仮眠時間も“労働時間”と認められる? 「心が休まらない」賃金の支払いを求めて従業員が提訴、裁判所の判断は

林 孝匡

林 孝匡

仮眠時間も“労働時間”と認められる? 「心が休まらない」賃金の支払いを求めて従業員が提訴、裁判所の判断は
仮眠時間だけでなく、移動時間、着替え時間などをめぐってもトラブルになりやすい(Graphs / PIXTA)

X1さん:708万円
X2さん:835万円
X3さん:427万円

【仮眠時間=労働時間】と認められた結果、3人は裁判で上記の残業代を勝ち取った。(東京地裁 R5.4.14)

認定の理由は、仮眠はできるものの、トラブルが発生したら駆けつけなければならず、心が休まらなかったから。

仮眠時間だけでなく、▼移動時間▼着替え時間▼待機時間などについて、裁判では「給料を払わなければならない」と判断される事案が多い。「労働時間とは何か?」にも触れながら事件を解説する。

事件の経緯

会社の事業内容はビルメンテナンス、設備管理などで、冒頭の残業代が認められたXさんたち3名は、ビルの設備管理業務を行っていた。

彼らは、残業代を請求するために「業務日誌」をコピーしていた。業務日誌には、業務の内容、対応者、日時が書かれており、重要な証拠となるからだ。

ただ、ひとつ問題が。

この業務日誌の各ページ右下には「※ 社外持出厳禁」と書かれていたのだ。しかし、「これを証拠として提出しなければ裁判に勝てない」と考えたXさんたちは、コピーを実行し、証拠として提訴した。

裁判所の判断

裁判所は「仮眠時間は労働から解放されていないから『労働時間』である。会社は以下の残業代を払え」と命じた。

X1さん:708万円
X2さん:835万円
X3さん:427万円

キョーレツな金額だ。筆者は多くの残業代判決を読むが、これほどまでに高額な残業代が認められた事例はあまり見かけない。

■ 基礎知識
会社の指揮命令下にあれば労働時間にあたる。たとえ何もしていない時間であっても、労働からの解放が保障されていない場合は「労働時間」だ。

■ 仮眠時間に心は休まっていたのか?
この点について会社は 「Xさんたちは眠り続けることができた。トラブルなどが発生してもそれに対応する必要はなかった」旨反論した。

一方のXさんたちは、「違います。先輩から『トラブルが発生したときは複数名で対応するよう』指示されていました」と再反論。

裁判所は、「会社の緊急マニュアルには▼緊急連絡があった場合、2名以上で現地に急行すべし▼夜間で人員不足の場合は仮眠者を起こすべしといったことが書かれている」「業務日誌を見ると、仮眠時間でもクレーム・トラブル等があれば複数名で対応することがあった」と述べ、さらに以下の事情も考慮。

  • Xさんたちが仮眠をとっていた部屋には、緊急呼び出し装置、内線電話あり
  • 仮眠時間にもPHSの携帯を義務づけられていた
  • 仮眠するときは、寝間着ではなく洗濯後の制服で寝ていた

その結果、裁判所は「この状況からすると、Xさんたちには、仮眠時間中もトラブルなどに対して直ちに相当の対応をすることが義務づけられていたといえる。労働から解放されていない」と判断した。

■ 業務日誌を勝手に持ち出した点
会社は粘る。「この業務日誌は社外持出禁止である。よって証拠として認められない」と反論したのである。

しかし、裁判所は「たしかに、社外持出禁止と書かれているので、Xさんたちの行為は不法行為といえ、雇用契約上の債務不履行ともいえる。しかし、証拠収集が違法であったとしても証拠能力が否定されるとは限らない」旨述べ、以下の事情を考慮して「証拠能力OK」とした。

  • 業務日誌はXさんたちの具体的な勤務状況を明らかにするための極めて重要な証拠
  • 会社の指揮命令の下でマニュアル代わりに使っていた
  • 業務日誌が開示されることで個人のプライバシーが侵害されることはない

他の裁判例

今回のように「労働時間にあたるか」をめぐってトラブルになるのは仮眠時間だけではない。▼移動時間▼着替え時間▼待機時間など、タイムカードを押すまでに発生する時間についても、多くの会社で争われている。

■ 移動時間(大阪地裁 R6.2.16)
この事件では、「駐車場から現場へ移動する時間分の給料が払われない...」という社員の訴えに、裁判所は一部の移動時間を「労働時間にあたる」と判断した。

>>現場への「移動時間」は労働時間に入るのか? 電気工事会社へ「賃金支払い」求める社員2人に裁判所が下した判断は

■ 着替え時間
従業員は会社から「出社してタイムカードを押す前に制服に着替えるよう」「終業後もタイムカードを押してから私服に着替えるよう」指示されていたようである。会社は事実関係を認めた上で、今後は支払う意向を示した。

>>IKEA従業員「着替え時間」も賃金支給へ 厚労省「労働時間」と明記も“未払い”放置されてきたワケ

■ 待機時間(横浜地裁 R3.2.18)
看護師が残業代1000万円を獲得した裁判だ。その主張は「私たちの仕事には【緊急看護対応業務】というものがある。これは、入居者に異変が生じた場合に備えて、緊急呼び出し用の携帯電話を常に持ち、入居者や家族などから呼び出しTELがあれば直ちに駆けつけ、看護、救急車の手配、医師への連絡などをする必要があった。この時間の給料がまったく払われていなかった」というものだった。

最後に

ポイントは、「その時間は労働から解放されているのか?」だ。休憩時間などといわれても労働から解放されていなければ、それは「労働時間」にあたり、給料や残業代を請求できる。参考になれば幸いだ。

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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