M&A仲介はなぜ顧客本位を見失うのか?ルール厳格化が加速する時代のM&A業界に問う、オーナーと譲受企業を守る『誠実な承継』の絶対条件とは
近年、経営者の高齢化による後継者不足を背景に、中小企業のM&Aが活発化している。一方で、それに比例するようにトラブルも急増。特に「ルシアンホールディングス事件」などに代表される、買収直後に現預金を引き出して事業を放置する「資産収奪型(吸血型)M&A」は社会問題となった。
トラブルを未然に防ぐチェック機能も担うM&A仲介業界にとって、2026年は地に落ちた信用を取り戻すための大きな転換点となる。整備が不十分だったルールは厳格化、年度内には資格制度も導入の見込みで、信用を失墜させる企業は業界からの退場を余儀なくされる。
不信感が渦巻くM&A仲介業界は、今後どこへ、どう向かうべきなのか――。業界が抱える構造的リスクと信頼回復への道筋について、独自の取り組みで健全化を目指すM&Aロイヤルアドバイザリーの橋場涼代表に聞いた。
悪質トラブルの背景に何があったのか
――M&A仲介業界で明るみになった一連の不祥事はメディアの追求もあり、2023年から昨年にかけ、社会問題化しました。なによりも信用が求められる業界でなぜ、あのような悪質なトラブルが発生したのでしょうか。
橋場代表:経営者の高齢化による後継者不足を背景に、税制や関連制度の創設などの後押しも受け、中小企業のM&Aが活発化。その仲介を担う業界はとくに2020年前後から急拡大しました。
そうしたなかで、業界の拡大スピードに教育が追いつくことができず、経験や知見が十分に蓄積されないまま現場に立つ人材が増えたことは、一因として考えられると思います。
また、厳しいコンプライアンス遵守が求められる金融領域とは異なり、M&Aはコンサルティングやマッチングの側面が強い領域です。参入障壁が低いこともこうした動きと無関係とはいえないでしょう。
その結果、契約成立に不可欠な手続き等が省かれるなどの杜撰な対応がトラブルにつながったことは否めないと思います。
――顧客の利益でなく、自社の利益を優先。結果、藁にもすがる思いで事業の未来を託したはずが、逆に骨抜きにされてしまった…。一部企業の悪行だとしても、卑劣すぎる行為であり、業界の信頼は地に落ちたと言わざるを得ません。
橋場代表:モラルが欠如している一部アドバイザーの間で「DD(デューデリジェンス※)をやらない(あるいは基準が緩い)譲受企業(買い手)が、いい譲受企業だ」という風潮があったと聞いたことはあります。DDがない方が、営業担当者からすれば手間がかからず“楽”だからです。
※M&Aや投資において、対象企業の事業、財務、法務、人事などの実態を詳細に調査し、リスクや価値を正当に評価する手続き
――M&Aにおいて最も重要なプロセスのひとつを飛ばすことを「楽」とする感覚が、問題の悪質さや業界の意識の低さを象徴しています。
橋場代表:M&Aは一生に一度の大きな決断です。だからこそ、オーナー様に対して丁寧かつ誠実に情報提供し、納得のいく意思決定を支えることが、アドバイザーには求められると考えています。
また、両手取引における利益相反のリスクを抑えるうえでは、オーナー様側(売り手)でも必要に応じて弁護士等の専門家に相談できる体制を整えることが重要です。法的拘束力を持つ譲渡契約書(SPA)は専門性が高く、その内容を初めてM&Aを経験するオーナー様だけで十分に理解するのは容易ではありません。
後日の認識齟齬やトラブル防止そのためにも、契約締結の局面では、条件やリスクについて専門家の確認を経る。最善の結果から逆算し、そうしたプロセスを惜しまない姿勢が健全な事業承継にもつながると考えています。
M&A業界に横たわる数々の課題
――「両手取引」を悪用する形で、継続的に案件を提供してくれる「ストロングバイヤー(特定の譲受企業)」に依存しがちであることも業界の課題として指摘されています。

橋場代表:私としては、仲介会社が「ストロングバイヤーに依存している」という感覚はそこまで強くないです。大前提として、オーナー様には最後の最後まで「やめる(ちゃぶ台をひっくり返す)」権利があります。
しかし、債務超過や赤字体質な案件などで譲受企業が限られる、自社の持つ譲受企業ネットワークが小さい仲介会社では、結果的に特定企業に頼りがちになるケースが業界内にあるのは想像できます。
これを防ぐには、オーナー様にさまざまな譲受企業を紹介し、しっかり比較検討していただくことが不可欠です。譲受企業の開拓にも汗をかき、オーナー様の選択肢を増やす。それがM&A仲介の役割であるべきで、健全な状態といえるでしょう。
――一連の不祥事では、売却後に「経営者保証」が外れず、オーナーが自己破産に追い込まれるといった痛ましいトラブルも起きています。
橋場代表:経営者保証の解除問題はとても深刻です。
問題が社会問題化した昨年以降、業界団体(M&A支援機関協会)のルールも厳格化されています。金融機関へ保証解除の相談に行かなかったり、最終的に解除できなかったりした譲受企業がいた場合は、協会へ「通報」する義務があり、通報された企業は「特定事業者リスト」に蓄積され、会員企業間で共有されます。
