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生活保護「女性受給者」宅へ「男性ケースワーカー」1人で訪問、性被害が起きたケースも…行政側“配慮ルール”に課題

生活保護「女性受給者」宅へ「男性ケースワーカー」1人で訪問、性被害が起きたケースも…行政側“配慮ルール”に課題
女性受給者が性被害にあう事例も報道されている(toitoi/PIXTA)※写真はイメージ

「女性の一人暮らしで、男性を家に上げたことなんて一度もなかったのに。生活保護を受けるようになってから、毎月のように男性が突然一人で家に来るのが、本当に怖いんです」(大阪市在住・60代女性)

「自営業の夫を亡くして狭い部屋に引っ越したものですから、男性が来ると一つしかないソファに座ってもらうことになります。そうすると、私はベッドに腰かけるしかありません。ベッドに座った状態で向き合って男性と話すことに、違和感があります。また次も来るのかと思うと、毎日気が重くて」(関西在住・70代女性)

これらは、障害や高齢などを理由に生活保護を利用しながら暮らす女性たちから、筆者に寄せられた切実な声です。

生活保護制度では、暮らしぶりを確認し必要な支援を行うため、担当者(ケースワーカー)による定期的な「家庭訪問」が原則とされています。しかし、命と暮らしを守るはずのこの制度が、特に一人暮らしの女性や、過去に性的な被害を受けた経験を持つ女性たちを、おびえさせている現実があります。中には、自ら命を絶とうとしたケースもあります。

命を守るための制度が、なぜ利用者を危険にさらし、心を傷つけるような事態を招いているのでしょうか。これは決して個別の職員の問題ではありません。その背景には、全国の福祉現場に共通する、見過ごされてきた問題がありました。(行政書士・三木ひとみ)

男性の行為により被害がフラッシュバック

千葉県内のとある市に住むサナエさん(仮名・20代女性)は、過去に受けた性被害が原因で心に深い傷を負い、生活保護を受け始めました。福祉事務所もそのことを把握しており、当初は女性の担当者を配置してくれていました。

ところが今年、「人員が足りないから」という理由で、突然、担当が男性に変わりました。

それまでの女性担当者は、訪問前に事前に日時を電話で決めてくれていたのに、男性ケースワーカーは連絡もなく、突然やって来るようになったといいます。

せっかく来たのに居留守を使うのも悪いと思い、ためらいながらドアを開けると、その男性職員は、ドアが閉められないように無言で足を差し入れたのです。

それが、過去の性被害の記憶を呼び覚ます引き金となりました。

その夜、彼女は自ら命を絶とうとしました。救急車で運ばれ、幸い一命はとりとめましたが、社会復帰に向けて少しずつ前に進んでいた彼女の日常は、再び奪われてしまいました。

このできごとについて警察に相談しても「犯罪構成要件を満たしていない」と被害届は受理されず、弁護士からも「民事裁判で争うのは難しい」と告げられたといいます。

ケースワーカーから性被害を受けたケースも

東京都内で生活保護を受給するエリコさん(仮名・20代女性)は、担当だった男性ケースワーカーから、月に3回、1回あたり1時間半という異常な頻度の家庭訪問を受け、その中で立場を利用した悪質な性被害を受けました。

被害の現場となった自宅に住み続けることに耐えられなくなったエリコさんは、精神的に極限まで追い詰められ、大量の薬を飲み自殺を図り、救急搬送される事態に至ったのです。

午前0時を過ぎたある平日の深夜、エリコさんから、これまでの感謝と別れを告げるメールが届きました。

たまたま起きていた私がすぐにメールに気付き、本人に電話がつながらないため、即座に東京の管轄警察署に電話をすると、すぐに警察官が自宅へ駆けつけてくれました。警察官が自宅へ駆けつけたとき、エリコさんは大量服薬により室内で気を失っていたといいます。

