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「犯罪性が疑われる死体」の司法解剖には “重装備”が鉄則…「この仕事で一番危険」法医学者が警戒する “知られざる”リスク

「犯罪性が疑われる死体」の司法解剖には “重装備”が鉄則…「この仕事で一番危険」法医学者が警戒する “知られざる”リスク
司法解剖の現場は“運命の分かれ道”にもなり得る(ツネオMP / PIXTA)
事件・裁判と法律

人が死ぬとき、寿命であれ、事件や事故であれ、そこには必ず原因が存在する。たとえば、事件のニュースで「死因は○○」と発表される。聞いた人はそれを疑うこともないだろう。

ところが、もしも「死因」が必ずしも信用できるものではないとしたら…。

さまざまな事情から、本当の死因が見逃されてしまうケースは決して珍しくないという。問題はその結果、トラブルや事件が誤った方向へ導かれることだ。

本連載では、変死体などの解剖現場を知り尽くす司法解剖医が、日本における遺体の扱い方の問題点にデータや実例などとともに切り込んでいく。

第一回では、「司法解剖」とはどんなことなのかについて、その実態を紹介する。(全6回)

※ この記事は岩瀬 博太郎/柳原 三佳両氏の書籍『新版 焼かれる前に語れ 日本人の死因の不都合な事実』(WAVE出版)より一部抜粋・再構成しています。

検視の対象となる「変死体」とは

これから私が話すことを「どうせ他人事だ……」と無関心でいられる人は誰もいないはずだ。なぜなら、いま生きている人は例外なく死を迎え、必ず何らかの「死因」を決定されることになるからである。

2020年、日本では、138万4544人(外国人含む)が亡くなっている。そのうち、病院で死なず、自宅や路上などで亡くなった方は16万9496人だった。

こうした事例のうち、末期がんなど明らかに病死したと考えられる一部の場合を除いた事例を変死体と呼ぶ。

変死体の中には、

1.病院以外の場所で病死した死体
2.見た目でそれとわかる外傷で死亡した死体
3.見た目には外傷がないが、内臓に損傷があり死亡した死体
4.薬毒物で死亡した死体

が含まれている。

変死体が発見された場合、日本ではその死が犯罪に起因するものであるかどうかを判断するために、まずは「検視」が行われる。

死因を判断する「検視」は誰が行うのか

刑事訴訟法の第229条第1項には、『変死者又は変死の疑のある死体があるときは、その所在地を管轄する地方検察庁又は区検察庁の検察官は、検視をしなければならない』と規定されている。つまり、本来なら死因究明の専門家である私たち法医学者が判断すべきことを、法律ではどういうわけか、先に検察官に委ねているのだ。

しかし、法律どおりに検察が検視を行っているケースはほとんどなく、実際にはその代行で「検視官」と呼ばれる警察官が行っているのが現状だ。

検視官は全国の各都道府県警察に計370名配属されている(2020年4月時点)。医師の資格は持っていないが、原則として警察大学校で法医専門研究科を終了し、刑事部門で10年以上の捜査経験を積み、検視・死体調査に関する法令や実務に精通した者、もしくは警部以上の階級で強行犯捜査、検視・死体調査または鑑識に関する4年以上の経験を持つ者がこの職務にあたっている。

検視をしても死因特定をすり抜けるケース

とはいえ、仮に370名で年間約17万体にものぼる変死体の検視をすべて行ったとしても、医学的に正確な死因を判定することはできない。毒殺の場合、死体外表に異常を認めず、検視で実施する簡易薬物検査をすり抜けることがあり、そうなれば、犯罪が見逃されることになるのだ。

警察庁によれば、検視にあたる警察官は、「五官」を使って死体の見分(けんぶん)を行うのだという。「五官」とは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚。

つまり死体を外見から観察して、その死が犯罪に起因するものかどうかを見極め、犯罪性が疑われない死体は警察が委嘱した検案医(地元の開業医や勤務医など)に立会いを求め、死因や死亡時刻、異常の有無などを記載した「死亡診断書(死体検案書)」が発行される。

司法解剖を重装備で行なうワケ

一方、犯罪性が疑われる死体は司法解剖を行うため、裁判官に「令状」を請求する。令状が取れたら、警察は各都道府県の大学の法医学教室に、「司法解剖をお願いします」という連絡を入れ、予定していた時刻に死体を運んでくるのだ。

それを受けた私たち法医学者は、白衣、マスク、帽子、長靴、胸まである長いエプロン、さらに血液などを防ぐための透明のフェイスカバーをつけ、万一の針刺し事故に備えるためにゴム手袋を2~3枚はめ、さらに軍手をつけて死体の到着を待つ。

この仕事で一番危険なのは、死体から感染症をうつされること。それを防ぐためには、とにかく重装備が鉄則なのだ。

司法解剖の手順

解剖室に運ばれてきた死体が解剖台の上に載せられると、私たちはまず死体の身長や体重を測定し、直腸温を計り、外表検査を行う。

それが済んだら、死斑や死体硬直などの状態を外側からこまかくチェックし、身体のどの部分にどのような傷がどの程度あるのかを写真に撮りながら、口頭で書記に伝え、記録していくのだ。

司法解剖の場合、この「外表検査」にはかなりの時間をかけている。たとえば外表にまったく異常がない場合でもそのことを確認する作業が必要となるため、写真撮影や書記の都合上、最低でも30分程度はかかってしまう。

交通事故やメッタ刺しの遺体は特に傷が多い。ひとつひとつの傷を確認していくと外表検査だけで3時間くらいかかることもしばしばだ。

この点が、病院で行われる「病理解剖」と大きく異なる点だろう。ちなみに、一体の司法解剖を行うには、最低でも執刀医1名、補助1名、書記1名が必要だ。

その他、写真撮影のための要員も欠かせないが、いかんせん、国からは十分な解剖経費が支払われていないので、すべてを大学の職員だけで行っているところは稀だろう。

千葉大学もそうだが、大抵は警察官の手助けを借りて行っているはずだ。

(続)

  • この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
書籍画像

新版 焼かれる前に語れ 日本人の死因の不都合な事実

岩瀬 博太郎 (著), 柳原 三佳 (著)
WAVE出版

2007年の『焼かれる前に語れ』(小社)刊行から14年――。当時から多くの問題が露呈していた我が国の死因究明のあり方は、流れる月日とともに大きく改善されただろうか。
否、である。
国も警察も相変わらずこの問題から目を背け、ほとんど何もしないでいる。この間、我が国は東日本大震災という未曾有の災害にみまわれ、今は新型コロナウイルスという未知のウイルスの脅威にさらされている。国民一人ひとりが、否応なく「死」と向き合う日々を過ごしているのだ。
だがもし、その死因に信用が置けないとしたらあなたはどう思うだろうか。自身や身内、あるいはニュースで見聞きする事件や事故の遺体が、どのような扱いを受け、処理をされるのか知っているだろうか。
日本の変死体解剖率は、先進国の中でも最低レベルだ。コロナウイルスによって亡くなったのに因果関係の証明もなく違う死因にされているかもしれない。殺されたのに自殺とされているかもしれない。本当の死因は解剖しなければ永遠にわからないままだ。
医療先進国と言われる日本の驚くほどずさんで脆弱なシステムについて、生命保険や損害賠償、また類似事件の再発防止など私たちの生活に関連しうる身近な問題が数多く潜んでいることについてもっと知ってほしい。 腰の重い国や警察組織に正面から向き合い、改善を訴え続けている司法解剖医が、声なき死体と今を生きる日本人のためにもう一度強く警鐘を鳴らす!

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