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「私だけに優しくしてくれてるんやない?」 大阪・飛田新地の料亭経営者が“店の女の子”との飲み会を「ハイリスク」と語る理由

「私だけに優しくしてくれてるんやない?」 大阪・飛田新地の料亭経営者が“店の女の子”との飲み会を「ハイリスク」と語る理由
一緒にお酒を飲んで仲良くなっておけば女の子たちも長続きするという考え方もあるが…(mits / PIXTA)

大阪・西成で、今も旧遊郭の名残りをとどめる「飛田新地」。

大正7年(1918)に開業したこの歓楽街は、戦後に赤線として遊郭の機能を引き継ぎ、昭和33年(1958)に売春防止法が施行されると“料亭街”に姿を変えた。そして“客と仲居の自由恋愛”とすることで、遊郭・赤線時代の営業内容を現代に残している。

「なぜ飛田は必要なのか」

そう問いかけるのは、かつて飛田新地で親方(料亭の経営者)を経験し、現在は女性のスカウトマンとなった杉坂圭介氏。

飛田の中にいたからこそ語れる内情は、色街を単なる好奇の対象としてではなく、社会を深く考察する上で貴重な証言となるだろう。

職場の親睦を深めるための飲み会は飛田新地の料亭でも行われているが、そこには意外なリスクもあるという。連載第6回は、女性たちが気持ちよく働けるよう、親方がどのような工夫をしているのか紹介する。

※ この記事は、飛田新地のスカウトマン・杉坂圭介氏の著作『飛田で生きる 遊郭経営10年、現在、スカウトマンの告白』(徳間文庫、2014年)より一部抜粋・構成しています。

深夜の飲み会はリスクが高い

飛田の料亭は、組合が午後11時55分に鳴らすチャイムを合図に片づけを始め、12時ピッタリに営業を終えます。大阪市の条例で、日をまたいではいけないことになっているのです。

営業時間は、12月24日から1月4日までに限り深夜1時まで認められますが、あとは深夜12時まで。55分のチャイムが鳴ったら、5分以内に閉めなさいよという意味で、ほとんどの店がその時点で閉めます。

こうした組合主導のルールが行き届いているのがほかの風俗街と飛田の違いといえるでしょう。

店を閉めたら、帳場に女の子とオバちゃんをひとりずつ呼んで、その日の稼ぎ分を現金で手渡します。

それから遠方に住む女の子を車で送っていくわけですが、店の調子が良いときなどは、終わった後に全員で飲みに行くこともあります。しかしこれも年に数回程度。一緒にお酒を飲んで仲良くなっておいたほうが、女の子たちも長続きするのではと思う人もいるかもしれませんが、深夜の飲み会はリスクが高いのです。

女の子は、親方のお金だと思うと飲む量が増えます。増えると翌日二日酔いで休まれる。そして夜に食べさせると太る。親方が率先して食べに連れて行くと、女の子は癖になってどんどん太っていきます。

店を始めたころ、親睦(しんぼく)をはかろうと飲みに行っていましたが、ことごとく太っていったのでやめました。

女性経営者(ママさん)の場合、男性よりも夜に女の子を連れ歩くことが多いようです。

女の子に対してはママさんのほうがずっと厳しい。ママさんは、もともと自分で女の子をやっていた人が多いので、「うちが若い頃にはな」「なんで生理やからて休むんや。うちはそんなんで休まんかった」と説教をしがちです。

私なら、「生理で休みたい」と言われたら「わかった、わかった」とすぐに許してしまいますが、ママさんは自分が休まずに働いた経験があるので簡単には許さない。

このように普段厳しいぶんスキンシップが必要なので飲みに連れて行くのだそうです。いわばアメとムチを使い分けているといえるでしょう。

「親方、私だけに優しくしてくれてるんやない?」

女の子を飲みに誘うときは、全員を誘わなければなりません。ひとりだけ誘うとあとあとそれが発覚したときに余計な嫉妬(しっと)心をあおることになるからです。

しかし声を掛けると全員来てしまう。とくに話したい子がいる場合は、車で送る順番を最後に持ってくる。そして自然を装い誘うのです。

「おなかがすいたなあ。なんか食わんか?」

ひいきではなく不可抗力である、という雰囲気を演出しなければ飲みに連れて行った子が勘違いしてしまう可能性もある。親方、私だけに優しくしてくれてるんやない?

するとその子は必ず周りの子に、「昨日親方に焼肉おごってもらったで」としゃべります。こうなったら嫉妬が嫉妬を呼び女の子同士の仲がどんどん悪くなってしまう。こうした事態を避けるためにも慎重にことを進めていかなければならないのです。

女の子に“移籍”を提案する

その日、昼へのシフト変更を勧めた女の子を最後の順番にし、飲み屋に誘いました。

「昼働く件、どうや?」

「やっぱり、昼働くのは怖いです。知ってる人に気づかれそうで」

本人がそう思っている以上、「そんなことない」などと強引に勧めることはしません。それより最善の方法を考える。

このままうちに座っていても今の様子から考えると、お客さんはつきそうもありません。するとやがて辞めます。辞めさすのはもったいない。

幸い、今店は女の子が足りている。こういうときは、知り合いの店に、「こんな子がいるんですがどうですか」と紹介することがあります。貸しを作るわけではありませんが、人手不足だったらどこのお店も女の子を欲していますし、本人にとっても、場所を変えることで気分が変わりプラスに働くこともあるのです。

「自分は通(つう)に受けるタイプや。メインのど真ん中でやるより、あの通りの端っこの店のほうが通なお客さんが多いから、そっちのほうが稼げるで」

「そうでしょうか」

「あそこのマスター、ええ人や。大事にするよう言うとくから、1か月だけ働いてみい。もし変ないじめとかあったら、すぐ戻ってきてええから」

「本当に稼げるようになりますか」

「なるなる、1か月だけ行ってこい」

言ってみれば、期限付きのレンタル移籍です。サッカーでも、ビッグクラブでくすぶっている選手が小さなクラブに移籍した瞬間輝きだし、元のチームに返ってきたときには一回り大きくなっていた、ということがよくあるようですが、飛田の女の子にも同じことが起こるのです。

実際その子は、通りを変えたことで稼げるようになりました。稼げるようになると気分も明るくなり見た目もいきいきし始めます。地味だった子が、店に戻ってきたときには最高の笑顔をお客さんに振りまけるようになっていました。

こんな世界でも、必要とされることによって輝く女の子もいるのです。

  • この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
書籍画像

遊郭経営10年、現在、スカウトマンの告白 飛田で生きる

杉坂圭介
徳間書店

現在、160軒がひしめく大阪・飛田新地。そこで2軒を経営する人物が初めて当事者として内情を語る。ワケあり美女たちの素顔、涙なしに語れぬ常連客の悲哀、アットホームな小部屋の中、タレントばりの美貌の日本人美女たちはどこから来たのか、呼び込みの年配女性の素性、経営者の企業努力、街の自治会の厳格ルール、15分1万1000円のカラクリ、元遊郭の賃料と空き状況、新参経営者の参画等、人間ドラマから数字的なディテールまでを網羅する。

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