「廊下で雑魚寝」「24時間以上拘束」児相の元職員が訴えた「過重労働」裁判、県はなぜ“即日”控訴したのか?
親からの虐待やネグレクト、あるいは家庭の経済的困窮などを理由に、両親の元から離れた子どもたちが入所する児童相談所。
精神的に不安定な子どもたちが、安心して暮らせる住環境を整えるのが児童相談所の役割でもあるが、職員の数が追いつかず、子どものケアを充分に行えない課題も生まれている。
児童相談所の元職員である飯島章太さんは、こうした児童福祉の労働環境改善を訴えて裁判を行っている当事者だ。
夜勤は24時間を超える拘束も
飯島さんは2019年4月から、市川児童相談所(千葉県)の一時保護所の職員として働いていた。もともと子どもの電話相談員の経験をきっかけに、過酷でつらい境遇の子どもを支援したいという想いで就職を果たす。
しかし、その後わずか4か月で休職に追い込まれる。飯島さんの話によれば当時、一時保護所の定員が20人だったのに対して、40人近い児童を保護していたという。その一方で、職員の数は増えず、飯島さんは激務に追われていた。
研修が充分に行われることはなく、先輩を見て職務を覚えるように言われた。
ただでさえ精神的に不安定な子どもたちと接するのに神経をすり減らすなか、児童の行動記録の記入や、夜勤での見回りなど慣れない仕事に追われたという。
そのうえ子どもを預かる職場であるが故に、トラブルが起きないように、また指導のために、細かいルールが無数に設けられていたことも負担になった。
児童がトイレに行く際は極力付き添い、ティッシュを使うのも許可制だった。食事の時間は児童の食べ残しがある程度減るまで見守るなど、細かいルールに従いながら、何十人もの子どもの面倒を見るのは骨が折れた。日勤では3時間の残業を繰り返し、夜勤に至っては24時間以上の拘束も珍しくなかった。
やがて同期の職員が辞職や異動で減り、激務に拍車がかかると、飯島さんの胸中で葛藤が生まれる。
「子どもたちを安心安全に守らなければいけないのに、職員が足りないことで、上司からは業務効率化を求められ、ルールを厳しく設けて、必要以上に子どもを指導しなければならない瞬間もありました。
ただそれは、子どもを『ケア』ではなく『管理』しているようにも思え、『自分のやっていることが逆効果になっているのでは』と苛(さいな)まれた」
飯島さんは当時をそう振り返る。しかし激務が続くことで、罪悪感を押し殺しながら子どもに接する日々が続く。出勤前はエナジードリンクを一気飲みして、職務が終わればどっと疲れが襲い、寝る前には保護された児童の顔が思い浮かぶ。
1200万円の損害賠償を請求
また、夜勤により生活リズムが狂ったことも、飯島さんを退職に追いやる一因となった。
夜勤は午後0時半〜翌午前9時45分(所定の場合)で、そのうち仮眠休憩は午前1時〜5時半。しかし仮眠とはいえ、入所児童が定員を超えている状況では、まともに眠れる日は少なく、廊下に布団を敷いて雑魚寝するような環境だったという。
そのうえ深夜に警察や民間人からの通報が入ったり、子ども同士のトラブルが発生したりすれば、休憩時間内でも対応を求められる。夜勤は月に4〜6回ほど行われ、飯島さんはより疲弊していく。
こうして飯島さんはうつ病を発症し、就職から4か月で休職に追い込まれた。ただ、彼のケースは必ずしも珍しい事例ではなく、飯島さんが働いていた2019年当時から、依然として風通しの悪い状況が続いているという。
令和6年(2024年)10月3日の千葉県議会・総務防災常任委員会議事録によれば、令和5年(2023年)度の千葉県所轄の児童相談所に勤務する児童福祉関連職で、精神疾患を理由に1か月以上休職または療養している人数は、510人中40人。割合は約7.8%にのぼる。
休職後、飯島さんはいったん復職したが、労働環境が劇的に改善することはなく退職にいたる。
これを受け、所轄の千葉県は2021年10月、船橋労働基準監督署から是正勧告を受けた。その際、飯島さんに一部の時間外賃金が支払われたものの、あくまでもそれは飯島さん個人に対してのみで、他の職員の待遇は変わらなかった。
「児童福祉全体の待遇が改善されなければ意味がない。また、根本的に残業などを記録する制度が確立されなければ、児童相談所を取り巻く環境が上向いて行かない」
そう感じた飯島さんは2022年7月に、市川児童相談所の所轄である千葉県を相手取り、提訴に踏み切る。うつ病による慰謝料や未払い残業代など、総額約1200万円の損害賠償を請求したのだ。
そして2025年3月に、第一審が結審。割増賃金として約17万円、慰謝料等で33万円の支払いが認められ、飯島さんの主張が一部認められた形となった。
千葉県はなぜ即日で控訴したのか?
