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「息子を自慢したいから完ぺきに仕上げたわけだ」秋葉原無差別殺傷事件・加藤智大元死刑囚が語っていた“親からの支配”

「息子を自慢したいから完ぺきに仕上げたわけだ」秋葉原無差別殺傷事件・加藤智大元死刑囚が語っていた“親からの支配”
加藤智大元死刑囚は歩行者天国だった秋葉原の交差点にトラックで突っ込み、通行人を次々とナイフで切りつけた(佐藤ポン / PIXTA)

全国の児童相談所が対応した、2023年度の児童虐待相談件数は22万5509件にのぼり、前年より5%増となった(厚労省発表)。身体的虐待のほか、心理的虐待も増加している。

親から子どもへの虐待の背景には、子どもを“所有物”とみなし、過剰な期待や支配欲求を抱くといった「親の心理構造」が深く関わっている。

こうした心理は、時として悲劇的な事件の要因のひとつにもなる。2008年に発生し、世間を大きく揺るがせた「秋葉原無差別殺傷事件」の犯人も、幼少期は母親による過剰な管理と支配の下にあったという。

※ この記事は、精神科医の片田珠美氏による『子どもを攻撃せずにはいられない親』(PHP新書)より一部抜粋・再構成しています。

「親が書いた作文で賞を取り、親が書いた絵で賞を取り…」

子どもへの支配欲求が強い親は、ルールをつくって、それに従わせようとする。その典型と考えられるのが、2008年6月8日、秋葉原無差別殺傷事件を引き起こした加藤智大(ともひろ)元死刑囚(※2022年に死刑執行)の母親である。

加藤元死刑囚は子どもの頃、友達の家に遊びに行くことを母親から禁止されていた。自宅に友達を呼ぶことも、母親が特別に許可した一人を除いては許してもらえなかったという。そのため、彼は友達に「僕と遊んでいたことを言わないでくれ」と口止めしていたほどだ。

教育熱心な母親は直接勉強を指導していたようで、その様子を彼自身が携帯サイトに書き込んでいる。

〈親が周りに自分の息子を自慢したいから、完璧に仕上げたわけだ 俺が書いた作文とかは全部親の検閲が入ってたっけ〉

〈親が書いた作文で賞を取り、親が書いた絵で賞を取り、親に無理やり勉強させられてたから勉強は完璧〉

「親が書いた作文」「親が書いた絵」、そして、「親の検閲」については、弟が発表した手記から、うかがい知ることができる。

「親が筆を持ち、作文や絵をかくのだと誤解されると思います。実際は、作文に関してはテーマや文章、絵に関してはやはりテーマや構図を母が指示するのです。与えられるテーマの根底にあるのは『先生ウケ』でした。私たちはまるで機械のようにそれに従って文章を書き、絵を描くのです。こうして母の狙い通り、先生たちはその文章や絵を褒めてくれました」

また、息子たちの書く作文に必ず目を通していた母親は、「『検閲』によって、私が書いた言葉を、先生ウケする言葉に書き換えました」。

さらに、完璧主義の母親は「常に完璧なものを求めてきました。原稿用紙に作文を書くときに1文字でも間違えたり、汚い字があると、書き直しです。消しゴムなどを使って修正するのではなく、途中まで書いたものをゴミ箱に捨て、最初から書き直しになります。書いては捨て、書いては捨ての繰り返しで、1つの作文ができあがるまでに1週間近い時間がかかるのが常でした」

母親の作文指導には、「10秒ルール」なるものもあったという。

兄弟が作文を書いている横で、母親が「検閲」をしているとき、「この熟語を使った意図は?」などという質問が飛んでくる。答えられずにいると、母親が「10、9、8、7……」と声に出してカウントダウンを始める。そして、0になると、ビンタが飛んでくるのだ。

ここで求められていたのは、母親好みの答えを出すことだったようだ。それでは、母親が何を求めていたのかといえば、やはり「先生ウケ」だったという。

「男女交際は一切許さないからね」

作文指導にまつわる「検閲」や「10秒ルール」だけでも、母親がいかに教育熱心であったかを物語っているが、そればかりか、家庭内では徹底的な管理が行われていた。

まず、「ほしいモノがあったときは常に母親に許可を取る必要」があったため、自由にモノを買うことができなかった。たとえば、本を買う際は「何がほしいかを伝える必要があり、さらに読んだ後に読書感想文を書いて母に見せなければなりませんでした」。

また、テレビは1台あったものの、自由に見るのは禁止されており、許されていた番組は、『ドラえもん』と『まんが日本昔ばなし』だけだった。テレビを見る習慣は家庭内にはなく、ニュースさえも見なかったという。

異性との交際についても、母親が異常なほど敏感で、決して許さなかった。

加藤元死刑囚が中学生のときに、クラスの女の子から年賀状が届き、「好き」というようなことが書かれていたのだが、その年賀状は見せしめのように冷蔵庫に貼られていた。

弟が中学1年のときにも、女の子から同じようなハガキが来たのだが、母親は食事のときにそれをバンッとテーブルにたたきつけて、「男女交際は一切許さないからね」と言い放った。

怒りや欲求不満の“はけ口”なかったか

すべてのエピソードから、母親が子どもを徹底的に監視し、自分がつくったルールに従わせようとしていた様子がうかがえる。

それだけ支配欲求が強かったのだろうが、こういう姿勢が加藤元死刑囚の精神面に強い影響を与えたことは想像に難(かた)くない。

もちろん、派遣社員として単純作業に従事していた自身の不本意な境遇を受け入れられず、「親のせい」「社会が悪い」などと責任転嫁した加藤元死刑囚を擁護するつもりはない。

ただ、これだけ徹底的に管理されていたら、自主的に新しいことを経験して学ぼうという気にはなりにくい。そのため、自分では何もできないように感じて、自信を持てなかったとしても不思議ではない。

当然、怒りも覚えただろうし、欲求不満もたまっただろう。こうした怒りや欲求不満のはけ口がなく、加藤元死刑囚の胸中でくすぶり続けていたことが、無差別大量殺人の一因になったのではないだろうか。

  • この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
書籍画像

子どもを攻撃せずにはいられない親(PHP新書)

片田珠美
PHP研究所

「言うことを聞かないなら、もう何も買ってあげない」などと脅して子どもを思い通りに支配しようとする、「あなたのためを思って言っているのよ」などと言いつつ、実際は子どもの気持ちよりも世間体や見栄を優先しようとしている、子どもを罵倒する、必要なものを与えない、子どもの領域を平気で侵害しようとする、兄弟姉妹で格差をつける、しつけと称して暴力をふるう……。

なぜ我が子にそんな仕打ちができるのか。そこには、「子どもは自分のもの」という所有意識、「子どもは自分をよく見せるための付属物」という歪んだ認識や「攻撃者との同一視」という心理メカニズムなどの様々な原因が窺える。非常によくみられる例を一つ挙げると、子どもが「いい学校」「いい会社」に入ることを親が願うのは、子どもの幸福のためだと親は信じている。だが実際は、「自慢したい」という思惑や打算が潜んでいることがしばしばある。しかし親は「自分は正しいことをしている」と思い込んで疑わないのだ。

攻撃的な親から身を守るために、そしてあなた自身がこんな親にならないために。精神科医が自身の経験も語りながら解説。