生活保護を申請したら役所が「処分してください」と“拒否”…「車」が“ぜいたく品”ではない切実な事情【行政書士解説】

行政が、生活保護の申請をしようとする人に対し、申請自体を諦めるよう働きかける「水際作戦」が問題となっている。その中で、過疎地などで「生活保護を受けるのなら車を処分してください」と迫るなどの「行政指導」「助言」が行われていることは、あまり知られていない。
これまで全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行ってきた特定行政書士の三木ひとみ氏によると、「車がないと最低生活が脅かされてしまう。どうすればいいのか」という切実な相談も、行政書士に多々寄せられてきたという。
しかし、本来は法令上、必ずしも、自動車を処分しなければ生活保護の申請ができないわけでも、また、保護を受けられないわけでもない。今回は三木氏に、「生活保護と車」の問題について、自身が受けた相談の内容等も交え解説してもらう。(本文:行政書士・三木ひとみ)
地方で生活保護申請をする障害となる「世間の目」
違法・不当な行政指導により、「車を手放せないから生活保護申請ができない」と誤解している人は、特に地方に暮らす高齢者の方に多く見られます。
そもそも、地方の人口減により、多くの地域鉄道事業者は赤字が増え、厳しい経営状況にあります。公共交通が機能していない地域に住んでいる人にとって、自動車はぜいたく品ではなく生活に必要な足になっています。
地域によっては、車に乗らず道を歩いていたり、自転車に乗っていたりすると、それだけで不審者と見られ近所の噂になることもあると聞きます。車が必要な地方ほど、近所付き合いも深く、他人の目を気にしないことが難しい事情を吐露する人も少なくありません。
高齢でなくとも、また一見して障害者とわからなくても、何らかの病を患い生活保護を受けている方がいます。
まだ若いのに、生活に必要な車を売却すれば、「あの人は生活保護申請をしたのではないか」と、究極の個人情報である生活保護申請に関するあらぬ噂を流されることを懸念し、生活に困っていても申請ができずにいる人もいます。
「自分のことを誰も知らない、不慣れな地域に自力で引っ越してから生活保護申請をしたい」という相談も多々受けてきました。
しかし、本来、そんなことをしなくても、住み慣れた地域で生活保護申請を周囲に知られずにすることはできます。
役所の担当者には守秘義務がありますし、民生委員が知り合いのケースなど、あらかじめ福祉事務所に事情を伝え、配慮を求めることもできます。
役所に出向くことなく生活保護申請を書面で行い、申請の意思表示など必要なやり取りを電話で済ませ、家庭訪問の際も指定の時間に役所の人だとわからないように来てくださいと要望したケースは、地方ほど多いのです。
生活保護受給者の車の保有が認められる「法令上の要件」は?
生活保護制度における自動車保有に関する運用は、「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」(昭和38年(1963年)4月1日社保34号厚生省社会局保護課長通知)という「通達」に基づいています。
公務員は、自己判断ではなく、法令に従って仕事をしなければなりません。通達は、その際、行政内部で法令の解釈の統一性をはかるための解釈基準となるものです。
通達によれば、生活保護受給者には原則として自動車の利用が認められていません。ただし、障害者や公共交通機関の利用が著しく困難な地域に住む人については、通勤、通院等のために利用する場合に限って認められています。
特に、医師の診断により通院に車が必要とされた場合は、病院に通い診療を受けることは憲法25条で保障された生存権の一つですから、当然に尊重されます。
具体的には、次の要件を満たしていれば、生活保護を受けながら車の保有利用も認められる余地があります。
①車にローンがなく、資産価値が乏しい
②自動車保険(任意保険)に加入しており、生活保護費の範囲内でガソリン代や駐車場代なども賄える見込みがある
③通院や通勤のため車が必要である
④仕事(※)を続けるために車が必要である
⑤半年後くらいに仕事を得て生活保護から卒業できる見込みがあり、就職活動等のため車が必要と考えられる
※病気や高齢で十分に稼働できず、最低生活費よりも少ない収入しか得られなければ、仕事をしながら生活保護を受給することは可能
なお、オートバイ・原動機付自転車については、総排気量125cc以下のものであれば、生活維持のため必要であることなど、一定の要件の下で保有が認められています。
病院に行く際など、知人や親族等に車で送迎してもらうということは当然自由です。また、公共交通網が衰退し利用できない人、健康上の理由で公共交通が利用できないのに車を保持していない人、車を運転できる健康状態にない人は、医療扶助としてタクシー代の申請も可能です。
昨年12月25日から「自動車」に関する生活保護の運用が変更
以上の基準は大枠としてみれば、決して不当なものではありません。しかし、従来からその運用が「厳しすぎるのではないか」と指摘されてきました。
というのも、基準が定められた昭和38年は、まだ自動車の普及率が低く「ぜいたく品」だった時代です。それから60年以上が経過し、今日では一般に広く普及し、特に地方では生活の足として欠かせないものとなっています。その現状が運用に反映されておらず、杓子定規にすぎるという問題があったのです。
実際、2022年(令和4年)5月10日付けで、自動車の利用を保有容認目的に限るとの通達が出されていました(現在は撤回)。
私が認識しているだけでも、ケースワーカーから、通勤、通院以外の目的で車が使用されていないか、厳しくメーターをチェックされることに苦痛を感じるという声も多くありました。
また、通院の途中にスーパーの買い物に車で立ち寄ったことについて、ケースワーカーから「目をつむってあげる」「見て見ぬふりをしてあげる」などと伝えられ、背徳感を抱きながら日常生活で車を利用することの葛藤を行政書士に相談される方もいました。
この問題を受け、2024年12月25日から、通勤や通院のために保有が認められている場合は、日常生活に不可欠な買い物等での自動車の利用も、原則として認められることになりました。
生活保護の相談や申請に対応する市区町村の役所の窓口には、「生活保護問答集」という本が常備されています。いわば生活保護の相談者や申請者に対応する役所側のマニュアルのようなものです。
この「生活保護問答集」の、資産の活用の項目の自動車の利用に関する部分が、2024年12月25日の厚生労働省社会・援護局保護課長による各都道府県・市町村への通達により、変更になったのです。

