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生活保護基準“引き下げ”の「違法性」問う裁判、まもなく最高裁弁論 「26勝15敗」原告に追い風も…“バッシング”懸念、弁護士ら共同声明

生活保護基準“引き下げ”の「違法性」問う裁判、まもなく最高裁弁論 「26勝15敗」原告に追い風も…“バッシング”懸念、弁護士ら共同声明
最高裁での弁論に向けての争点などを語る弁護士ら(5月16日 都内/榎園哲哉)

生活保護基準引き下げの違法性を問い、全国で31の訴訟が行われている「いのちのとりで裁判」。

5月27日に最高裁で行われる弁論を前に、原告代理人の5人の弁護士が16日、都内で会見を開き、一連の裁判のポイントを語るとともに、仮に最高裁で勝訴した場合に今後予想される“ある懸念”も伝えた。(ライター・榎園哲哉)

原告26勝15敗…裁判は「上告審」へ

働きたくても働けない、働いても十分な収入を得られない。そうした人たちのまさに“いのちのとりで”とも言える生活保護。

しかし国は、2013年8月から2015年4月にかけ3度にわたって、生活保護のうち食費など生活に直結する「生活扶助費」の基準額を平均6.5%、最大で10%引き下げた。

これに対し、全国のおよそ1000人の生活保護受給者と彼らを支援する弁護士らが「引き下げは国民の『生存権』を定めた憲法25条に違反している」として集団訴訟を提訴。

2020年6月の名古屋地裁を皮切りに、これまでに41判決(地裁30、高裁11)が言い渡され、原告側が26勝15敗(地裁19勝11敗、高裁7勝4敗)と大きく勝ち越している(5月16日現在)。

27日には、このうち大阪訴訟と愛知訴訟についての上告審弁論が行われる。

「物価偽装」により生活扶助基準が引き下げられる

会見では、愛知訴訟を担当する森弘典弁護士がこれまでの経緯を振り返った。

まず森弁護士は、生活保護に対する国民の偏見・バッシングを背景に、自民党が2012年12月の衆議院議員総選挙の際、公約として「生活保護給付水準の10%引き下げ」を掲げ、それが引き下げに大きく影響したことを改めて伝えた。

その上で、原告敗訴となった2020年6月の名古屋地裁での一審判決について、「生活保護基準を定めるにあたり、厚生労働大臣が(生活保護バッシングをする)一部の国民の感情を考慮に入れることもできるような内容が含まれていて、『最低最悪』と言われた判決だ」(森弁護士)と説明。

一方、2023年11月の名古屋高裁での控訴審判決では、生活扶助基準引き下げの実務を担った元厚労省課長補佐への証人尋問もなされ、地裁とは全く反対の判断が下された。

証人尋問などの過程で、改めて明らかとなったのは、国の「引き下げありき」の姿勢だった。

国が基準引き下げの根拠としたのが、2008~11年の物価の下落と、生活保護を受給していない低所得者世帯の消費水準だった。このうち物価の下落による調整を「デフレ調整」、低所得者世帯の消費水準に合わせる調整を「ゆがみ調整」と呼ぶ。

しかし、「デフレ調整」で物価の算出の起点となった2008年は原油高で一時的に物価が高騰。翌年以降は物価が下がる率が高くなる年を恣意(しい)的に起点にしたのではないかとして、森弁護士らは「物価偽装」と訴えた。一方の「ゆがみ調整」でも、目安となる低所得者世帯の消費水準指数が実際の半分にされていた(2分の1処理)。

名古屋高裁はこうした措置を違法とし、原告完全勝利となる「引き下げの取り消しだけではなく、原告への国家賠償まで認めた最高最良の判決」(森弁護士)を言い渡した。

物価下落に伴う可処分所得4.78%増「盛っている」

大阪訴訟の高裁判決(原告逆転敗訴)と愛知訴訟の高裁判決(原告逆転勝訴)に対しては、それぞれ、最高裁に上告受理申立て(※1)が行われた。

今後最高裁では、生活保護法の解釈と最高裁判例違反が争われる。

※1:高裁判決に判例違反等、法令解釈に関する重要な問題がある場合に、最高裁に対して審判を求める申し立て(民事訴訟法318条参照)

上告審で争点となる事由のうち、原告側が「物価偽装」と批判している「デフレ調整」について、富山弁護団の西山貞義弁護士が論点を語った。

厚労省は2008~11年の物価下落に伴い、独自に算定した生活扶助相当CPI(消費者物価指数)が4.78%下落したことで、その分、生活保護世帯の可処分所得(自由に使える所得)が相対的に増加したとして、生活扶助基準の4.78%減額を決めた。

しかし、これについて西山弁護士は、「本来の厚労省の社会保障生計調査に基づけば、(2008~11年の)可処分所得の増加は、実際には1%台半ばから多くても2%程度にとどまる。それにもかかわらず、厚労省はCPI下落を根拠に、可処分所得は4.78%増加と見積もった。その差である約3%は“盛っている”と言える」と指摘。さらに、この主張に対し「国からの反論は一度もない」とも付言した。

また、「4.78%」という数値が算定された要因の一つには、2010年当時、地デジ化が進んだことに伴いテレビ・パソコンの購入が増え、両品目の価格が下がり、物価の下落率に大きな影響を与えたことがある。

西山弁護士は、「テレビやパソコンはほとんど買っていない生活保護世帯の消費実態とはかけ離れたウエイト(購入割合)で算出されていた」と言葉を強めた。

懸念される「バッシング」へ共同声明も発表

原告が勝ち越している一連の裁判。最高裁の判決を期待する人も多いが、「いのちのとりで裁判全国アクション」事務局長も務める小久保哲郎弁護士は、「(最高裁で)仮に勝訴となり、原告の被害の回復が進むとバッシングが起こることも危惧される」と、“懸念”も示した。

2012年には、人気芸人の母親が芸人である息子から扶養を受けられるのに生活保護を受給しているとの報道からバッシングが始まり(生活保護受給に問題はなく適法だった)、それが先述した自民党の「10%引き下げ」の公約にもつながった。

最近では今年4月、大手出版社が運営するウェブマガジンで生活保護利用者への偏見・差別を煽る記事が発信された。同アクションは会見日同日付で、「生活保護バッシング注意報」と題した声明を発表。

同アクション共同代表の稲葉剛氏は、「生活保護制度をめぐる議論が、誤った情報や真偽が不確かな情報によって左右されたり、差別を煽る印象操作によって誘導されたりすることはあってはならない」と、その趣旨を語った。

生活保護の被保護実人員数はおよそ200万人に上る。同アクション事務局担当によると、受給者の半数は高齢者で、精神・知的障害者や母子家庭の母・子どもらが続く。そうした人たちにとって、生活保護が生活を支える大きな“収入”であることは論をまたない。

最高裁判決は早ければ6月にも言い渡され、統一的な判断がなされる見通しだ。

■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。

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