埼玉県“クルド人差別”が社会問題化も「ヘイトスピーチ禁止条例」制定には慎重な姿勢… 背景にある「表現の自由」のジレンマとは
近年、埼玉県の川口市・蕨(わらび)市に暮らす在日クルド人に対するヘイトスピーチが問題視されている。昨年11月には、さいたま地裁が、クルド人を標的とした「ヘイトデモ」の実施を禁じる決定を行った。
一方で、埼玉県知事は、神奈川県川崎市などで施行されているヘイトスピーチ禁止条例の制定について慎重な立場を示している。
なぜ、ヘイトスピーチが社会問題として認識されながらも、ただちに禁止することができないのか。背景には、標的となる人々の権利保護と「表現の自由」の両立という、困難な課題がある。
クルド人団体事務所周辺でのデモが禁止される
2024年11月11日、在日クルド人団体「日本クルド文化協会」が、同月24日に協会の事務所周辺で実施が予定されていたデモは「ヘイトスピーチ」であるとして、差し止めを求める仮処分を申し立てた。
同月21日、さいたま地方裁判所は申し立てを認める決定を行う。「日の丸街宣倶楽部(くらぶ)」の代表と称してデモを呼びかけた男性に対し、協会事務所の半径600メートル以内で在日クルド人を非難・中傷する演説やビラ配布などを行うことを禁止した。
申し立て書によると、2024年2月以降、男性は事務所のあるJR蕨駅周辺で少なくとも8回のデモを実施。拡声器やマイクを使って「クルド人は日本から出ていけ」などと主張し、「自爆テロを支援するクルド協会は、日本にいらない!」「根絶せよ!! クルド犯罪偽装難民」などの文言が記載された横断幕やプラカードも掲げていたという。
協会側は、これらのデモは明白な名誉毀損行為であり、クルド人を排除するよう煽るヘイトスピーチだと訴えていた。
川崎市では「罰則付き」のヘイトスピーチ禁止条例を施行
現在、日本にはヘイトスピーチを直接的に規制する法律はない。しかし、大阪府大阪市や神奈川県相模原市など一部の自治体はヘイトスピーチを規制する条例を制定・施行している。
また、2020年には、川崎市が全国初の刑事罰付きヘイトスピーチ規制条例である「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」を施行した。罰則は最大で50万円の罰金だ。
さいたま地裁の仮処分が出された約一か月後の12月15日には、クルド文化協会事務所周辺でのデモを禁止された男性が、JR川崎駅前で街頭演説を行った。この演説について、川崎市は、条例に抵触する発言がなかったか否か調査を行っている。
11月25日には、大野元裕・埼玉県知事が定例記者会見でヘイトスピーチ禁止条例について言及。
報道によると、大野知事はヘイトスピーチについて「法律に基づき、地域社会から徹底して排除されなければならないものだ」としながらも、「罰則を伴った規制は県民の権利を制限することにつながる」との危惧を示した。「現時点で頭の中に条例制定はない」とのことだ。
一方、在日クルド人の支援者らや差別に反対する活動を行う人らの間では、川崎市で条例が制定されたことが原因で「ヘイト活動家が埼玉に流れてきた」と言われている。
昨年12月に条例成立5周年を記念して市民団体が川崎市で開催した集会では、外国人差別に関する著書を多数出版しているノンフィクションライターの安田浩一氏が、埼玉でも刑事罰付きヘイトスピーチ規制条例が必要だと訴えた。
禁止条例は「表現の自由」を侵害するおそれがある
大野県知事も言及したように、法律や条例によってヘイトスピーチを禁止することには、市民の「権利」の制限や侵害につながるリスクが含まれている。
具体的には、ヘイトスピーチ禁止条例には「表現の自由」(憲法21条)という憲法上保障された人権を侵害しうるという問題点がある、と埼玉弁護士会に所属する金井勝俊弁護士は指摘する。
「いわゆる『ヘイトスピーチ』とされる言論であっても『政治的な言動』の一種であるため、『表現の自由』や『政治活動の自由』によって保障される対象となります。
したがって、それらの重要な権利を侵害する可能性がある点が、禁止条例のデメリットであると考えます」(金井弁護士)
一方で、ヘイトスピーチは、標的となった人々が自由に生きる権利を侵害するおそれがある。川崎で罰則付きの条例が制定された背景にも、同市の桜本などの地域に暮らす在日コリアンに対するヘイトデモが数年にわたって繰り返されていた問題が存在する。
金井弁護士も、川崎市の条例については「誹謗(ひぼう)中傷が止まなかったことから、在日コリアンの方々に対する暴力的な言動等について防止する必要があったと理解している」と語る。
それでも、ヘイトスピーチ禁止条例の是非について抽象的に判断することは困難であるという。
「結局のところ、当該自治体においてどのようなヘイトスピーチが繰り返されているのか、その弊害とは何か、制約の内容や違反した場合の罰則をどう設定するか、制約を与えたり、罰則などを科す場合の手続き的な保障をどのように図るかなど、具体的な事情をふまえて判断することが必要になります。
たとえ川崎市の事例があるとしても、ヘイトスピーチに関する実情は自治体ごとに異なるため、一概に『賛成』や『反対』と述べることはできないのです」(金井弁護士)
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