺留した金品で、葬祭を行うに必要な費用を満たすことのできないとき(2号)

1号は故人が生活扶助等を受けていた場合、2号は故人が遺した金品で葬儀費用を賄えなかった場合の規定である。

いずれにしても、故人に身寄りがいない場合に、その人が入所していた介護施設や、民生委員が葬儀を担当することを想定している。

葬祭扶助の対象となる費目と上限額

葬祭扶助の対象となる費目は以下の通りである。

一 検案
二 死体の運搬
三 火葬又は埋葬
四 納骨その他葬祭のために必要なもの

ただし、葬祭扶助の金額には上限が設けられている。上限額は自治体によって、また、亡くなった方の年齢などによって異なるが、おおむね16万円~20万円程度である。

この上限額を超えたら、差額は自己負担しなければならない。したがって、葬祭扶助の範囲内で葬儀を行いたい場合は、その旨を葬儀会社に伝えてアレンジしてもらう必要がある。

葬祭扶助の申請方法・給付方法

葬祭扶助の申請は、実際に葬儀を実施する前に行わなければならない。たとえば、いったん借金するなどして葬儀を行って、その後で申請すること等は認められないので、注意が必要である。

葬祭扶助の申請先は以下の通りである。

・申請者が扶養義務者の場合:申請者の住所地の市区町村役場または福祉事務所
・それ以外の場合:故人の最後の住所地の市区町村役場または福祉事務所

そして、葬祭扶助が認められた場合、福祉事務所から直接、葬儀会社に対して葬儀費用の実費相当額が支払われる。つまり、葬儀費用の額が葬祭扶助の上限額以下であれば、いっさい自己負担する必要はない。

まとめ

本件で逮捕された90歳男性は、本来、公的医療保険から「葬祭費」として5万円を受け取ることができたとみられる。また、葬祭扶助も受けられる可能性が高かったといえる。もし、これらの制度を知っていて申請を行えば、息子の遺体を放置する必要はなく、逮捕されることもなかった可能性が高い。

葬祭扶助に限ったことではないが、わが国では、経済的に困窮した場合に補助を受けられる公的な制度が整備されている。私たちは、それらについて詳細に知っておく必要まではないにしても、いざという時に国・地方自治体からサポートを受けられるということについて、日ごろから意識しておくことが大切である。

また、あわせて、国や地方自治体の側でも、それらのセーフティネットを周知徹底するための一層の啓発活動をはかることが求められるといえよう。

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