
「あまりに裁判官をナメている」 元“敏腕判事”が「国」を訴えた訴訟の第3回口頭弁論で語った「昇進・昇級差別」等の問題とは

元裁判官の竹内浩史氏(今年3月31日退官)が、国家公務員の「地域手当」によって裁判官の給与が減るのは憲法80条2項に違反するなどと主張して国を提訴している訴訟の第3回口頭弁論が2日、名古屋地裁で開かれた。
竹内元判事はもともと弁護士で2003年、40歳のときに弁護士会の推薦により裁判官に任官。「近鉄・オリックス球団合併」事件(2004年)で東京高裁の主任裁判官を務めるなど、数々の重要事件の裁判にかかわった。
また、自らブログで積極的に意見を発信する「異色の裁判官」としても知られた。津地方裁判所民事部の部総括判事(民事部のトップ)を務めたのを最後に、今年3月をもって依願退官。現在は、弁護士として活動する傍ら、立命館大学法科大学院で教授として教鞭をとっている。
今回の期日では主に、竹内元判事が在職中に受けたと主張する「昇進・昇給差別」についての陳述が行われた。竹内元判事は期日後の記者会見でユーモアをまじえ、「被告(国)側は、私に対する低評価、昇進させないことの理由を具体的に説明せず、抽象論に終始した」と批判した。
国は「低評価の理由」示さず
竹内元判事が主張する「昇級差別」とはどのようなものか。
当事者間に争いのない事実によれば、竹内元判事の司法修習同期(39期)で、去年6月末日時点で現職の裁判官(簡裁判事を除く)19名のうち17名(弁護士任官者2名を含む)が、高裁長官、高裁の部総括、高裁支部長、知財高裁所長、地裁所長、家裁所長、司法研修所長のポストに就いていた。
なお、上記のポストに就いていなかった裁判官が竹内元判事以外に1人いたが、その裁判官も昨年10月に名古屋高裁金沢支部の裁判長に昇進している。
また、竹内元判事より報酬の多い裁判官が299名いる。うち竹内元判事の修習同期以上の裁判官は33名。つまり、266名の「後輩」の裁判官よりも報酬が低い。
竹内元判事:「被告側は、裁判官の人事評価の方式について、『地裁の所長の評価に基づき高裁の長官が昇級候補者の名簿を最高裁に上げ、それに基づき最高裁裁判官会議で決めた』と抽象論を述べるばかりだった。
しかし、実際には最高裁の事務総局に所属する裁判官の何人かが密室で決めているのは明らかだ。それを絶対に認めないし、本当の理由は絶対に言わない。
逆にいえば、私に対する『低評価』について、裁判所の法廷で明らかにできる理由は何もなかったということが分かり、むしろほっとしている(笑)。
被告に対しては、今回の期日で『理由』を開示できなかったのだから、今後『後出し』でそれらしい理由を言ってこないよう、念を押した」

国の主張の「不自然さ」
代理人の森田茂弁護士も、国の主張に漂う「不自然さ」を指摘した。
森田弁護士:「被告側は、抽象論を述べたうえ、『個々の裁判官の考え方や思想を評価の対象とすることはない』と主張している。
しかし、なぜ、竹内元判事が(報酬、人事評価が他の裁判官より低い水準におかれている)不自然・不当な状況になっているのかについての説明は何もない」
一般に、人事評価が不透明だと、人事権者が気に入らない者に対する冷遇を行いやすくなり、不合理な差別の温床になる危険性をはらんでいる。裁判官等の国家公務員に限らず、一般企業等でも同様の問題が指摘される。
竹内元判事:「一般的に、労働裁判で被用者側が報酬、人事評価の格差が明らかにあることを主張立証した場合、経営者側は、それを正当化するなんらかの理由を主張し立証しなければ敗訴する。
たとえば、全税関労働組合の賃金差別事件など、過去に国家公務員の差別が問題になった事件では、国側はもう少しマシな主張立証をしていた。ところが今回は抽象的な制度を述べるのに終始し、一切の説明を放棄している。