しかし、一審の結果に対し、千葉県は即日控訴に踏み切った。千葉県側から詳細は明かされていないものの、即日で第二審に踏み切ったことからすれば、行政に改善の意図があるのか疑念が生じる。飯島さんの弁護団の一人は「政治的にも悪手だ」と話す。
では、なぜ千葉県は控訴に踏み切ったのか。別の弁護団の一人がこう分析する。
「あくまでも憶測ですが、千葉県は一審の結果が出る以前から控訴の意を固めていたのではないでしょうか。
今回の裁判の目的は、夜勤中の仮眠や昼休み時などで、きちんと休憩を取れていない時間を労働時間と認めること。そして、その制度を飯島さん個人の問題にとどめず、児童相談所全体の働き方の問題として再考してもらうことです。
つまり、これらの主張が通ると、千葉県としては多く労働時間を認めることになる。そうなれば予算的にも、おそらくかなりの規模になるため、支払い時期などを延ばしたいんじゃないかと見ています」
「職員が少しでも余裕を持つことが絶対に必要」
そして2025年10月9日、東京高等裁判所で第1回の裁判期日を迎えた。千葉県側の控訴に対し、飯島さん側が意見陳述を行った。
「子どもたちのケアをより良くするためには、労働環境を改善し、職員が少しでも余裕を持つことが絶対に必要でした。裁判所は、休憩時間を労働時間だと認め、千葉県にその分職員を増やすことを促して欲しい」(飯島さん)
また、原告代理人も次のように陳述した。
「職員が疲弊し、離職者や休職者が増加すれば、さらなる職員不足が生じる。結果、残された職員の負担は一層増大し、児童に対する丁寧なアセスメントや家庭の支援はますます困難になる。
そのことが児童の在所日数の長期化や、入所率のさらなる悪化を招き、これがまた職員への一層の負担となって返ってくる。
この悪循環を断ち切るためには、職員に対して、①増員して適切な人員配置を行うこと、②充分な研修を行うこと、③休憩時間を確実に確保すること、④日中や夜間に限らず業務から完全に解放された状況で休憩を取ることができるように環境を整えることが必要だ」
また2025年に、千葉県弁護士会が、千葉県知事宛に向けて公表した要望書の中でも、児童相談所職員の過重労働是正を求めている。「適正な人員配置や休憩時間の確保、専門性を高めるための研修の充実」などを行政に要請しており、今回の訴訟の趣旨とも重なる内容となっている。
児童福祉の領域において、労働環境の是正を求める裁判は珍しいだけに、今回の判例が業界に与える影響は大きい。第二審の判決は、2025年12月18日に言い渡される予定である。
■佐藤隼秀
1995年生まれ。大学卒業後、競馬関係の編集部に勤め、その後フリーランスに。ウェブメディアを中心に、人物ルポや経済系の記事を多く執筆。趣味は競馬、飲み歩き、読書。
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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