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クマ被害“過去最悪ペース”の裏で…なぜ「餌付け禁止」法律に抑止力がない? 弁護士が指摘する「現行法の問題」とは

クマ被害“過去最悪ペース”の裏で…なぜ「餌付け禁止」法律に抑止力がない? 弁護士が指摘する「現行法の問題」とは
知床など自然公園ではヒグマの「人慣れ」を避けるため“接近”も禁止された(柴道楽 / PIXTA)

クマによる人身被害が全国で相次いでいる。

環境省の発表によれば、今年4月から9月末までに発生した人身被害は99件・108人(うち死亡者は5人)に上っている。すでに昨年度の年間被害数(2024年4月〜25年3月で人身被害82件・85人、死亡者3人)を上回っている状況だ。

8月14日に北海道・知床国立公園の羅臼岳で発生した死亡事故は、被害者が26歳の若者だったことや、クマよけの鈴を携帯していたのにもかかわらず襲われたことなどと合わせ、大きな衝撃をもって報じられた。

事件翌日に駆除された加害クマは、体長約1.4メートル、体重117キロのメスのヒグマだった。大人しい個体として知られ、地元では「岩尾別の母さん」というあだ名がつけられていたという。

穏やかな「母さん」がなぜ人を襲ったのか。その理由について、SNS上では「観光客が餌付けをしていたのではないか」と憶測も広がった。

クマへの餌付けにはどのような悪影響があるのか。なぜクマへの餌付けがなくならないのか。知床の野生生物保護管理・調査研究などを行う「公益財団法人 知床財団」や、動物に詳しい弁護士に話を聞いた。

※知床財団への取材は羅臼岳での事故発生前に行った。

7月末に餌付けの通報が……

知床財団に「観光客がクマに餌付けをしていた」と通報が入ったのは、事件前の7月30日だった。同財団の松林良太氏はこう振り返る。

「一般の来訪者より『前日(29日)に道路際にいるヒグマに向けて車内からスナック菓子のようなものが投げられているのを見た』との情報を入手しました。

すぐに職員が現場を確認しましたが、スナック菓子の痕跡は確認できませんでした。そのため、ヒグマが実際にスナック菓子を食べた確証は取れていません。

ただ、現場周辺は、この時期恒常的にヒグマがアリを食べるために姿を現しており、ヒグマ見物のための観光客等の渋滞もたびたび発生している場所だったため、スナック菓子を食べた可能性は『あり得る』と考えています」(松林氏)

同財団にクマへの餌付けに関する通報があるのは「数年に一度」だというが、松林氏は「こちらにすべての情報が集約されているとは思っておりませんので、残念ながら氷山の一角という可能性もあると思います」と警戒する。

同財団では「クマが人間の食べ物を覚えると、多くの問題につながる恐れがある」として、餌付けやポイ捨てに注意を呼び掛けてきた。

「野生動物が人間の食べ物を食べたり、ポイ捨てされたゴミなどを食べたりした場合、あるいはゴミ箱の残飯や倉庫の食料品を食べてしまった場合、その動物は食べ物を求めて再び同じ場所に現れ、かつその食べ物を自分のものと認識し守ろうとするため、攻撃的になり、その結果、人身事故につながる可能性が高くなります。

直接エサを与えないことはもちろん、ゴミの放置やポイ捨て、食べ物管理の不徹底なども絶対にしないよう呼びかけを行っています」(松林氏)

餌付け行為は法律でも禁止されているが…

国立公園である知床は「自然公園法」でも、野生動物(鳥類又は哺乳類)へのみだりな餌付け行為が禁止され(同法37条1項3号)、「違反行為をした者は、30万円以下の罰金に処する」とも定められている(同法86条柱書)。

一方で、これまでクマへの餌付けで逮捕者が出たり、起訴されたりした例はないようだ。知床財団の松林氏も「直接的な『餌付け行為』で処罰されたケースはありません」と話す。なぜか。

動物に関する法律に詳しい青木敦子弁護士は「現行法の既定の仕方に問題がある」と指摘する。

「自然公園法で罰則が適用されるのは、『職員の指示に従わなかった』場合(同法86条9号)です。

つまり、餌付けが行われているその場で、餌付け者に対し、国や都道府県の職員が餌付けを止めるよう指示しても従わずに続けた場合に、はじめて罰則が適用されます。逆に言えば、あとから捜査して餌付け者を特定し、罰則を適用することは現実的ではありません。

しかし、野生動物への餌付け行為は長時間にわたって行うものではありませんし、ましてや知床国立公園のような広大な敷地を有する場合、たとえリアルタイムに通報があっても、餌付けが行われている間に職員が現場にたどりつくことができるとは限りません」

これに対し、松林氏も「私どもがたまたま通りかかった道路上におにぎりの残骸が落ちていたことがありましたが、その事実“だけ”では、何が起こったかはわかりません。このように『餌付けやポイ捨てがあったかもしれない』という推測の域を超えることがない事例がほとんどです」と話す。

クマの命も脅かす“餌付け”

北海道では「北海道生物多様性保全条例」でも指定餌付け行為を禁止している(同条例27条)が、「勧告」や悪質な場合の「(氏名等の)公表」が主な対応で、罰金はない(同29条)。市町村条例で禁止されている地域もあるが、同様に罰則は限定的で、抑止力にはつながっていないようだ。

松林氏は7月30日の通報について「国立公園を所管する環境省からも特に反応はありません。当財団も対応し記録、周知するところまでで、確定的な情報がない限りはなかなか具体的に動くことが難しいのが現状です」と憂慮している。

青木弁護士は、法律・条例等で餌付け行為そのものを一律に禁止していない理由として、「野鳥やリスなど、クマ以外の野生動物もひとくくりに規定されているからではないか」と説明する。

一方で「みだりな餌付け行為を禁ずる規定が2021年に追加された経緯を見ると、餌付けによる野鳥の営巣に対する影響や、クマによる人身被害がきっかけとなっています」とし、今後「被害状況や住民の声を踏まえ、人身被害の危険性の高いクマに限定して餌付け行為そのものを一律禁止する条例制定が各自治体によって進む可能性は十分にあると思います」と予測する。

人の食べ物やゴミを食べたクマは、前述の通り攻撃的になる可能性が高く、知床では駆除の対象となっている。

餌付けを行う人は、「食べている姿が見たいから」「かわいいから」という気持ちなのかもしれないが、クマへの餌付けが結果として人とクマ“双方の命”を脅かしている現実を忘れてはならない。

取材協力弁護士

青木 敦子 弁護士

青木 敦子 弁護士

所属: 綾瀬かわせみ法律事務所 別ウィンドウで開く

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