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過労によりうつ病発症…児童相談所の元職員が訴える労働環境の劣悪さ 「子どもの話を長く聞かないように」と指導され“葛藤”も

過労によりうつ病発症…児童相談所の元職員が訴える労働環境の劣悪さ 「子どもの話を長く聞かないように」と指導され“葛藤”も
飯島さんは地裁判決をうけ「ほっとした気持ち」になったと振り返る(佐藤隼秀)
働き方

厚生労働省によると、2023年に全国の児童相談所が対応した児童虐待の相談件数は、22万5509件と過去最多を更新した。虐待が放置されづらくなった好ましい側面がある一方で、対応に追われる児童福祉の現場に皺(しわ)寄せが来ているのもまた事実だ。

2021年11月まで、市川児童相談所(千葉県)の一時保護所で勤務していた飯島章太さんは、過労によりうつ病を発症し、退職に追い込まれた。

その後2022年7月に、うつ病による慰謝料や未払いの残業代など、総額約1200万円の支払いを求めて、元職場の管轄である千葉県を提訴。

表向きには損害賠償を請求する裁判であるが、同時に飯島さんには「児童相談所の労働環境を改善したい」という目的があった。

2021年の千葉県議会の資料によれば、同年の市川児童相談所で勤務する職員のうち、児童指導員の16.7%が精神疾患を発症。飯島さんを含む採用3年目以内の職員に至っては2人に1人が休職していた。

慢性的な人員不足を解消し、現場の風通しをよくするためにも、飯島さんは「自ら声を上げる必要に駆られた」と話す。(佐藤隼秀)

内部指導で「子どもの話を長く聞かないように」

飯島さんが働いていた当時、市川児童相談所の一時保護所には、定員の1.5~2倍以上の児童が入居していたという。

入居児童が増えるほど、子どもの脱走やいじめなど、施設内でトラブルが発生する危険性は高まる。施設側は子どもたちが安全に暮らせるよう、ルールを細かく設けるようになり、そのぶん職員はルールの徹底などのためさらなる負担を強いられる。

同時に、飯島さんが頭を悩ませたのは、ルールが厳格すぎることによる、入居児童への罪悪感だった。

「私が働いていた当時は、『起床時間の7時より前に起きても子どもを部屋から出してはいけない』『入浴は15~20分の短い時間で済ませるよう促す』などのルールが設けられていました。

これらの規則は、業務を円滑に回すために設けられている一方で、入居児童を必要以上に管理していると思わせる節もありました。

本来、一時保護所は、虐待やネグレクトを受けた子どもに対して、手厚くケアを与えてあげる施設なはずです。それにもかかわらず、厳格なルールのせいで、かえって子どもを窮屈にさせているのではないかと葛藤がありました。

上司が決めたルールに異議申し立てをすれば、それでは日々の業務が回らないと叱られ、『子どもの話を長く聞かないように』と内部指導を受けたこともありました。

当初は私自身も、手厚く子どもに関わりたいという気持ちを抱いて勤務していましたが、次第に業務をこなすだけの日々に追われ、子どもたちに割ける時間が減っていく。自分が何のために仕事をしているのか無力感に苛(さいな)まれる機会も多くなりました」

加えて、飯島さんが問題視したのは、人手不足による十分な研修が敷かれていない現状だった。当該の一時保護所では、人員不足を理由に、入居児童が入所した経緯や、子どもたちが受けた虐待の内容や程度など詳細に共有されなかった。

「ある時、男性職員が女児に声がけをしたら、体が硬直して動かなくなったことがありました。後から聞くと、その女児は父親から性的虐待を受けており、男性職員の声がけでトラウマがフラッシュバックしてしまったそうです。

これはあくまでも一例ですが、心身に傷を抱えた児童らと向き合う職場では、細心の配慮が必要です。何がトリガーとなって、子どもが過去のトラウマを追体験するのか把握していなければ、自分が無意識のうちに加害者になることもあり得ます。

家庭環境や過去の事情を知らない状態で子どもと接するのは、非常に怖くて、私にとっても大きなストレスでした」

労働環境めぐり訴訟を提起

児童相談所の職員が入居児童に暴行やわいせつな行為をしようとしたり、対応の見落としによる虐待事件が起きたりするなど、ネガティブな報道に接することもある。しかし実態を聞けば、職員の心身の負担も大きく、それが事件の萌芽になっている可能性もあると痛感する。

こうした児童相談所での労働環境の諸問題にメスを入れるため、飯島さんは2022年7月、2つの争点を掲げて提訴に踏み切った。

1つ目は、前述したように、残業や休憩時間の賃金未払いだ。とりわけ夜間勤務中は、仮眠時間であっても1時間に1回の見回りや、緊急の一時保護の要請など求められ、労働から解放されているとは到底言えない状況だった。

もう1つは、安全配慮義務違反の問題。安全配慮義務とは雇用者が「業務の遂行に伴う心労や心理的負荷をかけずに労働者の心身を損なわないよう配慮すること」だ。

入居児童に対して職員が足りていない状況や、十分に研修を提供していなかったことで、過度に神経を消耗する職場であるかどうかが問われた。

一審で勝訴判決を得るも、千葉県は即日控訴

今年3月末、千葉地裁は千葉県に約50万円の支払いを命じた。飯島さんが請求した額(総額約1200万円)に比べ少額であるものの、割増賃金約17万円、慰謝料等33万円の支払いが認められ、飯島さんの主張が通る形となった。

「判決を聞いた時は、ほっとした気持ちでした。研修や休憩時間も十分でない職場で働くことが、精神的に苦痛であることが認められた。

また、残業や休憩時間分の未払い分の賃金が支払われたという裁判例ができたことも大きいです。これを機に、児童相談所で働く職員の待遇が良くなってほしいと思います」

一方で、即日控訴した被告の千葉県側の姿勢については「残念だった」と語る。

「千葉県議会でも、児童相談所の職員不足が議論に挙げられている中、時間を置かずに控訴した姿勢は、現状の労働体制を変える気がないことを体現しているようにも映りました」(飯島さん)

「今でも元上司は課題意識を抱えながら…」

飯島さんは裁判で、印象に残った場面があったという。

「被告側の証人尋問で、かつての職場の上司が、『当時から人が足りていない状況は変わらない』と話していたことです。ひょっとすると、いまでも元上司は、課題意識を抱えながら働いているのかもしれないと考えると、複雑な気持ちになりました」

児童福祉の現場における労働環境の問題は根深く、ブラックボックス化している部分もある。飯島さんは「法廷で争ってはいるが、特定の誰かが悪いわけではない。環境が変わるきっかけになってほしい」と願いを込めた。

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