元警官が明かす制服事情…衣替えシーズンに憂鬱だったワケ
衣替えのシーズンだ。昨今わが国では在宅勤務やカジュアルな服装での執務が一般的になったが、制服を着用する職業では、ちょうど今の時期は夏服への移行期間となる。
制服といえば警察官を思い浮かべる人も多いだろう。警視庁の衣替えは6月1日から(9月30日まで)。20年近く、あの制服に袖を通してきた元警視庁警察官で『警察官のこのこ日記』(三五館シンシャ)の著者・安沼保夫氏は「私のころは合服もあり、衣替えは年3回あった」と振り返る。
警察官の制服は、明治7年(1874年)に警視庁で初めて制定された。以来、紺色を基調とした制服は「国民の目から見て親しみやすく、落ち着いた色」として受け継がれ、現在も全国の警察官が統一したデザインを着用している。まさに国民の安全を守る象徴といえる、“コスチューム”だ。
「制服には対被疑者用の隠れたギミックがある」という俗説も、まことしやかにささやかれている。だが安沼氏は「私の知る限り、ギミックなどはありません」と明確に否定する。
唯一の例外として、「対被疑者用といえば、角ばった制帽が頭部を保護しているくらいのものでしょうか」と安沼氏。制帽の硬い形状が、不意の衝撃から頭を守る機能を持つという、ある意味でシンプルな「実戦的工夫」が施されているという。
ネクタイの色を間違えた同僚と、得意げな幹部
警察組織には「服装点検」という独特の文化もある。特に衣替え直後は、階級章の位置やアイロンの折り目まで厳しくチェックされるとか。
「合服と冬服は色と素材の厚みが違うのですが、ネクタイにも合と冬用がありました。合服と冬服の衣替え直後の服装点検ではネクタイの間違いが散見され、幹部連中が得意げに指摘していた記憶がありますね」
そのたびに安沼氏は「どっちでもいいじゃんかよ」と心の中で思っていたという。「見る度にそう思っていたのは私だけではないはずです」とも付け加えた。
規律の維持という目的は理解できる。だが、ネクタイの合服と冬服の「間違い」を「得意げに」指摘する文化に、現場の警察官が覚えてきた違和感は決して小さくないようだ。
警察学校と現場の「ギャップ」――ヨレヨレのお巡りさんたち
制服への厳しいこだわりは、警察学校で叩き込まれる。「制服にシワがあったりすると『そんな格好で現場に出られると思っているのか!』などとドヤされましたよ」と安沼氏は回想する。
ところが、実際に現場に出てみると、その教えとはかけ離れた現実が待っていたという。
「ヨレヨレの制服のお巡りさんが多く、制服が作業着になっている印象でした」(安沼氏)
こうした実態を踏まえ、安沼氏は具体的な制服の改革案を提示する。
「現場ではポロシャツのような動きやすい装備を導入し、正規の制服は離任行事や式典などで着用するようにして枚数を減らし、コストカットしていくべきだと思います」
式典用と実務用を明確に分けることで、コストと機能性を同時に最適化できるという考え方だ。
制服は「心理的スイッチ」になるのか
崇高なる着衣。治安維持に奔走する警察官が制服に袖を通す瞬間、やはり意識は高まるものなのか。
「正直に言えば、制服がもたらす心理的スイッチや市民への影響など、考えたこともありませんでした。毎年夏服に袖を通す度、またこの季節が来たのか、衣替えを何回やらせるのか、先はまだ長いな、なんてことを漫然と思っていました」
英雄的な使命感よりも、淡々とした職業人のリズム。その言葉こそ、現場の警察官が制服と向き合ってきたリアルな姿を映し出しているといえる。
■安沼保夫(やすぬま・やすお)
1981年、神奈川県生まれ。明治大学卒業後、夢や情熱のないまま、なんとなく警視庁に入庁。調布警察署の交番勤務を皮切りに、機動隊、留置係、組織犯罪対策係の刑事などとして勤務。20年に及ぶ警察官生活で実体験した、「警察小説」では描かれない実情と悲哀を、著書につづる。