これで『勝訴できる』と思っているとしたら、あまりにも名古屋地裁の3人の裁判官をナメている。私だったら激怒する。今後は、裁判官が被告について『けしからん』と感じさせるような作戦でいこうと思う」
「国は地域手当の経緯を踏まえていない」
本件訴訟ではもう一つ、「地域手当」が裁判官の報酬について「在任中、これを減額することができない」と定める憲法80条2項等に違反しないかが争点とされている。
国家公務員の地域手当は報酬額を基準として何%かで決まり、たとえば名古屋市(3級地)は15%、津市(6級地)は6%などと設定されている。
竹内元判事は2021年4月、名古屋高裁から津地裁に民事部の部総括(民事部のトップの裁判長)として異動した際、「地域手当」が減額された(15%から9%へ)。
竹内元判事は、地域手当が憲法80条2項の「報酬」にあたると主張している。
地域手当の制度が導入されたのは2006年。人事院が2005年8月に行った「給与勧告」に基づくものだった。
同勧告は、一般職の非現業国家公務員の給与を全体として4.8%引き下げるのと同時に、民間賃金が高い地域には3~18%の地域手当(現在の最高値は東京23区の20%)を支給するという内容だった。最高裁判所もこの人事院勧告の内容を受け入れた。
原告代理人の新海聡弁護士は、原告の主張と被告の反論を対比して説明した。
新海弁護士:「地域手当が導入された経緯を理解するには、2003年の人事院勧告からの流れを踏まえなければならない(※)。
われわれは、地域手当の導入経緯からみて、報酬の減額と引き換えに導入されたものであるから、実質的には報酬にあたると主張した。
これに対し、被告は『地域手当の導入経過やその性質を正しく解していない』と反論してきた。地域手当の導入経緯を『流れ』でとらえるのが自然なのに、それぞれの人事院勧告を『ぶつ切り』にしてとらえている。
被告はそうすることによって、いわば『矢が永遠に的に当たらない』状態を作り出している。ここについては丁寧に反論していく方針だ」
※原告の主張によれば、2002年の閣議決定で公務員の総人件費の抑制を目的とすることが示されたことを受け、2003年の人事院勧告で「地域における公務員給与は民間に比べ高く、公務員給与の地域差は、民間給与の地域差と比べて不十分である」との問題が提起され、以後の人件費見直しに関する勧告につながったとする(原告第3準備書面参照)
新海弁護士はそれに加え、今後、地域手当の設定方法が「物価」とかけ離れており合理性がないことを主張する方針という。
「埼玉県和光市」「千葉県袖ケ浦市」の地域手当が高い理由
竹内元判事は、昨年7月の提訴会見の際に、国の機関である税務大学校や司法研修所のある「埼玉県和光市」の地域手当が高いこと(提訴時16%(2級地)⇒現在12%(3級地))などを例に挙げ、設定基準が不合理ではないかとの疑念を表明していた。
この点について、今後はどのように訴訟で取り上げていく方針なのか。
竹内元判事:「地域手当の算定は『民間準拠』の考え方で行われているが、それは、市町村内の一定規模以上の企業の平均賃金に比例させるというものだ。
この方式によれば、和光市(ホンダの関連企業等がある)、豊田市(トヨタ自動車の本社がある)、鈴鹿市(ホンダの本社がある)、千葉県袖ケ浦市(東京ガスの世界最大級のLNG基地がある)など、巨大企業がある市町村については平均賃金が押し上げられることになる。
それに連動して、たまたまそこに勤務している国家公務員の給与が押し上げられるのは不合理だ」
その他にも、隣接または近接する自治体間の地域手当の格差のため、地域手当が低い自治体で公務員の人手不足が起きている問題等も指摘した。
次回、第4回口頭弁論は10月1日(水)に予定されている。
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