
「家賃2.5倍」板橋区マンション騒動が示す、中国人オーナー増加の現実 突然の「大幅値上げ」にどう対応すべきか【弁護士解説】

賃貸住宅のオーナーが外国人になり、家賃を2倍ほどに引き上げる通知が届いた――。
近頃、こうした話をたびたび見聞きする。中でも大きな注目を集めたのが、東京・板橋区のマンションの事例だ。
駅から徒歩5分、築45年のこのマンションに住む男性の家賃は7万円台だったが、今年1月、約2.5倍にあたる19万円に値上げするとの通知を受け取った。通知書には、マンションの土地と建物の所有者が、中国人が代表を務める会社に替わったとも記載されていたという。
約3か月後、不可解な理由でエレベーターが停止。荷物や人の出入りなどから空き部屋が違法民泊に利用されていた可能性もあり、「住民を追い出そうとしていたのでは」と指摘されている。
この騒動は、テレビ・新聞・ネットとさまざまなメディアが報じたことで広く知られることとなり、6月9日には国会でも取り上げられる事態に。その翌日にはエレベーターが作動し始め、オーナーは値上げの撤回を表明した。
中国人オーナーは増加傾向
家賃を大幅に引き上げるかどうかはさておき、日本の賃貸住宅のオーナーになる中国人は増加傾向にあるようだ。
中国に10年間滞在した経験を持ち、中国語での案件対応も行う福原啓介弁護士は、その背景として「中国国内の経済状況の悪化による資産保全ニーズの増大」「日本の賃貸不動産投資の魅力」「移住目的の増加」の3点をあげる。
「中国国内では経済状況が思わしくなく、貧富の格差が広がっています。政府が『富の再分配』を強く推し進めているため、富裕層は資産を守るために、海外への資金移動や不動産、株式などへの投資を積極的に行っています。
そして、日本の賃貸不動産は安定した賃料収入が見込めるため、魅力的な投資先とされています。また中国と日本は地理的に近く、現在の円安が日本の物件を相対的に安く見せていることも、投資意欲を高める要因となっています。
さらに投資だけでなく、日本に長期的に居住することを希望する中国人も増えています。家族ぐるみで日本へ移住するために、不動産を購入するケースも増加傾向にあります」(同前)
中国では家賃の大幅な値上げは「普通のこと」?
板橋区のマンションの騒動では、中国人オーナーがメディアの取材に対し、家賃の大幅な値上げは「普通のこと」と答えたというが、実際のところどうなのか。
「日本では借地借家法によって賃借人の権利が強く保護されていますが、中国にはそのような法律は存在しません。
中国ではオーナーの意向で賃借人が突然追い出されることも珍しくないため、日本の法律を十分に理解していない中国人オーナーの中には、自身の都合が優先されると考えている方もいます。
この法的な認識のズレが、居住者の立ち退きを強引に進める背景にある可能性があります」(福原弁護士)
日本の法律に照らせば、賃貸人が賃借人に対して家賃を一方的かついきなり大幅に引き上げられるか否かについては借地借家法上の規定に従って慎重に判断されることになる。
「家賃の引き上げは貸主と借主双方の合意があれば、基本的に契約として成立します。しかし、借主が値上げを受け入れない場合、オーナーは最終的に裁判所に賃料増額調停・訴訟を申し立てる必要があります。
その上で、裁判所が借地借家法上の要件を満たすと認めなければ、家賃の引き上げはできません。もし申し立てが認められた場合は、認められた増額部分である差額を借主が貸主に支払うことになります」(同前)
家賃値上げの通知が届いたら、絶対に“やってはいけない”こと
今後も中国人オーナーが増えていくと考えられる以上、賃貸住宅に住む人にとって、板橋区のマンションの事例は「対岸の火事」ではない。
万が一、家賃を大幅に値上げするとの通知を受け取った場合、借主側はどうすればよいのか。福原弁護士は「従来の賃料を支払い続ける」ことが最重要だという。
「賃料の引き上げに納得できないからといって、一切の支払いをやめることは絶対にやってはいけません。従来の賃料を支払い続けることで、契約は継続します。もし従前の契約さえも守らなければ、契約違反となり、契約解除や立ち退きにつながる可能性があります」(福原弁護士)
その上で、まずは、オーナーまたは管理会社を通じて、家賃引き上げの理由について事実確認を行い、協議を進めることが基本となる。書面でやり取りを記録に残すことも重要だという。
「現在結んでいる賃貸借契約書を改めて確認し、家賃に関する規定のほか、オーナーがエレベーターの不当な停止など、共用部分の利用に関する規定に違反する行為をしていないかどうかを確認するのも大切です。もしオーナーが契約違反をしている場合、それらを今後の交渉材料とすることも考えられます」(同前)
また、仮にオーナーが違法な行為をしている疑いがある場合は、行政機関や消費生活センターへの相談・通報も検討すべきだ。
「たとえば違法民泊の疑いがある場合は、地方自治体の担当部署に通報することは有効な手段です。消費生活センターは、賃貸借契約のトラブル全般について相談を受け付けており、個別の事案についてアドバイスを受けることができます」(福原弁護士)
違法民泊、なぜいたちごっこ?
板橋区のマンションの事例では、家賃の大幅な値上げの背景には、既存の居住者を追い出して「違法民泊」を運用する目的があったのではないかとの指摘もある。
日本では2018年6月に「住宅宿泊事業法(民泊新法)」が施行され、一定の条件を満たせば合法的に民泊を運営できるようになった。しかしその後も、外国人による「違法民泊」運営の問題はくすぶっている。なぜか。
「民泊事業は通常の賃貸と比較して、より高い利回りが期待できるため、オーナーが収益を最大化しようと考えた場合、法的な手続きを経ずに違法な形で民泊を選択するインセンティブが生まれます。
また、中国では家賃収入が政府に把握されることで課税対象となる可能性があるため、不動産オーナーはそれを避けたいという意識を持つことがあります。
このような背景から、日本で民泊事業を行う際にも、あえて届け出をせず、税金の免脱を図る動機となっていることも考えられます」(福原弁護士)
行政のリソースが限られていることなどから、違法民泊の実態把握や取り締まりは難しく、「いたちごっこ」の状態が続いているのが現状だ。
板橋区の事例のように、住民からの通報が発覚のきっかけとなることもある。民泊制度が適切に機能するためには、住民の協力を促すような制度を整備するなど「より実効性のある監督体制の構築が不可欠」と福原弁護士は提言した。
取材協力弁護士
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