八王子市職員ら「通勤手当」不正受給“97人900万円超”内部調査で発覚 「ちょっとくらい…」軽い気持ちが招く“重大な”法的責任【弁護士解説】
東京都八王子市は23日、昨年10月から実施した内部調査の結果、職員97人が通勤手当を不正受給していたとして、職員らの処分を発表した。11人を停職ないしは戒告の懲戒処分とし、その他の職員に訓告ないしは厳重注意の人事措置を行った。不正受給と認定された総額は915万4207円に及び、全額が返納されている。
なお、28日には新たに、読売新聞の情報公開請求に対し、2018年4月から今年9月までの期間に職員197人が通勤手当合計895万円を返納していたことが明らかにされている。うち不正受給にあたるケースがどの程度含まれているかは現段階では不明だが、今後、不正受給の件数と金額はさらに拡大する可能性がある。
通勤手当の不正受給をした場合、その全額を返納するのは当然だが、その他に、勤務先の内外でどのような法的責任を問われ得るのか。犯罪に問われる可能性はないのか。公務員のみならず、民間企業に勤務するサラリーマンについても、同様の問題が生じる。労働事件や刑事事件の対応も多い荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。
「懲戒免職・解雇」が有効とされた裁判例も
本件では、1名(部長)が「停職1月」、10名(課長2名、主査1名、主任6名、主事1名)が「戒告」となっている。なお、すでに退職した者も2名が「戒告相当」とされている。
公務員の場合は軽い順に『戒告⇒減給⇒停職⇒免職』、会社員の場合は企業によって多少異なるが『戒告・けん責(※1)⇒減給⇒出勤停止⇒降格⇒諭旨解雇(※2)⇒懲戒解雇』となっている。
※1:始末書を書かせて戒めること
※2:退職勧告を行い、対象者が応じて退職する場合
公務員の懲戒処分で最も重いのは「免職」だが、本件では免職処分になった職員はいない。
通勤手当の不正受給が理由で「免職」「懲戒解雇」等にあたるケースとして、どのようなものが考えられるか。
荒川弁護士:「一般論として、免職や懲戒解雇は、被用者の身分を奪い、生活の糧を失わせ、路頭に迷うリスクを背負わせる最終手段です。したがって、対象となるのは相当悪質なケースに限られ、そう簡単に認められるものではありません。
不正受給の場合、その期間、金額の大小、害意の有無や行為態様の悪質性などを慎重に判断して、処分が決せられます」
具体的に、どのように判断されるのか。荒川弁護士は、「一概には言えず、あくまでもケースバイケース」としつつ、実際の裁判例を一つ紹介した。
荒川弁護士:「東京都内の勤務先に同じ区内から通勤しているのに、神奈川県平塚市の実家に住んでいると偽って、約3年にわたり定期代合計約103万円を受け取っていたケースについて、裁判所は、懲戒解雇は有効だと判示しました(東京地裁平成15年(2003年)3月28日判決)。
裁判所が懲戒解雇を有効と判断する上での決め手となった事情として、最初から虚偽の住所を申告しており、欺く意図が明確で悪質性が高いこと、虚偽の住所が実際の住所よりもかなり遠方で定期代が高額であることなどが挙げられます」
詐欺罪に問われるケースもある
では、通勤手当の不正請求が犯罪に問われる可能性はないのか。
荒川弁護士は、実際に逮捕・起訴され処罰されることになるかは別として、詐欺罪(刑法261条1項、10年以下の拘禁刑)が成立し得ると説明する。
荒川弁護士:「詐欺罪は、『人を欺いて財物を交付させる』犯罪です。
欺く行為によって、相手方が錯誤に陥り、その錯誤に基づいて財物を処分することによって、成立します。
前述の裁判例のように、最初から虚偽の住所を申告する行為は、欺く行為にあたります。そして、勤務先がそれを真正の住所だと誤信し、その誤信に基づいて通勤手当を支払うことで、詐欺罪が成立します。
なお、詐欺罪が成立する場合、被害額は、正当な通勤手当との差額ではなく、あくまでも支払われた全額だと考えられています」
では、遠方から勤務先の近くに転居し、その旨を申告しなかった場合はどうか。この場合も、詐欺罪が成立し得るという。
荒川弁護士:「詐欺罪は、『なすべき行為をしなかったこと』という不作為でも成立し得ます。
転居した場合、労働契約ないしは就業規則上、その旨を直ちに勤務先に申告する法的義務が生じます。
また、労災保険の観点からも、転居したことの届出をする義務があるといえます。なぜなら、労災のうち通勤災害が認められるのは、住居と勤務先との間を合理的な経路・方法で移動する場合のみだからです。
そして、これらの申告義務を果たそうと思えば、一言、口頭で伝えるだけで済みます。したがって、それさえ果たさないことで、不作為による詐欺罪が成立します」
前述の東京地裁の裁判例で、刑事責任が問われたかどうかは明らかではない。しかし、判決文では「このような行為は、刑法に該当する犯罪行為であって」と指摘しており、もし立件されれば、有罪判決を受けるリスクがあるものだったといえる。
八王子市によると、今回の件は、他自治体における通勤手当の不正受給の報道を受け、同市が昨年10月から通勤手当の実態調査を行ったことにより、発覚したものであるという。
荒川弁護士:「裏を返せば、本格的な実態調査が行われるまで、長年にわたり不正受給が横行していた可能性があるということです。
交通費の不正受給の事例はよくありますし、軽い気持ちでやってしまっている人も少なくありません。しかし、公務員であれ会社員であれ、厳しい懲戒処分、刑事罰の対象となり得ます。
軽い気持ちでやらかしてしまい、場合によっては人生を棒に振りかねないことを、肝に銘じておくべきです」
取材協力弁護士
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