大学入試直前に突然「予備校が倒産・閉鎖」…受験生は“法的責任”を「誰に、どうやって」追及できるのか【弁護士解説】

大学受験予備校「ニチガク」が1月4日に突然事業を停止し、教室も閉鎖され、運営母体の株式会社日本学力振興会が10日、東京地裁に破産申請を行った。受講生も講師も、事業の停止や破産の事実を知らされていなかったという。
受講生は受験シーズン直前になんの前触れもなく授業を受けられなくなり、また、勉強の場を奪われるという不利益をこうむっている。受験生らはこれらの不利益について、誰にどのような「法的責任」を追及することが認められるのか。
受験生に生じうる「3つの損害」
大学入試直前期に予備校の業務が停止したことで、受験生に生じうる損害はどのようなものか。法的責任の追及が認められるか否かは別として、以下の3種類が考えられよう。
①受けられなくなったサービスの対価(授業料、講習会受講料、自習室使用料等)
②代わりに他の予備校等を利用する場合にかかる費用
③精神的苦痛に関する慰謝料
これらは、法的にみてそれぞれどのような性質をもつと考えられるか。損害賠償請求事件の経験が豊富な荒川香遥(こうよう)弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)は、「①②」と「③」とで分けて考えるべきだと指摘する。
荒川弁護士:「『①受けられなくなったサービスの対価』『②代わりに他の予備校等を利用する場合にかかる費用』は、予備校側の『契約上の債務の不履行による損害』です。
これに対し、『③精神的苦痛に関する慰謝料』は予備校側の契約上の義務の履行とは直接関係がない『不法行為による損害』です」
予備校側の「契約上の責任」の追及は?
予備校側の契約上の債務不履行による損害のうち、「①受けられなくなったサービスの対価」については、サービスの性質に応じて考える必要があるという。
荒川弁護士:「受験生と予備校との契約は、受験生が授業料を支払い、それと引き換えに授業等のサービスを提供するというものです。したがって、予備校側が授業料に対応するサービスを提供できなくなった場合には、それによって受験生側に生じた損害を賠償する義務を負います。
ただし、予備校側が提供するサービスは様々な内容を含んでいます。
まず、自習室利用料のような、契約期間を通じて利用するサービスは、残りの日数に応じて日割りで計算します。
これに対し、授業料や講習会受講料といった『コマ』ごとにかかる費用は個別に対価を計算します」
次に、「②代わりに他の予備校等を利用する場合にかかる費用」についてはどうか。
荒川弁護士:「他の予備校等を急きょ契約し、講習会の受講や自習室の利用など同等のサービスを受け、ニチガクのサービスを利用できた場合と比べ費用が余分にかかった場合には、その差額を請求する余地はあるでしょう。
ただし、賠償の対象として認められるのは、あくまでも予備校側の債務不履行によって生じた損害をカバーするのに必要な範囲内に限られます。たとえば、高額な個室の自習室を利用した場合の費用は、自宅の部屋や高校の自習室等、他に勉強に集中できる場所が確保できないなどの特段の事情がない限り、対象外です」
「慰謝料」の請求が認められる余地も
「③精神的苦痛に関する慰謝料」についてはどうか。
荒川弁護士:「一般的に、債務不履行があったからといって精神的苦痛を与えることには結びつきません。
ただし、債務不履行の態様が悪質で、受験生に精神的なショックを与えることを認識していながら敢えて直前期に予備校を閉鎖した、というような事情が立証できれば、10万円程度の慰謝料を請求できる可能性は考えられるでしょう」
予備校は破産しているが…「経営者」の責任を問う方法は?
ここで、一つ疑問が生じる。債務者は予備校の運営会社であり、破産状態にあるため、責任追及を行っても損害の十分な回復は望めないのではないか。
荒川弁護士は、「会社役員等の第三者に対する損害賠償責任を定めた会社法429条に基づいて、運営会社の経営陣の責任を追及する手段が考えられる」という。

会社法429条1項は以下のように規定している。
「役員等(※)がその職務を行うについて悪意または重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」
※取締役、会計参与、監査役、執行役、会計監査人
荒川弁護士:「会社法429条は、会社と取引関係にある債権者等を厚く保護するために、責任追及を行う場合の『立証の負担』を軽くする規定だとされています(最高裁昭和44年(1969年)11月26日判決参照)。
どういうことかというと、本来、契約関係にない者に損害を与えられた場合には『不法行為責任』(民法709条)の追及が考えられます。しかし、その場合、加害者の『故意または過失』と『損害』との間の『因果関係』を厳密に立証しなければなりません。
これに対し、会社法429条では、債権者はその役員が『故意または重過失』によって『会社に対する職務上の義務に違反したこと』まで立証すれば、その義務違反から生じることが一般常識に照らして相当といえる損害について、賠償責任を問えます(【図表】参照)」

経営者の「義務違反」と「悪意・重過失」はどう判断する?
本件のケースではどうか。まず、「会社に対する職務上の義務の違反」はどのようなものが考えられるのか。また、それらについての「悪意・重過失」はどのような事情があれば認められるのか。
荒川弁護士:「まず、『職務上の義務の違反』については、業務遂行において相当な注意を尽くさなければならないという『善管注意義務・忠実義務』(会社法330条・355条)の違反が考えられます。
具体的には、会社が破綻しないように経営状態を良好に保つよう努める義務や、そのために一定水準の教育サービスを提供する義務が含まれます。これらの義務違反は本件では認められやすいでしょう。
また、『法令を遵守する義務』の違反も含まれます。たとえば、合格実績の水増しや、講師の実力・経歴を偽っていたなどの事情があれば、景品表示法の『優良誤認表示』に該当します(同法5条1号参照)。
次に、『悪意または重過失』の要件については、『経営状態が著しく悪化していることを知りながら何の対策も講じなかった』『給料の遅配等が常態化していた』『事業継続が困難な状態に陥っているのに新規の受講生を受け入れ続けた』『合格実績を水増ししていた』などの事情があれば、少なくとも重過失ありと認定されやすいでしょう」
会社は経営者とは法的に別人格とされている。しかし、経営者は会社の意思決定を行いそのあり方を大きく左右する立場にある。そのため、対外的にも重い責任を負っているということである。
今回、問題になっているのは大学受験予備校と受験生の関係だが、それに限らず私たちは日々、生活のあらゆる局面で「会社」と取引せざるを得ない立場にある。いざというときに経営者への責任追及が認められることを念頭に置き、自分が利用する商品・サービスを提供する会社の経営者がどんな人なのかという点にも、注意を払うことが大切だろう。
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