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「私はマスターの女よ」大阪・飛田新地で“店の女の子”に手を出した経営者を襲った「代償」とは

「私はマスターの女よ」大阪・飛田新地で“店の女の子”に手を出した経営者を襲った「代償」とは
飛田新地の料亭には美女がそろっている(Sakura Ikkyo / PIXTA)

大阪・西成で、今も旧遊郭の名残りをとどめる「飛田新地」。

大正7年(1918)に開業したこの歓楽街は、戦後に赤線として遊郭の機能を引き継ぎ、昭和33年(1958)に売春防止法が施行されると“料亭街”に姿を変えた。そして“客と仲居の自由恋愛”とすることで、遊郭・赤線時代の営業内容を現代に残している。

「なぜ飛田は必要なのか」

そう問いかけるのは、かつて飛田新地で親方(料亭の経営者)を経験し、現在は女性のスカウトマンとなった杉坂圭介氏。

飛田の中にいたからこそ語れる内情は、色街を単なる好奇の対象としてではなく、社会を深く考察する上で貴重な証言となるだろう。

連載第8回(最終回)は、「親方が店の女の子と色恋に発展することはないのか」という疑問に答える。

※ この記事は、飛田新地のスカウトマン・杉坂圭介氏の著作『飛田で生きる 遊郭経営10年、現在、スカウトマンの告白』(徳間文庫、2014年)より一部抜粋・構成しています。

「私はマスターの女よ」

「店の女の子に手を出すことってないの?」

ある友人にこう質問されたことがありました。私も店を始める前は、「面接にきた子を口説いてもいいのかな」と甘い妄想を抱いていましたので、男ならこう聞きたくなる気持ちもよくわかります。

お店で抱えているのは美女ばかりですし、変な気持ちが起こらないほうがおかしい、と思うのも当然でしょう。

実際のところはどうなのか。

手を付ける人もやはりいます。戦後間もないころの親方は、「それがどないしたんや」とばかりに堂々と手をつけていたそうですが、いまの親方はこっそりばれないようにやっているようです。

ところが、ばれないようにやっているつもりでもすぐにばれる。

手をつけられた女の子は、その時点で自分のランクが3段、4段、上がったつもりになります。経営者に言いよられたのだから、私はよほどいい女に違いない。そう勘違いします。

そして、親方のいないときに、「ここだけの話、マスターとしちゃった」とほかの女の子に話すのです。

女の子というのは、自分が優位に立てることがあったら絶対にしゃべります。とにかく差をつけたがる。それで自分が優位に立ったと思ったら、優位性を見せつけるために今度は誰かれかまわず喧嘩(けんか)をふっかける。最後の決まり文句はこれです。

「私はマスターの女よ」

こんなことをされたらほかの女の子たちはバカらしくなって次々辞めていきます。親方の女がひとり残っても、新しい子が来たらますます差を見せつけようとちょっかいを出すので下の子がいつかない。

本来であればそのような性格の悪い子が来たら、すぐに首を切ります。性格の悪い新人よりもそれまで続けてくれたベテランのほうがよほど店の稼ぎに貢献してくれるからです。しかし自分の女にしているとそれができないので、その店は見るも無残に転げ落ちます。

“どストライク”の女の子が現れた

私自身もそうでした。店を始めて1年半たったころ、自分の好みを体現したかのような女の子をスカウトしたことがありました。デリヘル嬢だった彼女は面長で涼しげな眼をした純和風な美人で、芸能人でいえば全盛期のころの浅野温子似。受け答えもしっかりしていて頭もよさそうです。

これなら飲み込みも早いだろうし何より美人だから相当上げるにちがいない。そう思い飛田で働くよう勧めて成功したのでした。

ところが蓋(ふた)を開けてみるとその子があまり稼げない。美人過ぎるのがわざわいしてお客さんが遠慮してしまっているようなのです。タイプの子なのですから、なんとかうまくいってほしい。そう思い、ある日の送りのときに順番を最後にして飲みに誘いました。

話を聞いてあげながら、まだ笑顔が硬いことをそれとなく伝えようと思ったのです。酒を飲みながら話を聞いてみると、その子も悩んでいるようでした。自分よりもかわいくない子のほうがお客を上げていて、なぜ自分が上げられないのか。

