静岡県警部補“残業月117時間”自死「県の賠償責任」認定 最高裁が“判例無視”の高裁判決へ「NO」突きつける

弁護士JP編集部

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静岡県警部補“残業月117時間”自死「県の賠償責任」認定 最高裁が“判例無視”の高裁判決へ「NO」突きつける
判決後、会見するXさんの妻子(A訴訟原告)の代理人・波多野進弁護士(7日 東京都千代田区/弁護士JPニュース編集部)

2012年に自死した静岡県警の警部補Xさん(当時31歳)の遺族らが、自死の原因は過重労働にあったとして静岡県を相手取り「安全配慮義務違反」を理由に損害賠償を求めていた2件の訴訟の上告審で、7日、最高裁(第二小法廷・三浦守裁判長)は裁判官の全員一致により、県の損害賠償責任を認める判決を言い渡した。

本件ではXさんの妻子と両親がそれぞれ静岡県を訴え、訴訟手続きは別々に進行した。控訴審の広島高裁でも別々の法廷に係属し、妻子の請求(以下、A訴訟)については認容されたが、両親の請求(以下、B訴訟)は棄却され、同じ広島高裁で判断が分かれていた。上告審では妻子の請求について高裁判決の結論を維持して勝訴させ、両親の請求については高裁判決を取り消し、賠償額を定めるため原審に差し戻した。

判決後に記者会見を行ったA訴訟の原告(妻子)代理人の波多野進弁護士は、「(B訴訟で両親を敗訴させた高裁判決のように)判例を踏まえない下級審の判決が今なお出されている。最高裁がクギを刺した形だ」と指摘した。

亡くなるまで「過労」に気付かなかった上司にも“過失”あり

Xさんは静岡県警の交番で勤務していたが、重大事件の捜査に加え、当直勤務や新人指導オランダでの海外研修の準備等が重なり、2011年12月頃にストレス診断を受けた結果、総合評価が最低の「E(かなり悪い)」と出た。Xさんはその旨を地域課長に伝えたが、負担軽減等の何らかの対応がされることはなかった。その後、Xさんは「うつ状態」に陥り、2012年3月10日に自死した。「公務災害」(民間企業における「労災」に相当)に認定された。

Xさんが自死した当日までの6か月間における時間外勤務時間数は、25時間⇒96時間30分⇒98時間30分⇒69時間30分⇒56時間8分⇒117時間45分だった。最後の1か月間では当直明けの「非番」のときにも勤務を行うなど、14日連続勤務を2回行っていた。

本件の2つの訴訟で争点となり、広島高裁の2つの法廷で判断が分かれたのは、以下の2点である。

  • 因果関係:Xさんの過重な業務から自死の結果が生じることが社会通念上相当といえるか
  • 過失(予見可能性):Xさんの上司らが、Xさんが業務により心身の健康を損ない自死することを予見しえたか

最高裁は判決のなかで、2000年の「電通事件最高裁判決」(最高裁平成12年(2000年)3月24日判決)が示した以下の基準によって判断することを宣明した。

「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである」

その上で、まず①因果関係については、過重な業務が精神疾患の発症とこれによる自死の結果をもたらした「高度の蓋然性」があるとした。

また、②上司らの「過失」についても、Xさんの業務の具体的状況を把握し得たこと、その負担を軽減する措置を講じなければXさんが心身の健康を損ない、精神疾患を発症して自死に至る可能性があると認識し得たことを指摘した。

最高裁の判示(電通事件判決の基準)について注目すべきは、使用者側が労働者の「自死」という結果自体を直接予見していなくても、「過重労働」の事実について認識・予見可能性があれば、「自死」の結果についても過失が認められるということである。

最高裁判決が出るまで13年を要した(ワンセブン/PIXTA)

「労働時間の過少申告」が横行も…“過重な業務”をどうやって立証したか

波多野弁護士は、本件でXさんの労働時間が適切に管理されていなかったこと、特に過少申告を事実上指導されていたことを指摘する。

波多野弁護士:「公務員の給与には予算がある。その枠内に収めるために、過少申告させることが横行していた。

Xさんはそもそも労働時間を過少申告させられていた上、鉛筆で書かされ、赤で『書き直せ』と差し戻されたりもしている。

労働時間の過少申告を強いられ、管理がきっちりされていないなかで『117時間』などの時間外労働を立証するのは困難だった。それでも、Xさんが交番の隣の寮に住んでいて、家族にショートメールで『今帰る』『まだ交番』などと送っていたこと等から、なんとか割り出すことができたものだ。実際にはこれよりもさらに長い可能性がある」

また、業務の過重性を判断するための業務時間の算定において、「使用者の指揮監督下にあったか」は重要ではないことも強調した。

波多野弁護士:「Xさんは海外研修の準備のための集まりに参加し、自宅でも準備していた。会合への往復の時間や参加時間も労働時間に算入している。

損害賠償請求事件なので、労働時間の算定は、労働基準法のルールで行うのではなく、あくまでも過重性判断のためのもの。実際に業務を行っていたかどうかが問題だ。

自死の直近1か月において、労働時間が認定されただけで『117時間』だったのに加え、新人の指導、連続窃盗事件の捜査、14日連勤が2回、うち当直を含む勤務が5回、当直非番の日も残務処理を行い、海外出張の準備、これらが重なったことにより、相当程度の心理的負荷を蓄積させたことは明らかだ」

判例の趣旨を理解しない下級審判決も…

本件の2つの訴訟において、被告の静岡県は「精神疾患等の公務災害の認定について」等の「労務災害の認定基準」を考慮に入れて判断すべきと主張していた。

そして、両親が原告のB訴訟の控訴審は、その枠組みを前提として判断し、Xさんの業務が「質的に過重なものとは認められない」とした。また、Xさんの自死についての予見可能性も否定し、原告(両親)の請求を棄却していた。

この点について、波多野弁護士は、B訴訟の控訴審が前述の「電通事件最高裁判決」が示した基準を踏まえないものだったと指摘した。

波多野弁護士:「『電通事件最高裁判決』を踏まえない誤った下級審判決が、本件以外にも何年かに1回の頻度で行われてきた。

本件の最高裁判決は、B訴訟の控訴審が2000年の『電通事件最高裁』判例の趣旨を理解せずに判決を行ったことに対し、同判例の意義をもう一度確認して徹底させることを意図したものだといえる」

本件は事件発生から13年を経て、ようやく最高裁の判決に至った(高裁判決は2023年2月)。その間、Xさんの遺族が公権力を相手に訴訟を追行してきた労力の重さは、それ自体計り知れない。

それに加え、公務員であるXさんの労務管理が「予算」との関係に配慮して適正に行われていなかったという問題、また、そのような事情がある場合に労働時間を立証することの困難さも浮き彫りにされた。

さらに、被告の公権力側が(意図的かどうかは別として)最高裁の判例の趣旨を踏まえない主張を行い、下級裁判所もそのような主張を容れた判決を行ったことなど、今後に残された課題は重い。

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