マイナ保険証“1415人の医師・歯科医師”が国を訴えた「行政訴訟」に東京地裁が“棄却判決”…12月以降、国が“抱える”ことになった「重大問題」とは

弁護士JP編集部

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マイナ保険証“1415人の医師・歯科医師”が国を訴えた「行政訴訟」に東京地裁が“棄却判決”…12月以降、国が“抱える”ことになった「重大問題」とは
判決後、会見する原告代表と弁護団(11月28日 東京都内/弁護士JP編集部)

厚生労働省の省令によって医療機関に「マイナ保険証」による「オンライン資格確認」が義務付けられたことに対し、東京保険医協会の医師・歯科医師ら1415人が原告となり、その義務がないことの確認を求めて国を訴えた訴訟で、28日、東京地裁(岡田幸人裁判長)は原告の請求を棄却する判決を言い渡した。

原告代表と弁護団は、判決後の記者会見で、控訴する意向を表明した。

また、12月2日以降もマイナンバーカードの取得および保険証への紐づけはあくまで任意であること、マイナ保険証を持っていない人も「資格確認書」への切り替えによりこれまでと同様に医療サービスを受けられること、および、国側がそれに対応する義務があることを訴えた。

争点は、医療機関に義務を課する「法律の根拠」の有無

本件訴訟で争われたのは、医療機関等に「オンライン資格確認」を義務づける法的根拠規定とされているのが、国会が制定する「法律」ではなく、閣議決定に基づいて定められた下位規範の「療養担当規則」(厚生労働省令)であることの是非である。

原告の主張は、この点が、「国会は(中略)唯一の立法機関である」と定める憲法41条と、「療養の給付」の内容を具体的に定める健康保険法70条1項に違反するというものだった。

憲法41条は、国民の権利を制限し、義務を課するには、国民により選挙された代表機関である「国会」が審議・議決して定める「法律」の根拠を必要とする規定である。「法律による行政の原理」「法治主義」ともいわれる。

ただし、法律によって「個別・具体的な委任」がなされた場合には、政令・省令等の下位規範で、その委任の趣旨の範囲内でルールを定めることが認められている(最高裁昭和49年(1974年)11月6日判決最高裁平成25年(2013年)1月11日判決等参照)。

上記は実務・学界で確立された考え方であり、本件でもこの枠組みのなかで原告・被告(国)双方が攻撃防御を行ってきた。

原告団長の須田昭夫医師は、「省令」によるオンライン資格確認の義務付けを問題視する理由の一つについて、昨今の「閣議決定」のあり方に対する懸念を指摘した。

須田昭夫医師(11月28日 東京都内/弁護士JP編集部)

須田医師:「近年、政府は国会を無視し、多くの事項を閣議決定で決め、既成事実にする政治を行ってきた。(そのことに異議を唱えたい。)

私たちが決して、マイナ保険証そのものを否定しているわけではないことを理解していただきたい」

判決理由は「国側の主張をなぞっただけ」

今回の一審判決の重要な点は、以下の通りである。

まず、「法律による下位規範(政令・省令)への委任」があったかについては、健康保険法70条1項が「資格確認の方法」のルール制定について「療養担当規則」(省令)に「委任」しているとする。

その理由として、健康保険法70条1項が、医療サービス(療養の給付)そのものに限らず、それにあたって「遵守することが必要な事項の定めを厚生労働省令(療養担当規則)に委任していると解するのが自然である」と説明している。

また、その「必要な事項」の判断については「必ずしも国会での審議になじむものとはいえず、(中略)厚生労働大臣の専門技術的な裁量に一定程度委ねている」とした。

さらに、医療機関でのオンライン資格確認に対応するための体制整備に伴う経済的負担が生じる点については、「療養の給付そのものの内容や態様に係る制限ではなく、それが保険医療機関等に対して事業継続を困難にするようなものに相当すると直ちにはいうことができないから、(中略)職業活動の自由の制約の程度が大きいということはできない」とする。

以上の本判決の論旨を概観すると、立法による政令・省令への委任を緩やかに認め、また、内閣をはじめ行政部門の「裁量」を広く認める傾向がみてとれる。

この点につき、原告弁護団長の喜田村洋一弁護士は、「国側の主張をそのまま記載しただけの『お手軽判決』だ」と批判した。

喜田村洋一弁護士(11月28日 東京都内/弁護士JP編集部)

喜田村弁護士:「実際には、私たちは詳細な反論を行っているが、判決理由では、なぜそれらの反論が通らないかについて説明がなされてない。

原告が控訴する決意を固めているので、私ども弁護団も、控訴審でさらに論理と事実を積み重ねていくつもりだ」

なお、補足すると、原告は、健康保険法70条1項の「療養の給付」の内容、法が定める資格確認のあり方(同法63条3項参照)、健康保険法全体の趣旨・目的(同法1条参照)、その他の様々な論点につき、法令全体の定め方との整合性、国会での審議過程等にも言及しつつ、詳細な法律論を展開していた。訴状・準備書面等は東京保険医協会HPの特設サイトで公開されている。

「数」の問題ではない

厚生労働省の調査によれば、10月27日時点で保険医療機関のうち、マイナ保険証でのオンライン資格確認に使用する顔認証付きカードリーダーの導入率は全体で91.9%となっている。この数字は今後も増えていくことが想定される。そんななかで、本件訴訟を提起する意義はどこにあるのか。

原告弁護団の二関辰郎(にのせき たつお)弁護士は、憲法の役割である「基本的人権の保障(特に、侵害されやすい少数者の人権の保護)」の観点から、以下のように説明した。