何がエリコさんをそこまで追い詰めたのでしょうか。エリコさんは「生命の安全が脅かされている」として、転居費用の支給を申請していました。

担当職員による性被害という、これ以上なく「自立の助長を阻害する」特段の事情であり、転居が認められて然るべきケースでした。

ところが、エリコさんを担当する福祉事務所はこの申請を却下しました。通知書に書かれた却下理由は「見積書等の提出がなく具体的な金額が不明であるため」というものでした。

この理由は行政の責務に反しています。申請者が資料提出に困難を抱える場合、福祉事務所には適切な助言や調査を行う義務があります。したがって、「書類がないから」という理由だけで申請を却下することは、申請権の侵害にあたる疑いがあるのです。

さらに驚くべきことに、後日、相談を受けた私が担当者に電話で確認すると、電話に出た担当者(着任したばかりの若い女性職員)は、しどろもどろな様子で「いえ、そうではないんです。そこは関係ないんです。そこは理由じゃないんです」と答え、福祉事務所長名で出された公文書の内容を自ら否定しました。

悪びれる様子もなく、ただ、誰かから言われたことをそのまま述べているような口ぶりでした。

決定通知は、申請者が容易に理解できるよう、正確な理由を記すのが鉄則です。その根幹を揺るがすこの対応は、行政事務の適正性を著しく欠くものです。

エリコさんの事例は、単なる一個人の問題ではありません。職員による不祥事が発生した場合、行政機関にはその原因と背景を分析し、再発防止策を策定・実施する義務があります。

しかし、組織的な再発防止策が講じられた形跡は見られませんでした。管内で起きた、職員による深刻な性加害事件さえも「なかったこと」のように扱うことは、被害者を二次被害に晒し続けるリスクがあります。

本来であれば公的機関が最後まで責任を持つべき事案であるにもかかわらず、八方塞がりになった受給者が民間の行政書士に助けを求めざるを得ないという「丸投げ」の構図は、エリコさんのケースのみの問題にとどまらず、行政全体の深刻な機能不全を示しています。

法律は「性別」への配慮を義務付けているが…

生活保護法は、年齢、性別、健康状態等、個々の要保護者の状況に応じた配慮をしなければならないという「必要即応の原則」を定めています(同法9条)。

実際に、女性受給者の中に男性職員による性被害にあった人、苦痛を感じている人がいることを考慮すると、訪問調査をする際に、一人暮らしの女性宅へ男性職員を単独で訪問させないという配慮は、法律が求める最低限の義務といえます。

しかし、現場の運用実態は必ずしもそうなってはいません。

筆者は全国47都道府県すべての生活保護担当部署に対し、「一人暮らしの女性宅への男性職員の単独訪問をさせない、あるいは男性一人暮らし宅に女性職員一人で行かせないなど、性別に配慮したルールや内部指針があるか?」という質問調査を電話で実施しました(調査期間:2025年10月7日〜10日)。

その結果は、全都道府県で「性別に配慮した一律のルールは存在しない」という、驚くべきものでした。

「明文規定はなくとも、福祉事務所に対して、個別の事案には配慮するようにといった助言や指導はしていますか」という質問に対しても、「している」と答えた都道府県は一つもありませんでした。

多くの担当者が口を揃えたのは、「国がルールを定めていないから、県も定めていない」「対応は、各市町村が設置している福祉事務所の現場判断に委ねている」という説明です。

すべての都道府県が、福祉事務所ごとのルールを「把握していない」 と回答し、都道府県が実質的な監督責任を果たしていないともいえる実態が浮かび上がりました。

中には、「今の時代、異性が一人で訪問しないことは、当然の配慮です。福祉事務所は適切に対応しているはずです」 「一般的に、そのあたりは当然配慮されるべきだと思います」 といった回答もありました。しかし、すかさず筆者が「そうですよね、県もそのように指導をしているのですか」と質問をすると、途端にトーンダウン。

