蕨市・川口市「在日クルド人問題」支援団体代表者が語る“ヘイト”の連鎖が止まらない背景

弁護士JP編集部

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蕨市・川口市「在日クルド人問題」支援団体代表者が語る“ヘイト”の連鎖が止まらない背景
日本語教室で書き取りの勉強をしているクルド人の子どもたち( 「在日クルド人と共に」提供)

昨年から、埼玉県川口市で「在日クルド人」が犯罪を行ったり地域住民と軋轢(あつれき)を生じさせたりしているという問題がにわかに騒がれている。

東京との県境から荒川を挟んですぐの川口市の面積は約62平方キロメートル。人口は約60万人で、県庁所在地であるさいたま市に次いで県内2位。最近では「ガチ中華」で有名になっている西川口エリアには、中国人のほかにもクルド人を含む外国人が多く住んでいる。

その川口と隣接する蕨(わらび)市の面積は約5平方キロメートル。日本最小の「市」だ。人口は約7万5千人で、日本で最も人口密度が高い都市でもある。そして、川口市と同じく蕨市にもクルド人が多く住んでいる。

「在日クルド人と共に HEVAL」は蕨市・川口市を中心に活動するボランティア団体。HEVALとはクルド語で「友達」を意味する。代表である温井立央氏の本業は編集者であり、2016年に蕨市所在の出版社「合同会社さわらび舎」を立ち上げた。

報道やネットでは「犯罪」や「暴動」ばかりがクローズアップされがちな「在日クルド人問題」だが、現地に暮らす支援者はどのように捉えているのか。温井氏に話を聞いた。

15年前から排外主義の舞台になってきた蕨市・川口市

報道を見ていると、蕨市・川口市の「在日クルド人問題」は近年になって急に取り沙汰されたような印象を受けます。

温井氏:まず知ってほしいのは、川口市や蕨市には、昔からクルド人以外の外国人も多く住んでいたということです。

蕨市の場合、2024年の時点で、約7万5千人の総人口のうち約11%が外国人となっています。そのうちの約6割が中国人です。

そして、外国人が多いために、以前から右派系団体による排外的な運動の標的になってきました。

最初に蕨市でヘイトデモが行われたのは2009年、フィリピン人一家の在留資格が問題となった事件がきっかけです。この時には「在日特権を許さない会」(通称「在特会」 )が、当時13歳の女性が通っていた中学校の前にまで来てシュプレヒコールをあげました。

2010年代には、中国人が多く住む芝園団地(川口市)が標的となりました。

クルド人に対するデモが目立つようになったのは、2023年頃からです。また、2月にデモを行った「日の丸街宣倶楽部」も在特会から派生した団体です。

現在のクルド人に対するヘイトの背景には、川口・蕨に限らず全国的に排外主義的な動きが強まってきたことが背景にあると感じています。

とくに川口市でヘイトデモが起こりやすい理由はなんでしょう。

温井氏:川口市や蕨市にはヘイトスピーチ条例が存在しないことが一因です。2020年に川崎市で罰則付きのヘイトスピーチ条例が制定されてからは「ヘイト活動家が埼玉に流れてきた」とも言われています。

また、外国人の多さに比べて多文化共生の取り組みが進んでいないことも理由です。外国人が多い他の市に比べて、定着のための拠点が弱いのです。市役所に多文化共生係はありますが、職員は数人だけです。

6月には川口市議会が「一部外国人による犯罪の取り締まり強化を求める意見書」を提出しましたが、その内容は外国人と犯罪を結びつけるものでした。この意見書が採択されたことも、外国人に対する偏見を増させる一因になったと思います。

蕨市と周辺の市の地図(Map-It マップイット(c))

きっかけは公園で出会った小さな姉妹

「在日クルド人と共に」を立ち上げられたきっかけを教えてください。

温井氏:2016年、小学生と思われる年頃の姉妹が、平日の昼間にもかかわらず公園で遊んでいました。妻(温井まどか氏)がスマートフォンの翻訳機能を使って会話したところ、トルコ国籍のクルド人だということがわかりました。

姉妹は「学校に行きたい」と言いました。そこで保護者と話をして、近隣の学校と交渉して就学手続きを行いました。その家族との付き合いがはじまり、食事をごちそうになったりもしました。

当初、クルド人のことはよく知りませんでした。当時はクルド人の祭り「ネウロズ」が蕨市内の公園で行われていたので(近年はさいたま市の秋ヶ瀬公園で開催)、それを見物に行ったことがあるくらいです。

しかし、クルド人の家族との付き合いを通じて、在日クルド人が置かれている状況を知りました。母親と子どもは難民申請の結果が出るまでの間にもらえる「特定活動」という在留資格を持っていましたが、父親は在留資格を持たず、仮放免で一時的に収容を解かれていた状況でした。就労は禁止、移動も制限され、健康保険や住民票もなく、住居を借りることも難しい状況です。

日本で暮らしているクルド人のほとんどが難民申請をしているにもかかわらず、誰一人として難民認定がされていないことも知りました。

当初は他の団体で活動していましたが、2021年12月、30年近く前からクルド人とかかわる活動をしている松澤秀延氏と私たち夫婦の3人で「在日クルド人と共に」を立ち上げました。

活動目的は、入国管理制度や難民認定制度の抜本的な見直しを求めると同時に、在日クルド人と地域住民の間に入って相互理解を進めることです。

主にどのような活動を行っていますか。

温井氏:毎週日曜日に日本語教室を開催しています。大人も子どもも、参加しています。また、クルド人の他にも、トルコやコンゴの方々も参加しています。

マンツーマン形式の、会話を重視した学習です。教師はボランティアですが、こちらが日本語を教えるだけでなく、学習者からトルコ語やフランス語も教えてもらっています。また、ボランティアには日本人も含め、様々なルーツの人がいます。