二関辰郎弁護士(11月28日 東京都内/弁護士JP編集部)

二関弁護士:「本件訴訟で主張しているのは『法律の委任がないのに省令で義務付けることはおかしい』という憲法・法律上の問題であり、それは、現実にシステムを導入している医療機関が何%かということとは区別して考えるべきだ。

その理屈を、最後まできちんと議論したいというのが我々の立場だ」

また、須田医師も次のような指摘を行った。

須田医師:「オンライン資格確認の義務化に伴って廃業した医療機関の数を確認中だ。私たちの肌感覚として、かなりの人が明らかに現実に苦しめられている。

特に、過疎地の医療機関ほど苦しく、過疎地に住む人々の医療が切り捨てられるおそれもある。

私たちは、少しでも、1人でも廃業する人を減らすべきだと考えている。オンライン資格確認のシステムを導入していない医療機関の割合が少なくなれば問題がないということではない」

新規発行停止後は「資格確認書の利用を」

本件訴訟の対象となったのはあくまでも、「国が法律ではない“省令”で医療機関に対しオンライン資格確認を課すこと」の違憲性・違法性であり、患者・一般国民との関係は争点となっていない(訴訟制度上、争点にできない)。

一般国民の立場からの問題として、必要な医療サービスを速やかに受けられるという「医療アクセス権」侵害の問題が指摘されている(憲法13条参照)。特に、在宅介護を受ける人など、マイナンバーカードの申請や更新(カード自体と電子証明書)、マイナ保険証への紐づけ、顔認証付きカードリーダー等でのオンライン資格確認を行うことがいずれも困難な人にとっては切実な問題といえる。

原告事務局長の佐藤一樹医師は、次のように訴えた。

佐藤一樹医師(11月28日 東京都内/弁護士JP編集部)

佐藤医師:「私たちはデジタル化に反対していないし、医療の現場が混乱することを望んでいない。

あくまでも、現行の健康保険証の新規発行が停止される12月2日以降も、すべての人がこれまでと変わらず滞りなく医療サービスを受けられることが最重要だ。

強調したいのは、マイナンバーカードを作るか否かはあくまで任意であり、マイナ保険証を持っていなくても『資格確認書』があればこれまでと同じく医療サービスを受けられることだ。

私たちは、すべての国民が必要な医療サービスを滞りなく受けられるよう、このことのPRに努めていく」

【画像1】東京保険医協会ではマイナ保険証を持たない人への啓発を行っている

「健康保険証の廃止・マイナ保険証への一本化」は“ミスリーディング”

佐藤医師はまた、「12月から『現行の健康保険証が廃止され、マイナ保険証に一本化される』というのは、法的にみてミスリーディングだ」とも指摘した。

佐藤医師:「12月から26の法律が変わる。そのうち資格確認に関連する法律は7つで、それぞれの施行規則も含め、『健康保険証』の文言が『資格確認書』に置き換えられるだけだ。

つまり、法的観点からは『健康保険証』が『資格確認書』に変わるとするのが正しい。

民主的手続きを経て作成された法令の中では、『マイナ保険証に一本化する』という言葉は一言も登場しない。著名な行政法学者も指摘しているが、国や省庁が『方針』としてPRすることと、実際の法令の定め方がズレているのはよくあることだ。マイナ保険証によるオンライン資格確認についても同じことがいえると考えられる」

須田医師も、政府の対応が事実上、変わってきていることを指摘する。そして、その背景として、医療の現場での業務の停滞・混乱や、国民によるマイナ保険証利用率の伸び悩みといった現実に加え、自民党総裁選でマイナ保険証の強硬な推進派の候補者2名が下位に低迷したこと、10月の衆院選で与党が過半数割れしたことなどがあると分析した。

須田医師:「今まで、健康保険証に代わる『資格確認書』の発行の条件は非常に厳しかった。しかも、いったん健康保険証をマイナンバーカードに紐づけると解除することはできなかった。

しかし、その後、資格確認書の発行の要件が緩やかになり、紐づけの解除もできるようになっている。

また、10月の衆院選で与党が過半数割れしたのと同じタイミングで、厚労省が『マイナ保険証今まで通りの医療が受けられます』というかつてなかったPRをしている(【画像2】参照)。また、デジタル庁も公式noteで同様の発表を行った。

そういう点で、私たちは、実質的にマイナ保険証の制度が患者さんの医療を阻害するという要素はかなり軽減されていると考えている」

【画像2】10月下旬以降、新聞等に掲載されている厚労省のPR広告(出典:厚労省HP)

以上を前提とすると、従来の健康保険証と資格確認書との決定的な違いは、健康保険証が何もしなくても発行され送付されてくるものだったのに対し、資格確認書は申請により交付するものだという点にある。

政府は当面の間、マイナ保険証を持たない人のために、申請なしでも資格確認書を発行する措置をとると表明している。しかし、将来その措置が終了した時点で、「資格確認の方法をもたない人」の問題が顕在化する可能性が考えられる。また、2020年にマイナンバーカードを新規取得した多くの人が2025年に5年の更新期を迎え、期限切れで受診時等に資格確認できないケースが大量発生しうるという「2025年問題」も指摘されている。

わが国の「国民皆保険制度」の建前からは、国民が医療サービスを受ける際に資格確認ができない状態を作り出してはならない。「従来通りの医療サービス」が滞りなく提供されるようにするため、国は想定される障害をクリアし、その責務を果たしていくことが求められている。

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