
「同僚の名義でチケット購入」バレて退職金770万円が“ゼロ”に…「安易な不正」を裁判所が厳しく断じたワケ

「このコンサートに行きたい」
「抽選だから名前だけを貸して」
こんなやり取りを経験したことがあるかもしれない。
しかし、安易な名義の貸し借りが取り返しのつかない事態を招くことがある。実際に、同僚などの名義でコンサートチケットを不正に購入・転売したことが職場にバレて、免職処分(=懲戒解雇)になり、退職金770万円を失った自衛隊員の事例を紹介したい。(東京地裁 R6.8.7)
この事件で、裁判所が特に重く見たのは何だったのだろうか?
「これくらい大丈夫でしょ」と思っている人もいるかもしれないが、他人名義での申し込みがいかに危険であるか、ぜひ最後まで読んで確認してほしい。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
自衛隊員(陸上自衛官・勤続約25年目)だったAさんは、平成28年(2016年)8〜10月にかけて、他の隊員から借りた名義を使ってコンサートチケットを購入。Aさんは、借りた名義の会員番号とパスワードを使い、合計44枚(約35万円分)のチケットを手に入れた。
購入後、これらのチケットをインターネットオークションで転売したが、売却額は29万円にとどまり、Aさんは赤字となった。なお、Aさんは購入代金の35万円をきちんと支払っていたため、チケット販売業者に金銭的な損害は発生していない。
その後の経過は以下のとおりだ。
- 平成29年(2017年)6月5日
電子計算機使用詐欺罪の疑いで逮捕される - 同年11月30日
不起訴処分 - 令和元年(2019年)12月12日
懲戒免職処分および退職手当の全部不支給処分を受ける(一般の退職手当は約770万円だったがAさんはゼロ) - 令和2年(2020年)3月10日
Aさんが防衛大臣に対して処分の審査請求を提出 - 令和5年(2023年)3月5日
上記の審査請求について裁決がなされないため、Aさんが処分取消訴訟を提起
Aさんは「懲戒免職処分と退職手当の全部不支給処分のどちらも不服である」として処分取消訴訟を提起したのである。
裁判所の判断
裁判所は「どちらの処分も適法」と判断した。以下、順に解説する。
■ 免職処分
まず、裁判所は、Aさんの行為を「販売業者を欺いて、他人名義でチケットを取得した」という電子計算機使用詐欺罪に類する行為であり、自衛隊内部の「窃盗・詐欺・恐喝・単純横領等」の懲戒事由に該当する重大な非違行為と認定した。チケットは、当選しなければ入手できない希少性の高いものであり、それ自体に市場価値があった。
これに対して、Aさんは「インターネットオークションで売却したが、売上は29万円にとどまり赤字であった」ことをもって、違法性の低さを主張。
しかし、裁判所は「結果的に赤字であったか否か」は違反の評価に影響をおよぼすものではないと断じた。取得したチケットには本質的な経済的価値があり、結果的に赤字になったとしても、本件非違行為の悪質性には影響しないとの見解を示している。
さらに、裁判所はAさんにとって有利な事情、すなわち勤務成績についても検討している。Aさんは、功績があった隊員に授与される「賞詞第5級」の表彰を3回受けていたが、特別な評価には当たらないとされた。
また、処分に至るまでにAさんが反省や自戒の念を明確に示していなかった点も考慮された。
以上のような事実から、裁判所は、免職処分に裁量権の逸脱・濫用はなく、免職処分について「違法ではない」と結論付けた。
■ 退職手当の全部不支給
裁判所は、退職金の制限についても行政庁に一定の裁量が認められるとしたうえで、その裁量の行使が「社会通念上著しく妥当を欠く場合」に限って違法となるとの判断基準を示した(これは最高裁が明らかにしている)。
全部不支給処分が違法かどうかについては、以下の観点から検討された。
まず、根拠法である国家公務員退職手当法等は、懲戒免職等を受けた者に対し、非違行為の内容・程度、職務への影響、公務に対する信頼の毀損の程度、勤務成績などを総合考慮して、退職金の支給制限を判断する枠組みを定めている。
また、防衛省独自の運用方針においても、免職処分を受けた者に対しては「原則として全額不支給」とし、例外的に軽減が認められる場合のみ一部支給を可能とする構造になっている。
裁判所は、本件非違行為が自衛隊内部の「窃盗・詐欺・恐喝・単純横領等」に該当する違反行為であり、その態様が例外的に軽減が認められるケースではないと判断した。
これに対して、Aさんは「不起訴処分になっていることや、家族を扶養する必要があることから、全部不支給は過酷である」と訴えた。しかし裁判所は「そのような事情があるとしても、退職金全部の不支給処分が裁量権の範囲を逸脱しているとはいえない」と退けた。
■ 民間企業の場合はどうなる?
本件は公務員の懲戒処分に関するケースであるが、民間企業においても、懲戒解雇および退職金不支給について、おおむね同様の判断枠組みで審理される。
最後に
裁判所は、犯罪に手を染めたこと自体を重大視している。「チケット販売業者に金銭的損害を与えていないから問題ない」「不起訴だったから大丈夫」といった認識は通用しない。
犯罪に手を染めた時点で、「懲戒解雇、退職金ゼロ」という結末になり得ることを心にとどめておくべきだろう。
取材協力弁護士
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