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「死刑で救われたのか」地下鉄サリン事件から30年…オウム教祖ら執行後の“心境変化”を被害者・遺族1000人調査で問う

「死刑で救われたのか」地下鉄サリン事件から30年…オウム教祖ら執行後の“心境変化”を被害者・遺族1000人調査で問う
会見を開いた関係者ら(11月4日 都内/弁護士JPニュース編集部)

1995年3月20日、東京の地下鉄で起き、約6300人もの被害者を出した日本最大規模の無差別テロ「地下鉄サリン事件」から30年。

社会心理学者で、過去にも地下鉄サリン事件被害者への調査を担当してきた筑波大学名誉教授の松井豊氏らが11月4日午後、都内で記者会見を開き、被害者に対するアンケート調査を実施すると発表した。

調査は今月中旬から、オウム真理教犯罪被害者支援機構が把握する被害者・遺族約1000人を対象に実施される。回答期限は今月末までで、結果は来年3月20日より前に公表される予定だ。

死刑執行に対する思いなど調査

松井氏は会見で「地下鉄サリン事件から30年が経ち、症状も苦しみも和らいでいるのではないかという予測がたてられる一方、第二次世界大戦中、沖縄戦に巻き込まれ、60年以上が経過してもなお、PTSD症状の重い方々が4割を超えているというデータもある」と述べ、長期的な被害の実態把握の必要性を強調した。

松井氏らの研究グループが事件から20年の節目を前に2014年に実施した調査では、被害者の約3割がPTSD症状を抱えていることが判明。

また、多くの被害者が視力低下など目の不調を訴えており、松井氏は「若い方にとってはサリン事件は歴史かもしれないが、被害にあった方は今もなお苦しんでおり、リアルタイムで続いている事件だとお伝えしたい」と述べた。

今回の調査では、設問を前回調査から引き継ぎつつ、被害者の高齢化が進んでいることから設問数を一部削減。一方で2018年にオウム真理教の教祖・松本智津夫元死刑囚ら13人の死刑が執行されたことを受けて、新たに「死刑執行についてどのような思いがあるか」という設問が追加された。

松井氏らの調査グループの一員である共立女子大学助教の高橋幸子氏は「前回は死刑執行前だったので執行を希望するかを確認していたが、今回は実際に執行されたことの影響がどのようなものだったのかを聞く項目を追加している」と説明した。

また松井氏は死刑に関する項目の意義について次のように述べた。

「死刑が執行されて『気持ちが晴れた』とか『良かった』と思われる方がいて、そのPTSD症状などが軽くなっていれば、それは確かに救いになる。

一方で、死刑が執行されたことに関して『なにもならなかった』という方が多いという結果や、死刑に対する考え方の有無に関わらず、PTSD症状があるといった結果が出た場合には、死刑というのは1つの区切りかもしれないが、遺族・被害者にとっては決して救いにならないことがわかる」

「事件を知らない若い世代、後継団体に入信」

弁護士の宇都宮健児氏(オウム真理教犯罪被害者支援機構理事長)は、「風化防止の観点からもこの調査を行うのは重要だ」と指摘する。

「オウム真理教の後継団体には事件を知らない若い世代も入っていると聞く。だが、この調査が、事件の悲惨さを改めて社会に示すことになるだろう」(宇都宮弁護士)

支援機構は2006年6月に設立され、後継団体に対する損害賠償請求を続け、被害者への賠償金支払いを実現してきた。

宇都宮弁護士は「2019年9月までに約3億3300万円を被害者に配当してきたが、10年前の前回調査では、20年経っても多くの方が体調不良や経済的困窮に苦しんでいる実態が明らかになっていた。今回の調査結果も、私たちの支援活動や賠償請求を後押しする重要な資料になる」と述べ、調査への期待を寄せた。

「この貴重な記録を後世に残したい」

会見には地下鉄サリン事件被害者の会代表世話人の高橋シズヱさんも同席した。

高橋さんは会見で「本来であれば、このような追跡調査は国が責任を持って行うべきだった」と指摘。約6300人もの被害者情報を把握しながら本格的な追跡調査を行ってこなかった国の姿勢に、疑問を呈した。

高橋さんらは会見で、前回調査の“功績”について、サリン事件から20年が経っても、なお多くの被害者が苦しんでいる事実が、国内外問わず多くのテロ犯罪の研究者などに、驚きをもって受け止められたと説明。

高橋さんは、「30年という長期にわたるテロ被害の調査は世界でもほとんど例がない。だからこそ、多くの人に回答してもらい、この貴重な記録を後世に残したい」と、被害者らに協力を呼びかけた。

なお調査票の配布はオウム真理教犯罪被害者支援機構副理事長の中村裕二弁護士が担当し、守秘義務の観点から宛先や住所は研究グループには一切開示されない。

また、質問事項には身体の症状や心理的な症状のほか、事件に対する現在の考えや気持ちなどが含まれるとのことだが、回答の質を高めるため具体的な質問内容の事前公開は避けている。

会見の終盤、中村弁護士は報道陣に対し「前回は回答数が3割を超えたが、アンケート調査ではとにかく多数の方から回答を得ることが重要になる。前回以上の回答をいただけるようにしっかり報道してほしい」と訴えた。

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