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「ババア」「かわいくない」“米国人上司”女性部下への発言が内部通報、解雇も…「ハラスメントではない」裁判所が判断したワケ

「ババア」「かわいくない」“米国人上司”女性部下への発言が内部通報、解雇も…「ハラスメントではない」裁判所が判断したワケ
上司は「冗談」のつもりでも、部下たちの受け止め方は...?(metamorworks/PIXTA)

「Old bag(ババア)」「Not Cute(かわいくない)」

職場の部下に対するこんな発言がハラスメントだと内部通報され、社内調査の約1年後に解雇された米国人男性。

「冗談にすぎなかった」と会社を訴えると、裁判所も「言われた相手は不快に感じていない」としてハラスメントに当たらないと判断。

男性の訴えは認められたものの、管理職の能力には疑問符が付き、年棒も大幅ダウンする結末が待っていた。

※この記事は『まさか私がクビですか? なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』(日経BP)より一部抜粋・再構成しています。

「コミュニケーションを円滑にするための冗談」?

2019年1月、オフィス業務支援を手掛けるグローバル企業の日本法人に匿名の内部通報がよせられた。管理職の60歳近い米国人男性が複数の女性に容姿をからかう発言を繰り返しているという。

通報者は「長いあいだ知っているスタッフは笑い飛ばしていたが、自分も含めて多くのスタッフが不快に感じている」と強調した。

通報を受けた会社は1週間ほどかけて同じフロアで働く従業員17人に聞き取り調査し、男性に警告書を送った。

「悪意はなかったものの職場環境を悪化させる恐れのある不適切なコメントが確認された。ハラスメントとみなされる」

男性は人事担当者らとの面談やメールで「コミュニケーションを円滑にするための冗談。理解がある人にのみ言っている」と反論。警告書への署名を拒否した。

ヘッドハントされ売り上げは伸びていたが…

同社の日本法人代表は同年12月、男性を打ち合わせ室に呼び出した。男性が警告書の内容を認めないことに加え、パフォーマンスが低く、期待した収益を上げていないといった理由を列挙し、解雇を通知した。

男性は「ハラスメントの事実はない。収益の圧迫も人件費によるもので、売り上げは2年目には倍増した」として受け入れなかった。労働審判で合意に至らず、男性が従業員であることの地位確認を求める訴訟を起こし、裁判に発展した。

男性は解雇を通知される2年前、日本法人代表にヘッドハントされ、年俸2310万円の厚遇で中途入社していた。同社は当時、日本市場向けの広告キャンペーン事業がうまくいっていなかった。

代表の頭に浮かんだのが他社に在籍していたときに一緒に仕事をしたことがあり、同種の販促で成果を上げていたこの男性。

オファーを快諾した男性は、広告部門を束ねるエグゼクティブ・ディレクター(部門長)として勤務を始めた。

入社して間もなく、男性は「組織の体制が整っていない」と考え、かつて一緒に働いたことのある元同僚たちを多く招き入れた。当初5人ほどだった部署に男性から誘われて加わったメンバーは十数人。規模の拡大に伴い、売り上げも伸びていった。

部下たちの反応は分かれた

事件の構図(『まさか私がクビですか?』より転載)

社内調査で問題視された発言も、付き合いの長いメンバーの多くは冗談だと理解していた。男性側によると、言われた部下側も男性に対し「Stupid American(アホなアメリカ人)」「Fat guy(太ったおじさん)」などと言い返していたという。

実際に、会社側による従業員への聞き取り調査でも「言われている人との関係性においての発言なので、仲良しなのだという印象」「その場を明るくするための発言」との反応が相次いだ。

一方で「自分に向けられたものではないが気持ちいいものではない」と不快感や疎外感を示す従業員も一定数いた。「気心が知れた人への発言だとしても集中力、気力がそがれ就業環境が悪化している」との声もあった。

増えるハラスメント

ハラスメントを見聞きした人の割合は増え続けている(『まさか私がクビですか?』より転載)

ハラスメントの線引きは困難さを伴う。厚生労働省が企業に対し、対策などに取り組む上での課題を聞いたところ、「ハラスメントかどうかの判断が難しい」が最多の59・6%だった。

特に今回のように直接自分が被害を受けたわけではない「環境型ハラスメント」の場合、該当するかどうかの判断はより難しくなる。

一方で、ハラスメントに接したと感じる人は増えている。リクルートワークス研究所によると、雇用者のうち「ハラスメントを見聞きした」の項目に「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」と回答した人の割合は、15年の16・5%から23年に20・1%と伸びた。

新型コロナウイルス禍によるテレワークで一時減ったものの再び増加傾向にある理由として、同研究所は「ハラスメントの概念が広まり、関心が高まっている」と分析する。

2310万円だった年俸は1650万円に

東京地裁は判決で「発言に相手を侮蔑(ぶべつ)し差別する意味があることは明らか。警告に従わなかった対応も管理職として不適切」としつつ「不快に感じていなかった従業員が少なからずいた」として、相手を侮辱する「意図」はなかったと結論づけた。

売り上げに関する会社側の主張も理由にならず、解雇は無効とした。会社側は控訴したが、男性の退職を双方が確認して会社が解決金を支払うことで和解が成立した。

管理職の重要な仕事は部下たちが働きやすい環境の整備だ。自身の言動がハラスメントに当たるかどうか以前に、仲間内だけで通じる冗談が飛び交う職場は他のメンバーにとって居心地が良かっただろうか。

男性はその後、別の会社に移り、年俸は660万円減の1650万円となった。

  • この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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まさか私がクビですか? ── なぜか裁判沙汰になった人たちの告白

日本経済新聞「揺れた天秤」取材班
日経BP

日本経済新聞電子版にて2023年7月より連載開始。複雑な世相を映し出す刑事や民事の裁判、法廷から見た現在の社会や当事者たちの姿を描く。