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長野4人殺害事件「死刑判決」被告人には精神疾患があったが…「完全な刑事責任能力」認められたワケ【弁護士解説】

長野4人殺害事件「死刑判決」被告人には精神疾患があったが…「完全な刑事責任能力」認められたワケ【弁護士解説】
長野地裁(高橋ユキ/PIXTA)

2023年5月に長野県中野市で女性2人と男性警察官2人がナイフや猟銃で殺害されたいわゆる「長野4人殺害事件」で、殺人罪等に問われた被告人に対し、長野地裁は10月14日、死刑判決を言い渡した。

公判では刑事責任能力が争点となり、裁判所は被告人に妄想性障害があり、それが動機形成に影響したことを認めながらも、結論としては完全な責任能力を認めた。

この事件に限らず、被告人に精神疾患があるとしながらも、刑事責任能力を肯定し刑罰を科すケースは多い。刑事責任能力が問題となった場合、どのような枠組みで判断されるのか。刑事法の実務と理論の双方に詳しい岡本裕明弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所共同代表)に聞いた。

刑事責任能力は生物学的判断ではなく「法的判断」

刑事責任能力は、「事理を弁識する能力」と、弁識した事理をもとに「行動を制御する能力」の二つに分かれる。いずれかが欠ければ「心神喪失」、著しく低減していれば「心神耗弱」となる(刑法39条参照)。

刑事責任能力は、被告人に精神疾患があるとしても、必ずしも刑事責任が否定されるわけではない理由について、「医師が判断する分野と、裁判官が判断する分野とが異なるから」であると説明する。

岡本弁護士:「精神疾患か否かは生物学的要素であり、医師の領域です。これに対し、事理弁識能力や行動制御能力が欠如ないしは低減していて、完全な責任能力を否定するかどうかは、法律の専門家である裁判官の領域です。

ただし、両者を画然と区別することはできず、関連しています。

たとえば、生物学的要素として精神疾患が認められた場合に、それが被告人の行為にどれほどの影響を及ぼしたかは、医師がある程度は判断し得ることであり、法的判断においても医師の判断は尊重されます」

刑事責任能力の有無についての「法的判断」の内容とは

刑事責任能力の有無について、裁判所はどのような「法的判断」の枠組みを用いているのか。岡本弁護士は、刑罰の目的から説明する。

岡本弁護士:「刑事責任能力の『事理弁識能力』と『行動制御能力』は、被告人に刑罰を科する意味があるか、という観点から判断されます。

そもそも前提として、刑罰を科す目的は2つあるとされています。第一に、一般人が罪を犯さないよう、『罪を犯したらこういう刑罰を科されるからやめておきなさい』と威嚇する『一般予防』です。第二に、罪を犯してしまった者の再犯を防ぐという『特別予防』です(山口厚「刑法 第4版」(有斐閣)第1章など参照)。

『心神喪失』や『心神耗弱』の場合に通常人と同じ刑罰を科しても、一般人に対する見せしめ(一般予防)にも、再犯防止(特別予防)にもならず、意味が乏しいということです。その場合に必要なのは刑罰ではなく治療です」

伝統的な理解によれば、その判断で重要な要素となるのは、本人にとって『他に取りうる適法な手段があったにもかかわらず、違法な行為をした』と評価できるか否かであるという。

岡本弁護士:「たとえば、『殺さない』という選択肢もとれたはずなのに、わざわざ殺すという判断をしている以上は、責任を問い得るということです。

もし、精神疾患によって事理を適切に弁識できなかった場合や、行動を制御することができなかった場合において、『殺さない』という選択肢がとれなかった場合には、刑事責任能力が否定されることになるのです」

精神疾患があっても刑事責任能力が肯定される理由

では、精神疾患を患っている場合に、刑事責任能力が肯定されるのはどのような場合か。岡本弁護士は、ここで、上述した「精神疾患が被告人の行為に及ぼした影響」の有無ないしはその程度の大小が意味をもつという。

岡本弁護士:「犯罪の中でも、行為が単純なものについては、『いくら精神疾患だったとしても、悪いことだと認識し、そのような行為に及ばないとの意思決定ができるだろう』というケースがあり得ます。

つまり、精神疾患があってもなお、他の適法な行為を選ぶことは可能だったといえるので、精神疾患の犯罪への影響力は小さいと評価できるケースです。

その場合には、刑罰を科することにより、一般人への威嚇(一般予防)、本人の再犯防止(特別予防)の効果があるので、刑事責任能力が肯定されることになります。

長野4人殺害事件についても、裁判所は、被告人に妄想性障害があったとしながらも、殺害を思い立たせるようなものではなかったと判示しています。

また、その場に駆け付けた警察官2人を殺害した点については、妄想とは関係ないという趣旨を述べています。結論として、完全な刑事責任能力を認め、死刑判決を下しています」

社会には、精神疾患を抱える人が多数生活している。しかし、精神疾患を患っているからといって、必ずしも物事の是非善悪の判断がつかないわけではないし、自分の行動を制御できないわけでもない。

問題は、精神疾患があったとしても、その影響によって、特定の犯罪を実行する以外の選択肢が考えられないような極限状況に追い込まれたか否かであり、現実には、刑事責任能力が否定ないしは限定されるには、高いハードルがあるといえそうである。

取材協力弁護士

岡本 裕明 弁護士
岡本 裕明 弁護士

所属: 弁護士法人ダーウィン法律事務所

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