背景に「行政の敗訴判決」
その背景には、生活保護と車をめぐる行政訴訟において、行政が敗訴したことがあります。
この事案は、三重県鈴鹿市の障害のある生活保護受給世帯の親子が、市から車の運転記録票の提出を求められたのに対し、提出しなかったことを理由として、市が生活保護の停止処分をしたというものです。
原告は2022年に処分の取り消しを求めて訴えを提起し、津地裁は2024年9月に原告勝訴判決を出しました(津地方裁判所令和6年(2024年)3月21日判決)。
司法において、日常的に必要な範囲での車利用は、生活保護制度の趣旨に沿うものと評価されたことになります。また、日弁連も「生活保護における自動車保有・利用の制限緩和等を求める意見書」を出し、運用を改めるよう提言を行いました。
これをきっかけに、障害者や病を患う生活保護受給者の自動車利用にかかる取扱いの考え方が再検討され、通達による基準の変更に至ったのです。
自動車の使用を認めてもらうため「交渉」することもできる
ところが、自動車の利用制限を緩和する通達が昨年末に出たにもかかわらず、今年に入ってから生活保護申請をした60代の女性から、担当職員に「この地域で車を手放すと生活が不便になるから、都会に行って生活保護申請をした方がいいのではないか」という「助言」を受けたとの相談が寄せられました。
これは、改定前の通達が定める基準にてらしても、違法な取り扱いといわざるを得ません。そもそも、頼るべき身寄りもない60代の女性が、住み慣れた地域を離れ、都会で生活すること自体、現実的とはいえません。
相談を受けた行政書士が、ご本人の希望により、福祉事務所および管轄の県に対し、書面と電話にて、事実確認と今後の改善を要望し、真摯な対応がなされました。
地方ならではの特殊な事情とプライバシーに十分配慮ある役所対応が求められますが、現状においても、上記のように悩みや要望を役所に出向かなくても電話で伝え、対応してもらうことができるのです。また、コロナ禍以降は電話だけでなく、メールや電子フォームで相談対応してくれる役所、自治体も増えています。
最後に、私が過去に相談者の方のために作成した、自動車の保有を認めてもらうことを要望する申請書のテンプレートを公開します(【画像】参照)。

最低生活を守るために車が必要な事情を抱え、その他、前述した車の保有・利用が認められるべき要件をみたしているのではないかと疑問に思う場合に、使えるものです。
口頭で、ケースワーカーに説明しても取り合ってもらえず、口頭説明にも納得ができない場合は、このように書面で回答を求めることができます。決定に納得ができない場合は、不服申立てができる期間は限られていますから、注意が必要です。
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三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ行政事務所)
官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。
著書に「わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)」(ペンコム)がある。
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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