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山上徹也被告きょう初公判 「安倍元首相銃撃事件」から約3年4か月、“陰謀論”も…「長期化」“本当の理由”とは【弁護士解説】

山上徹也被告きょう初公判 「安倍元首相銃撃事件」から約3年4か月、“陰謀論”も…「長期化」“本当の理由”とは【弁護士解説】
山上被告の初公判が開かれる奈良地裁(Sakura Ikkyo/PIXTA)

2022年7月8日に安倍晋三元首相が奈良市内で銃撃され死亡した事件で、山上徹也被告の初公判が今日14時から奈良地裁で行われる。公判は今日を含め年内に計18回開かれ、年明けの19回目に判決が言い渡される。

今日までに事件から3年以上、起訴から2年半以上が経過しており、その影響もあってか、SNS等では一部で「意図的に公判開始が遅延されている」「真犯人は山上被告とは別にいる」など、根拠に乏しい憶測も含む「陰謀論」さえまことしやかに囁かれている。

なぜ、これほどまでに時間がかかったのか。また、初公判までの時間が長期化することには、どのような問題があるのか。刑事弁護の経験が豊富な岡本裕明弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所共同代表)に聞いた。

起訴から初公判までの時間が長期化する要因とは?

本件ではそもそも、事件発生から起訴までに6か月~7か月がかかっている。その最たる原因は、起訴前の捜査段階で、刑事責任能力の有無ないしは程度に関する精神鑑定を行うための鑑定留置が、2022年7月25日から2023年1月10日まで約5か月半にわたり行われたことにある。

では、起訴から公判までの時間が長期化している理由として、どのようなものが考えられるか。岡本弁護士は、本件については、「確かに公判までに長い時間がかかってはいるが、一般的にはあり得ること」と指摘したうえで、弁護側の訴訟活動のため必要な事実と証拠の収集に時間がかかっている可能性を説明する。

岡本弁護士:「検察官の手持ちの証拠を開示する『証拠開示』の手続に時間がかかることがあり得ます。検察官が証拠開示に積極的な姿勢を示さない場合、弁護人としては、検察官に証拠を開示させるよう、裁判所に対して裁定を求めることもあります。

具体的な主張を行う前の段階で、証拠開示に関する争いが生じてしまうと、公判前整理手続が長期化してしまうことは十分想定できます。

本件では、犯行に用いた武器や安倍氏の遺体の検視結果といった、犯罪事実の客観的事実に関する証拠は揃っているはずです。この点についての証拠開示に関しては大きな争いはなかったのではないでしょうか。

しかし、本件については宗教的な背景が指摘されており、弁護人としては、そのことと本件との関連性を主張立証するための事実や証拠を収集する必要があったといえます。

全ての証拠を検察庁が所持している訳ではないとしても、検察官が所持しているであろう宗教的な背景に関する証拠等についての開示を求めて、長期の争いが行われていた可能性は否定できません。

また、宗教的な背景に関する事実や証拠は、殺害行為自体に関連する事実や証拠ではないので、必ずしも検察官が保有しているとは限りません。そうだとすると、弁護人側が独自に調査を行う必要が生じ、この点でも時間がかかってしまうことがあり得るでしょう」

弁護側が「宗教的背景」等を主張立証することの意味

弁護側の訴訟活動において、被告人が犯行に至る背景事情を立証することには、刑を少しでも軽くするための「情状」以外にどのような価値があるのか。

岡本弁護士:「背景事情は、責任能力の有無の判断に影響を与えることがあります。

責任能力は、事理を弁識する能力と、行動を制御する能力からなります。それらのいずれかが欠ければ心神喪失、著しく困難であれば心神耗弱となります(刑法39条参照)。

そして、責任能力についての伝統的な理解によれば、行動制御能力があったと言うためには、最低限、『他に取りうる適法な手段』があったと言えなければなりません。

もし、他に取りうる適法な手段がなかったならば、本人は違法な行動を取らざるを得なかったことになるので、弁識した事理に従って行動を制御する能力がなかったといわざるを得ず、責任能力が否定される方向にはたらきます。

なぜなら、適法な行為を行うことが期待できない者に刑罰を科す意義が乏しいからです。その場合に必要なのは刑罰ではなく治療です。

本件でも、山上被告が何らかの精神疾患等にり患していた結果、自身の境遇を脱するために『安倍氏を殺す以外にとりうる適法な方法はない』という状況に追い込まれたことを立証できれば、責任能力を否定ないしは限定する事情となり得ます」

「裁判所のスケジュール」が影響することも

その他に、裁判所のスケジュールが空いていなかったことにより遅延した可能性も考えられるという。

岡本弁護士:「たとえば先日、ある地裁で、私が担当している事件の第1回公判前整理手続の期日中、裁判官から『裁判員裁判はスケジュールが埋まっていて、来年の8月になる』と言われました。10か月後まで待たなければならないということです。

この事件は、被疑者が外国人で通訳が必要であること、共犯者がいることなどにより、裁判員裁判の公判期日を長めにとらなければならないという特殊性がありました。

しかし、そのような特殊性がなくても、ただでさえ裁判所は忙しいので、数か月後までスケジュールが空いていないことは大いにあり得るのです」

身柄拘束が長期化することの問題点

本件のように、起訴後、初公判までの身柄拘束が長期化する場合には、どのような問題があるのか。岡本弁護士は、被告人・弁護人側にも、検察側にも、いずれも弊害・デメリットがあると指摘する。

岡本弁護士:「被告人・弁護人側からすると、冤罪防止と適正手続の見地から裁判は慎重に進めてほしいと考えます。しかし他方で、身柄拘束は人権侵害の最たるものであり、それがかえって冤罪を生むおそれがあるので、長期化するのは好ましくありません。

また、検察の側にとっても、起訴から長い時間が経つことは不都合です。なぜなら、裁判員裁判の場合は公判廷に証人を出廷させ、裁判官および裁判員の面前で証言させることが多くなります。

時間とともに証人の記憶が薄れていき、事前にとった供述調書との齟齬をきたすリスクが増大することになり、好ましくありません。

山上被告の公判開始が遅くなることにより利益を受ける者はいないということです」

つまり、起訴から初公判までが長引いた理由は、弁護側または検察側が意図的に公判開始を遅延したのではなく、ましてや陰謀などでもなく、公判準備の都合や裁判所のスケジュールからやむを得なかったという側面が大きいと考えられる。

とはいえ、岡本弁護士は、身柄拘束期間が長期化することは、冤罪防止や適正手続の観点から決して望ましいことではないと釘を刺す。

岡本弁護士:「一般論として、検察も弁護側も、可能な限り公判準備をスピーディーに進めるよう努めなければならないのは当然として、裁判所の人員不足が慢性化している状態を解消する取り組みも必要だと考えられます」

取材協力弁護士

岡本 裕明 弁護士
岡本 裕明 弁護士

所属: 弁護士法人ダーウィン法律事務所

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