2月には、戸田市で開かれた日本語スピーチコンテストに学習者の方が参加されました。また、ネットで「在日クルド人問題」が取り上げられるようになってからは、川口市や蕨市から参加するボランティアも増えています。

昨年11月には「移住者(移民・難民)と共にーともくらフェス」を共催して、クルドのほかにもウクライナやフィリピンなど九か国の地域の食べ物の販売や、中東の伝統楽器の演奏を行いました。6月と10月には川口市で写真展を開催しています。

国は外国人との共生を地域とボランティアに“丸投げ”している

2023年9月、川口市の奥ノ木信夫市長は仮放免制度をめぐる要望書を国に提出した。要望の内容は、下記の三点。

・ 不法行為を行う外国人を、法に基づいて厳格に対処(強制送還等)すること。

・ 仮放免者が最低限の生活維持ができるよう、就労を可能とする制度を構築すること。

・生活維持が困難な仮放免者が、健康保険やその他の行政サービス、国からの援助措置を申請できるようにすること(適否は国の責任で判断)

「在日クルド人と共に」では仮放免者の医療費の支援も行っているが、温井氏も奥ノ木市長の意見にも理解できる部分があるという。

温井氏:仮放免者は医療保険に加入できないため、医療費は全額負担となります。自由診療であるから、病院によっては金額も増す。負担を減らすために普段から病院に通うのを避ける方も多いですが、結果的に病気が重症化してから病院に行くことになるので、医療費の負担も増してしまう。

重症化した方や妊娠した方などは無保険でも病院に通う必要がありますが、支払えない額を請求されると借金をして返済するか、場合によっては滞納となることもあるでしょう。すると、病院や市の財政にとっても不利益になります。病院に通うハードルを減らすための医療保険は、本人のためだけではなく、社会全体の負担を減らすための制度であるということを理解してもらいたい。

私たちも在日クルド人の医療費を援助することがありますが、資金には限りがあります。そもそも、民間ではなく国が対応すべき問題です。

仮放免のクルド人に限らず、正式に移民としての資格を認めている外国人についても、国は「労働力」としてしか見ていません。人口減が進む今後の日本社会ではさまざまな仕事で外国人に頼る必要があります。しかし、国は外国人との共生や社会への統合について議論をほとんど行わず、地域やボランティアに対応を丸投げしている。奥野木市長が国に対して不満を抱くのも当然のことです。

地域住民はクルド人のことをどう思っているのか?

最近では「蕨市・川口市でクルド人が犯罪を行っている」 「クルド人の問題について地域の住民が苦情を出している」という報道が増えています。

温井氏:大前提として、私たちは犯罪を行う人を擁護するわけではありません。在日クルド人の団体である「日本クルド文化協会」も、犯罪者は擁護しないと公言しています。しかし、一部の在日クルド人が犯罪を行ったことを、民族に結びつけて「在日クルド人」全体の問題にすり替えることには反対します。それは差別です。

団体の活動を始めたころから、「ごみ出しのマナーが悪いクルド人がいる」など苦情を地域住民から受けて対応をすることはありました。しかし、蕨市や川口市に住んでいる人たちからの苦情よりも、むしろ、市外に住んでいる人たちからの差別的なメールや電話のほうがずっと増えています。

もちろん、地域住民のなかには在日クルド人のことをよく思っていない人もいるでしょう。しかし、「在日クルド人のことを知りたい」 「より良く共存したい」と思っている人もいます。トラブルが発生しても、「追い出せ」とまで言う人はほとんどいません。

一方で、ネットを中心に行われるヘイトスピーチは激しさを増しています。私たちのところにも「クルド人皆殺し万歳」と何度も繰り返すメールなどが届いたりしました。このようなヘイトスピーチが送られることに対しては見過ごすわけにはいきません。弁護士に相談して対応も検討しているところです。

デモ行進の舞台となった、蕨駅東口(3月撮影/弁護士JP編集部)

SNS投稿や報道がヘイトを増幅した

3月には、在日クルド人を中心とする14名(うち法人が2社)が、ジャーナリストの石井孝明氏が行ったSNS投稿により名誉毀損・信用毀損を受けたとして、損害賠償を請求する訴訟を提起した。

2月18日には、右派系団体「日の丸街宣倶楽部」が蕨駅前で「自爆テロを支援するクルド協会は日本に要らない!」と題するデモ行進を行い、それに対して日本人やクルド人などが集まったカウンター・デモが行われた。

同日、石井氏はこのカウンター活動の一部を映した動画を含む投稿を引用リツイートしながら、「おい、クルド人、29秒から「日本人死ね」と言っていないか」と投稿。これは「病院に行け」という発言を聞き間違えたものではないかという指摘も相次いだが、1万4000件以上のリツイートがされた。

この石井氏のツイートが拡散されてから、クルド人に対するヘイトスピーチは目に見えてひどくなった、と温井氏は語る。

温井氏:ネットで在日クルド人のことを検索しても、検索結果にはクルド人に批判的な特定の新聞やジャーナリストの情報ばかりが表示されています。そのため、市外に住む人々は偏った情報だけを受け取り、「クルド人はこわい」という誇張されたイメージを抱いてしまう。

一部の新聞やジャーナリストは、いちど「在日クルド人」に目を付けてからは、彼らを批判する報道を延々と行っています。クルド人と犯罪を結びつけた報道をすることで偏見と相互不信を深め、地域で起きているトラブルの解決を遠ざけ、共生の取り組みを後退させてしまうことが問題です。

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