「技能実習生」の通訳をめぐる労働訴訟の最高裁弁論が開かれる 弁護士は「事業場外みなし労働制」の基準が変わる可能性を危惧

弁護士JP編集部

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「技能実習生」の通訳をめぐる労働訴訟の最高裁弁論が開かれる 弁護士は「事業場外みなし労働制」の基準が変わる可能性を危惧
会見を開いた中島眞一郎氏(左)、松野信夫弁護士(右)(3月26日都内/弁護士JP編集部)

3月26日、熊本市内に住むフィリピン出身の日本国籍者である女性が、過去に勤務していた技能実習生監理団体に未払い残業代などを請求する訴訟について、最高裁弁論が開かれた。

訴訟の経緯

女性が勤務していたのは、技能実習生監理団体「協同組合グローブ」熊本支所(本部は広島県福山市)。タガログ語の通訳や技能実習生のサポートを行うキャリアスタッフとして、2016年から2018年まで働いていた。

最初の1年間は残業代が支払われていたが、熊本市内の自宅から車で1時間~2時間以上かかる熊本県北部や大分県・宮崎県の訪問先企業への「直行直帰」が指導されるようになった。それに伴い事業場外みなし労働制が導入されたことにより、移動時間は労働時間とみなされなくなったため、残業代が大幅に減った。

また、上司や同僚からパワーハラスメント・いじめを受けたことから、退職せざるをえなくなったという。

女性が提訴したのは2019年。その際に代理人弁護士と開いた記者会見での発言が名誉毀損にあたるとして、2020年になってから、監理団体が女性に損害賠償を請求する提訴(反訴)を行う。

熊本地裁判決は監理団体に対して残業代約30万円とパワハラに関する慰謝料約10万円を支払うように命じたが、女性に対しても名誉毀損の損害賠償約30万円を支払うように命じた。

女性と監理団体はともに福岡高裁へ控訴。高裁ではパワハラに関する慰謝料の支払いが取り消された一方で、監理団体による名誉毀損の訴えも認められなかった。

女性側は上告しなかったが、監理団体が最高裁に上告。しかし、最高裁も名誉毀損に関する判断については高裁判決を支持し、訴えを認めていない。

争点は「事業場外みなし労働制」が適用されるかどうか

今回の訴訟で争点となっているのは「事業外みなし労働」を定めた労働基準法第38条の2が適用されるかどうかだ。

事業場外みなし労働制は、外回り営業を行うセールスマンなど、事業場(企業)の外での仕事がほとんどであるために、企業側が正確な労働時間を把握することが難しい労働者に対して適用される制度。

適用されると実際の労働時間にかかわらず賃金が固定されるため、労働者の残業時間が多い場合には、企業にとって有利ともなり得る。

事業場外みなし労働制制度が適用される具体的な要件は下記の2点。

(1)労働者が労働時間の全部または一部において事業場外で業務に従事していること

(2)労働時間の算定が困難であること

監理団体の側は、訪問先企業に直近直行した女性は移動中などに業務以外のことを行える自由があったことから、事業場外で具体的にどれだけ働いていたか、労働時間を算定することは困難であると主張。

一方で女性の側は、そもそも業務の内容は「技能実習法」によって制限がかかっており自由度はなかったと反論。

また、事業場外の企業を訪問した際にはスマートフォンを使って開始時間と終了時間を報告していたことから、「労働時間の算定が困難であること」という要件は満たさないと主張している。

判例が変わる可能性も

事業場外みなし労働制については、2014年に「阪急トラベルサポート事件最高裁判決」が出されている。

阪急トラベルサポート事件では、ツアーコンダクターの業務は「労働時間の算定が困難であること」にあたらないとして、事業場外労働のみなし労働時間制の適用が否定され、企業側には未払い残業代の支払いが命じられた。

この判決は、その後10年間、事業場外みなし労働制の適用の可否を判断する基準となってきた。

今回の訴訟でも、女性側は他企業を訪問しての通訳業務とツアーコンダクター業務との類似性を指摘しながら、事業場外みなし労働制の適用を否定している。

しかし、最高裁は、企業側の主張を棄却せずに弁論を開かせた。弁論後に会見を開いた、女性側の代理人である松野信夫弁護士は「事業場外みなし労働制の判断基準を変える、新たな判例になる可能性がある」と指摘。労働者ではなく企業にとって有利な基準に変えられることを危惧した。

女性は熊本市に在住しているため、都内で行われた会見には不参加。熊本市内の団体「コムスタカ-外国人と共に生きる会」の中島眞一郎代表が参加して「人権侵害は外国人技能実習生だけでなく、彼らをサポートする人たちにも起こっている」と訴えた。

最高裁判決は4月16日(火)の予定。

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