都道府県としてその実態を調査したり、具体的な指導を行ったりしているケースは皆無でした。

一方で、個々の職員からは、自主的に配慮しているという声や、問題の所在を理解しながらもマンパワーが足りないとの声も聞かれました。

また、ある県の担当者からは唯一、具体的な対策を講じている市の事例が挙げられました。その市では『必ず二人で訪問する』というルールを定めているというのです。この市のような事例は、対策が不可能ではないことの証明であり、一条の光と言えるでしょう。

「女性職員を守る」ルールはあるのに…視点の偏り

他方で、複数の県の担当者は、職員の安全確保のための運用に言及しました。

たとえば、ある県では、男性受給者宅へは若い女性職員を一人では行かせず、男性の査察指導員が同行するケースがあるとしました。

他にも、女性ケースワーカーが一人で訪問するのが危険な場合には上司が同行する運用がされているなど、女性職員の身の安全に配慮した運用がなされているところが複数ありました。

これらの配慮は、公務員である職員の身の安全を守る上で当然であり、不可欠なものです。

しかし、これは同時に、行政が「誰を」「何から」守ろうとしているのかという視点の偏りを浮き彫りにします。女性職員を守るためのルールや運用は存在しても、女性受給者を守るためのルールは存在しないという非対称な現実は、生活保護行政における力関係の歪みを象徴しています。

放置される法律の理念

なぜ法律の理念が、これほどまでに現場に届いていないのか。その答えは、取材での担当者たちの言葉から見えてきました。

「特段、実施要領にはない。生活保護の家庭訪問の際に、福祉事務所ごとにルールはあるかもしれないが、国が定めていないので、県も特に実態は知らないし、こうしてくださいねといった指針なども示していない」

「生活保護手帳には記載がない」

「県として文書を出すことはなく、国から来た通知をそのまま各福祉事務所に流す」

…など、全都道府県の担当者が異口同音に「国が定めていないから」という趣旨の回答をしました。

生活保護法に記載された「配慮」という理念を実行するための具体的な指針や手引きが存在せず、結果として、空文化しているということです。

また、ある県の男性職員からは、耳を疑うような言葉が飛び出しました。

「女性一人暮らし宅に男性一人で訪問することもあります。病院で、患者の命がかかっているのに、女性だから女医に診てくれとはいいませんよね?」

このような発言は、福祉行政が業務効率や職員の都合を優先し、保護されるべき人の尊厳や心理的安全性をいかに軽視しているかを端的に示しています。

受給者が男性ケースワーカーの訪問を拒否するのは、自身の身体的安全と尊厳を守るための正当な要求です。生活保護法9条の趣旨に従い、最低限、女性ケースワーカーを配置するか、複数名で訪問するなどの配慮が求められるはずです。

人の尊厳を守るため、全国統一基準の策定を

今回の全都道府県調査で明らかになったのは、「生活保護の家庭訪問における性別配慮ルールが存在しない」という事実だけではありません。

生活保護法9条には、個人の「性別」や「実際の必要」を考慮する義務が明確に定められています。これは、国や自治体が守るべき、最低限の義務です。

この義務が果たされなければ、本記事で紹介してきた事例にみられるように、人の命が脅かされるリスクさえあります。

DVや性被害のトラウマへの配慮は、個々の職員の善意や良識に委ねられるべきではありません。それは、すべての人が安心して暮らす権利に関わる、行政に課された責務です。

国(厚生労働省)は、生活保護法9条の趣旨に基づき、要保護者の安全と尊厳を確保するため、福祉事務所が遵守すべき明確なルールとして「家庭訪問における性別配慮に関する全国統一の指針」を速やかに策定すべきです。

その指針には、少なくとも、一部の市町村が実践している「原則2人1組での訪問」、利用者からの申し出に応じて担当者の性別を変更する仕組み、DVなど異性からのトラウマ的被害経験がある利用者への特別な配慮、などを明記することが不可欠です。

国民の「最後の砦」であるべき生活保護行政が、その利用者にとって恐怖の対象となりかねない現状は、一刻も早く是正されなければなりません。



■三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)。官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に『わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)』(ペンコム)がある。

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