
演歌歌手さくらまや「民法大好き」 リケジョが“文転”、法学部を選んだワケ

11歳の時に日本レコード大賞新人賞を史上最年少で受賞し、その後も活躍を続ける演歌歌手のさくらまやさん(26)は「民法」が大好きだという。
芸能活動を続けるかたわら日本大学法学部政治経済学科で学び、現在は同大学院総合社会情報研究科人間科学専攻教育学コース(博士課程前期)に在籍。
さくらさんが法学部を選んだ理由、その学びが本業にどう活かされ今後どのように活かしていくのかを聞いた。(松田隆)
一般入試で日大法学部に合格
さくらさんは「史上最年少の演歌歌手」の触れ込みで2008年、10歳でデビュー。
2009年に「大漁まつり」でレコード大賞新人賞を受賞し、同年の「紅白歌合戦」の企画である「こども紅白歌合戦」に紅組歌手として出演した。
その後、バラエティ番組やドラマなどにも出演。現在は茨城県取手市に住み、同市のPR大使を務めるなど、年々活動の幅を広げている。
私生活では2017年4月に一般入試で日本大学法学部政治経済学科に入学し、仕事との両立を果たしながら2021年3月に卒業した。
「民法」と「計量経済学」を熱心に学ぶ
入学前には「加害者と被害者がいて、裁判所が有罪・無罪の判決を下す刑事裁判こそが、裁判や法律のメインである」という漠然としたイメージを抱いていた。
しかし、民法の授業を受けて、自らが有していた常識がくつがえされたという。
「法律を学んでみると分かりますが、被害者どうしの争いも少なくありません。
『法律って、こういうこともあるんだ、善悪だけで世の中回ってないよね』ということを知りました。
悪いことをしていないのにどちらかが損をしないといけない、いわゆる『利益衡量(こうりょう)』です。
それを知ってからどんどん法律にのめり込んでいき、現実世界でも(物事を)天秤にかけて考えるようになりました」(さくらさん)
計量経済学にも惹かれた。
「統計的分析によって経済現象を解析していくもので、その基礎の授業です。パソコンで、あるいは微分積分を使って統計を出すのですが、民法と同じで、指導していただいた先生のおかげで大学で楽しめたと思います」(さくらさん)
どちらの授業にも興味を持つあまり、その後は「その二人の先生の授業を片っ端から取っていました」という。
他の授業でも分からない部分は授業後に質問し、ときには教授の研究室に出向いて聞いていた。
想像していただきたい。授業終了後、研究室に戻ると熱心な学生が鳴らすチャイムの音が響く。扉を開けると、そこには前の晩にテレビで歌っていた歌手が立っていて、法律や経済について質問してくる――そんな場面を。
さくらさんの学びは、ありがちな「芸能人の箔(はく)付けとしての学位取得」とは無縁、法学やその周辺領域に真摯な関心を寄せて知識を貪欲に吸収しようとする姿勢であったのではないだろうか。
卒論テーマはSDGsの「ジェンダー平等」

3年次からは「行政法の諸問題に関する研究」をテーマとする西原雄二教授のゼミに所属。
あらかじめテーマを決めて、あるいは学生がまとめたレポートについて議論をするなど、双方向性が担保された学びで理解を深めた。
SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)のなかでも女性問題についての研究を卒業論文とした。
SDGsとは、2015年の国連総会で採択され、2030年までに達成すべき17の目標と169の達成基準を示した開発目標群である。ジェンダー平等は17の目標のうち5番目のGender Equalityで示されている。
「たとえば、日本では国会議員に女性の数は多くありません。それは何でだろう、法律によって改善できる余地はないのか、と考えました。
日本では女性の平均所得は男性より低いと思いますが、選挙の供託金は数百万円と高額です(重複立候補のない衆院比例代表で600万円)。供託金を用意できない女性も出てくるはずです。
こうした状況で機会均等をどう実現するか、クオータ制(特定の属性の人々に一定の割合・数で枠を設定するシステム)など様々なものを考慮に入れつつ、法律の面から考察したものです」(さくらさん)
在学中(2年次)の2018年5月には候補者男女均等法(政治分野における男女共同参画の推進に関する法律)が公布・施行される。同法2条では、国政選挙等において「男女の候補者の数ができる限り均等となること」を目指すと定められた。
もっとも、これは努力目標にすぎない。実際に直近の衆議院議員総選挙(2024年)では全候補者1344人中、女性候補者は314人と23・36%にとどまった(総務省・令和6年10月27日執行衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査結果調から)。
さくらさんが在学中に提起した疑問は、同法の成立後にも実現が遅々として進まない問題として表面化している。
芸能活動と学業を両立
小学生の時に芸能界入りしたさくらさんだが、その目は華やかな世界にだけ向いていたわけではない。
高校は芸能人が多いことで知られる都内の私学ではなく都立高校に進学し、学業にも真剣に取り組んできた。もともと勉強が好きで大学進学は幼い頃から考えており、その目標がブレることはなかった。
もっとも、芸能活動と学業の両立は簡単ではない。仕事は基本的に週末に入れていたが、地方での仕事もあるため金曜日に早退せざるを得ないこともあった関係などから、出席日数が足りなくなった。
そこで在学中に高校卒業程度認定試験(旧・大学入学資格検定)を受験し、大学進学の道を確保する。受験シーズンに入った高校3年秋には仕事の合間、移動時間などを利用し「1日5〜6時間、寝る間も惜しんで」勉強を続けた。
センター試験も受けたが、実際に受験したのは日本大学の法学部のみ。
当時、さくらさんは浅草(台東区)に住んでいた。
「仕事上の急な呼び出しに応じられる」「移動時間を取られることで勉強時間が削られてしまうのを防ぐ」などの理由から、高校と同じように、自宅から最も近い場所(水道橋)にある大学を選んだ。
「文転」のきっかけはマネージャー運転中の交通事故