「マスター、あたし何かやり方がまずいんでしょうか」

「そんなことないやろ。ちゃんとやってるんやないの?」

「じゃあなんでほかの子たちのほうが本数多いんですか?」

お酒が回ってきたのか、次第に隣りに座る私との距離が近くなる。

「自分ちょっと猫背やろ? あれやめとき。ライトがうまくあたらなくて暗く見える。正面向いてバシッと笑わな」

「うーん……たとえば、こんな感じですか?」

私のほうに体を向け目を見つめながら微笑んできます。

「ええやん。それをお客さんにやらんと」

冷静に答えたつもりでしたが声は上ずっていたかもしれません。なにせ、その笑顔がすばらしく官能的だったのです。店でこの笑顔ができたらそれこそ1日20本は間違いなく上げられるでしょう。

「うれしい。マスターになら笑えるんやけどな……」

気づくとお互いの太ももが接触する距離にまで彼女が近づいてきていました。

「マスターとだったら、ぜんぜんいいんやけど」

「なにが?」

「なにがって……」

手を握ってきました。もう私は自分を抑えることができませんでした。

店は短期間でガタガタに

その後はお決まりのコースです。先ほど書いたように、その子がほかの子にしゃべる、マスターの女きどりでほかの子をいじめる、ほかの子が辞める、新人が入ってもいつかない、売り上げが落ちる――。

このままではまずいと気づき、月の利益が100万円を切ったところでその子を辞めさせました。

といっても一方的に辞めさせてしまっては後々トラブルに発展しかねない。なにせ、こちらの居場所はばれてしまっているのです。直接来て騒がれたら格好の噂話のネタになってしまう。

そこで、自分より若くて格好いい知り合いの男をさりげなく紹介して、そちらに気を持っていかせるようにしました。女の子が先に浮気をしたら店に文句も言ってきません。店を辞めさせてから数日後、その知り合いから連絡が来ました。

「親方、あの子とどれくらい付き合えばいいですか?」

こちらの狙い通り若い男に鞍替(くらが)えしてくれたようです。

「1か月くらい付き合ってあとは好きにしてくれ」

その後もトラブルは起きなかったので、若い男がうまくやってくれたのでしょう。それにしても、その子が店に入ってからたったの2か月。店の子に手を付けてしまったがために、こんな短期間でガタガタになってしまったのです。

女の子に“惚れられる”ことはよくある

この世界に入るとき、不動産屋から言われた言葉をそのとき思い出しました。

「奥さんはいはりますか?」

「いいえ、まだです」

「なら、店の女の子には、気いつけてな。女の子、しゃべりおるから」

その言葉の重さを身をもって体験したのです。

ほかの風俗は知りませんが、飛田では、親方からちょっかい出すのではなく、女の子に惚(ほ)れられることがよくあるのです。店を仕切っている親方の姿が格好良く見えるのでしょう。

夜、家の近くまで車で送っていくとき、最後にそういう子がひとりになると誘ってくることがよくあります。

「コーヒー飲みたい」

「ちょっとお洒落(しゃれ)な店に行きたい」

などと言ってきてそのうちホテルに誘ってくる。ここで、どう対応するか。

「今、目先の欲望で、こいつに手ぇ出したら、店ガタガタになるな」

そう思ったら、どんなことがあっても手を付けません。

「この子だったら辞めさせても、いいか」

そのときは、いったん店から外し、しばらく付き合うこともあります。

「もう店辞めや、お前、面倒見てやるから」

などと言うのです。

なかには店の子を自分の女にするだけでは飽き足らず、奥さんにしてしまう親方もいます。実際、親方の奥さんが昔飛田で女の子をしていた、というのはよくあるパターンです。

「自分にやったのと同じようなこと、たくさんの男たちにもやっているのか」

普通の男ならそう考えるかもしれません。しかし店の女の子と結婚するような親方は一味違います。

「自分もたくさんの女の子にやってきたんやから、同じことされててもしゃあないわ」

  • この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
書籍画像

遊郭経営10年、現在、スカウトマンの告白 飛田で生きる

杉坂圭介
徳間書店

現在、160軒がひしめく大阪・飛田新地。そこで2軒を経営する人物が初めて当事者として内情を語る。ワケあり美女たちの素顔、涙なしに語れぬ常連客の悲哀、アットホームな小部屋の中、タレントばりの美貌の日本人美女たちはどこから来たのか、呼び込みの年配女性の素性、経営者の企業努力、街の自治会の厳格ルール、15分1万1000円のカラクリ、元遊郭の賃料と空き状況、新参経営者の参画等、人間ドラマから数字的なディテールまでを網羅する。

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