当社でも中間審査の段階で当該リストを必ず確認し、譲受企業の適格性や信頼性に懸念がないかを丁寧に検証する体制を徹底しています。
また、当社は社内ルールとして、契約書において経営者保証の解除が「努力義務」といった曖昧な表現になっている場合、社内の最終審査が原則通らず、契約を進められない仕組みも導入しています。
M&Aはあくまでも事業承継における「選択肢の一つ」
――M&A仲介では手数料についても、問題視する声があります。そうしたなか、貴社はオーナーからの着手金などを無料とする「完全成功報酬型」を採用しています。
橋場代表:オーナー様が事業承継を考える際に真っ先に浮かぶのは「親族」や「社員」への承継です。M&Aはそれが叶わない場合の「第三の選択肢」というのが私どもの考えです。
着手金を設けるかどうかは、各社のビジネスモデルや考え方によるところが大きいと思います。そのうえで、当社としては、初期費用の負担がオーナー様の比較検討の機会を狭め、結果として意思決定の機会損失につながってしまうことは避けるべきだと考えています。
事業承継はオーナー様にとって極めて重要な経営判断ですので、オーナー様が十分に納得感をもってご判断いただけるよう、完全成功報酬型を採用しています。
一方で、譲受企業様のなかには、初期段階では情報収集の色合いが強いケースもあり得ます。そのため、案件に対する本気度や責任ある関与の意思を適切に見極める観点から、当社では譲受企業様から中間報酬を頂戴しています。
――M&A仲介のプロセスにおける各場面で「顧客第一」を徹底している印象です。全てのM&A仲介業者が貴社のようなスタンスを徹底していれば、トラブルが社会問題化することもなかったと思います。
橋場代表:我々も成長過程にあり、完璧だとは思っていません。しかし、当社は業界の後発組だからこそ、クライアントに信頼いただくためには、何よりも「誠実」であり続けることが重要だという意識を強く持っています。これは私が厳しいコンプライアンス意識を求められる金融業界出身だからということも関係しているのかもしれません。
今後、人員をさらに増やしていくなかで、こうした考え方を全社員にしっかり浸透させ、組織としてぶれずに実践できる状態をつくることが重要です。そのためには、日々の教育や管理体制をどこまで徹底できるかが、常に問われる課題だと考えています。
また、報酬体系についても見直しが必要だと考えています。高い成果に報いるインセンティブ制度は、これまでM&A業界を象徴する仕組みの一つでした。しかし、成約に対する報酬の比重が大きくなりすぎれば、担当者がオーナー様にとって本当に最善かどうかよりも、自身の数字や報酬を優先してしまう余地が生まれます。そうした構造的なリスクを抑え、顧客本位を徹底するためにも、報酬制度は見直していくべきだと考えています。
淘汰のフェーズで生き残るM&A仲介の「絶対条件」
――最後に、不祥事が相次いだM&A業界が信頼を回復するためには、今後なにが必要だとお考えですか?

橋場代表:M&Aは本来、後継者不在という社会課題に向き合い、日本の優れた技術や企業、そして雇用を次世代へつないでいく、社会的意義の大きい仕事だと考えています。だからこそ、これまで一部で起きた不適切な事案によって、業界全体への信頼が損なわれてしまったことは、非常に重く受け止めなければなりません。
一方で、業界として前進するための環境整備は着実に進みつつあります。2026年度内には、M&Aアドバイザーに関する個人の資格制度(登録制度)の開始も見込まれており、アドバイザー一人ひとりの知識、倫理観、説明責任がこれまで以上に問われる時代になっていくはずです。私はこうした仕組みの整備が、業界全体の信頼性を底上げしていく大きな契機になると考えています。
また、業界が急成長したことで未経験の担当者も増えています。だからこそ、オーナー様は1人の意見だけで決めず、利害関係のない第三者の視点(セカンドオピニオン)を活用して、信用できるパートナーを見極めることが重要です。
当社内でも、迷ったときは常に「それは誠実(ロイヤル)か?」という軸に立ち返る文化を徹底しています。
業界全体はいま、「量」を追う時代から、「質」で信頼を競う時代へと確実に移りつつあります。その変化のなかで選ばれていくのは、目先の成約ではなく、顧客にとって何が最善かを愚直に問い続けられる会社です。そうした会社がきちんと信頼され、評価される業界でなければならないと思いますし、私自身も、その実現に向けて責任を持って取り組んでいきたいと考えています。
■橋場涼(はしば・りょう)
1989年生まれ。 大学卒業後、株式会社三菱東京UFJ銀行(現・株式会社三菱UFJ銀行)に入行。 2017年に大手M&A仲介会社であるM&Aキャピタルパートナーズ株式会社に入社。 同社トップクラスの成績で数多くの中堅・中小企業のM&Aを成約に導き、入社最短で部長への昇進。2021年に独立し、日本の事業承継問題を解決するためにM&Aロイヤルアドバイザリー株式会社を設立。
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