さくらさんが受験した科目は英語・国語・数学。
法学部受験で数学を選んだのは高校時代に「数学が大好きで、数Ⅲまでやりたいと思って理系クラスに入った」ことが関係している。
「理系なら文系の数学なんて楽勝だったでしょう?」と水を向けると「そんなことは言えないですよ」と笑顔でノーコメントとしたが、「高校卒業認定も数学で受けたのですが、『数学だけは難なく』ではあったように思います」と語れる範囲で“リケジョ”の実力の一端を示した。
そんな理系女子が法学部に目標を変更したのは、仕事の移動中、高速道路でマネージャーが運転する自動車が事故に遭遇したことがきっかけであった。事後処理などのために弁護士の世話になるなかで、ある思いが芽生えたという。
「『私は法律のことを何も知らないな』という気持ちになりました。自分の知らないルールが世の中にあり、その状況で生きているのは結構怖いことだと思いました」(さくらさん)
そこで法律への興味を抱くようになり、法学部へと進路変更する。事故から1か月ほど後の進路指導の場で相談すると、「先生も急な“文転”(理系の受験生が文系に転進すること)で驚いていらっしゃいました」とのこと。しかし、決意は変わることはなかった。
事故に遭わなければ、興味のあったDNAや遺伝子の研究をする道に進んでいた可能性がある。
その場合には、当時の自宅から比較的近い飯田橋にある東京理科大学理工学部・応用生物科学科(現・創域理工学部・生命生物科学科)あたりが現実的な目標になったのかもしれない。
「これもめぐり合わせ」(さくらさん)。運命のようなものに導かれて、法学部の門をくぐることになった。飯田橋から水道橋へ、一駅しか違いはなくても、学ぶ内容は大きく変わることになった。
法的知識を活用し自ら契約書を作成
法学部の2つの学科に合格し、「悩んだ末」に政治経済学科を選択して、2017年4月に入学。同学科を選んだのは、仕事に活かせることなどを考えた末の決断だった。
4年間の学びを通じて得た知識と経験は、現在も活用されている。
自身をマネジメントする会社「さくらまやプロダクション」を設立した際には書類を自ら作成し、弁護士の確認を経たうえで完成させた。
また、仕事をする際に契約書が送られてくるが、今では全て目を通してその内容を把握している。分からない部分があった場合にも、自分で調べて理解するように努める。
もちろん、役に立ったのはそれだけではない。
「法律を学んだことで一番良かったことは、法律を詳しく知ることによって、それを遵守して生きていかなければならないと思うようになったことです。
法律を知らない人のなかには『これぐらいはみんなやってるから、ルールを破ってもいいな』と考えてしまう人もいると思います。でも、法律を学ぶと、その法律ができた背景も分かりますから、守らないといけない理由も分かります。
そして、お世話になった先生方から『さくらまやは法学部を出たのに、こんなことをしている』と言われるわけにはいきません。そうした心構えができたのも良かったと思います」(さくらさん)
歌手業にも法学部の学びが影響
今では中高生への講演の仕事も増えている。
卒論で扱ったSDGsにとどまらず、自己実現について語ることも多い。その際には、自身が実際に大学で好きな勉強を続けてきたからこそ、「勉強を頑張りましょう」と自信をもって言えることが大きいという。
大学での学びは、本業の歌手にも良い影響をもたらした。
法律や法学は「言葉」を大事にする。条文の助詞の使い方一つで、解釈が変わる可能性もある。最高裁判例の一字一句を精査し、その意味はもちろん、射程を確定する作業は必須。そうした作業をするうちに歌に対するスタンスも自ずと変化が生じた。
「もともと歌詞を大事にしていましたが、法律を学んだことで、より深く意識するようになりました。
子供の頃は『歌詞を読み解くことは大事だよ』と言われても、表面的なものしか見ずに、そこまで深く考えてなかったかもしれません。法律を学んだことで、『これは本当の背景とか意味は違うかもな』『こう言っているけど、本当はこう思ってないかもな』というのに気づくことがあります。
たとえば『愛している』という歌詞があったとして、そこには色々な背景や人々の思いがあります。それを自分なりに読み解こうとすること、読み解く力、そういったものを法律で学んだ、養えたかなと思います」(さくらさん)
「永遠に学び続けたいと思っています」
さくらさんの学びの道はまだまだ続く。
2024年4月には日本大学大学院総合社会情報研究科人間科学専攻教育学コースに入学し、現在2年目に入った。2026年3月に卒業した後は、間隔は開くかもしれないが、ドクター(博士後期課程)に進むことを考えているという。
そこには探究心や、自身の成長に対する渇望が根底にあるのかもしれない。
「子供の頃から勉強が好きだった」という思いは26歳になった今、維持しているどころか、ますます強くなっているように見える。将来の展望を聞くと、こんな答えが返ってきた。
「永遠に学び続けたいと思っています。ドクターが終わっても、まだ、学び続けたいです。新しい知識を入れて自分が成長したいと願っています。そうしたことで、後に続く人たちに教えていけるような人生だったらいいと思います」(さくらさん)
■ 松田隆
1961年埼玉県生まれ。青山学院大学大学院法務研究科卒業。日刊スポーツ新聞社に約30年在職し、退職後にフリーランスとして活動を始める。2017年に自サイト「令和電子瓦版」を開設した。現在は生殖補助医療を中心とした生命倫理と法の周辺、メディアのあり方、冤罪と思われる事件の解明などに力を入れて取材、出稿を続けている。
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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