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ビッグモーター新卒入社後2か月で自死も「労災不支給」国に見直し求め遺族らが意見陳述 東京地裁

ビッグモーター新卒入社後2か月で自死も「労災不支給」国に見直し求め遺族らが意見陳述 東京地裁
報告集会の会場にはAさんの遺影が立て掛けられていた(4月16日 都内/榎園哲哉)
事件・裁判

入社からわずか2か月後に自死した中古車販売・買い取り会社「ビッグモーター」(現「WECARS(ウィーカーズ)」)の新卒社員Aさん(享年22歳)。

Aさんの遺族は、自死の原因は会社幹部の対応に問題があったからだとして、労働基準監督署へ労働災害を申請していたが、不支給決定がなされた。これに対し、遺族らは今年2月28日、同決定の取消しを求めて訴訟を提訴(行政事件訴訟法3条2項)。

第1回口頭弁論が4月16日、東京地方裁判所で行われた。(榎園哲哉)

入社までに間に合わなかった免許取得

原告側の意見陳述では、Aさんの父親が、育て上げた息子を理不尽に失った無念さを語った。怒りを抑えた、振り絞るような声が法廷内に響いた。

2020年4月、四年制大学を卒業し「株式会社ビッグモーター(当時、以下「ビッグモーター」)」に入社したAさん。しかしそのわずか1か月後、Aさんの未来は途絶えた。

入社にあたり、普通自動車免許の取得が求められていたが、Aさんは取得できていなかった。大学4年時に教習所に通い取得を目指したが、新型コロナウイルス・パンデミックの影響もあり、取得が間に合わなかった。

入社し、配属された都内店舗の店長にはその旨を話し、店長からは「なるべく早く取得するように」と伝えられていた。

しかし同年5月8日、本部から営業本部長らが訪れて店舗の職場状況を細かくチェックする「環境整備点検」において、Aさんの免許未取得が知られ、「免許取得済みと虚偽申告をした」「会社を欺いた」などと決めつけられて即日、「退職処分」が下された。

精神不安定となりうつ病を患ったAさんはそれから3週間後、アパートの自室で自ら命を絶った。

アパートの部屋には、「解雇」ではなく「自己都合退職」であることが記された「退職届」がびりびりに破り捨てられていたという。

労災認定のかぎは「5月8日に何があったのか」

「一方的に虚偽申告とされ、息子は深い戸惑いや悔しさを抱えたと思います。まるで悪意ある人物のように扱われたことは極めて不当であり、若者の誠意と努力を踏みにじる対応は許されるべきではありません」

意見陳述でAさんの心情を代弁するように語った父親は、さらにこう続けた。

「息子の死は、人格否定を伴う退職強要を原因とするものです。労災認定をしなかった労基署の判断は間違っています。この裁判で真相を明らかにして、ぜひ間違った判断を覆してください」

なぜ、労災は認められなかったのか。

労災認定の“かぎ”となるのが、5月8日の「環境整備点検」において、営業本部長らがAさんにどのような言葉で退職を強要したかだ。

口頭弁論後、会場を移して行われた報告集会で原告弁護団の一人、指宿昭一弁護士は「遺書などがなく、何をどう言われたかがはっきりしない。裁判の過程でできるだけ明らかにしなければならない」と今後の課題を語った。

退職強要によるうつ発症後の自死も労災は認められず

職務に関連してAさんが精神疾患に至ったことは労基署もすでに認めている。

心理的負荷強度のレベルが「弱」「中」「強」の3段階のうち、「強」であれば業務上の災害として認められるが、Aさんの場合は「中」と認定された。

指宿弁護士は、労基署の認識に“ギャップ”があるとする。

「労基署は免許を取って入社すればよかったので、Aさんにも責任があると言っている。しかし、(免許の取得・未取得は)労災認定には全く関係がない。人格否定を伴うような退職勧奨が行われ、その結果、自死したという事実があれば労災として認定するべきだ」

労災の不支給決定後、遺族は審査請求、再審査請求も行ったが、いずれも認められず、行政訴訟を提起するに至ったという。

「接客業のプロになり、お客様を幸せにしたい」

遺族を支援する若者の労働・貧困問題に取り組むNPO法人「POSSE」の佐藤学さんは報告集会で、ビッグモーターについて「典型的なブラック企業だったと言える」と指摘した。

ビッグモーターには、求人詐欺(年収をごまかして募集)や、違法な長時間労働(最長月116時間超)など異常な労務管理があったと説明。

さらに、毎月行われる店舗の「環境整備点検」の日には、「お前マジでなめてんの?」「答えろボケ」などの暴言、「(会社に従わず)勝手に判断する人は一生環境整備(清掃等)をしてもらう」などの“脅し文句”が飛び交い、社員を畏縮させていたという。

第1回口頭弁論に際し、被告の国(厚労省・労基署)は、「原告の請求をいずれも棄却する」などと具体的な主張のない「三行答弁」と呼ばれる簡単な答弁書を提出した。

2回目の口頭弁論は6月27日に予定され、被告側から初めて実質的な反論がなされる予定だ。

Aさんの母親は、Aさんの身の回りの品を整理している時に、ビッグモーターへの就職活動時にAさんが書いた履歴書を見つけたという。そこには、志望動機としてこう記されていた。

「接客業のプロになり、お客様を幸せにしたいです」

■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。

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