症状が回復せず、状況は「極めて厳しい」…医師は患者や家族にどう“現実”を伝えるのか

弁護士JP編集部

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症状が回復せず、状況は「極めて厳しい」…医師は患者や家族にどう“現実”を伝えるのか
希望を失わせず、現実を伝えるのは難しく、医師もつらい(Luce / PIXTA)

病気になった際には、「最適な治療を受けたい」と多くの人は熱心に病院選びをする。そんな患者の思いをどのように医師側が受け止め、考えているのか…。

本連載では、現役のベテラン医師が医師や病院にまつわる不満や疑問などについて、本心を明かし、病院との付き合い方、病院の選び方などをガイダンスする。

第3回では、治療の状況が厳しいときの「医師の伝え方」をテーマに、現役医師としての本音を明かす。

医師にとっては、患者を完治に導くのが最善だが、ときに手の施しようがなく、厳しい現実を伝えなければいけない場面にも遭遇する。当人、そして家族にできる限り希望を失わせず、現実をしっかり伝える。医師にとってもつらい瞬間を、どんな言葉で乗り越えるのか。(全4回)

※ この記事は松永正訓氏の書籍『患者の前で医師が考えていること』(三笠書房)より一部抜粋・再構成しています。

無責任なことは言わず、患者を励ますために

クリニックでは風邪や胃腸炎、喘息などの日常疾患がメインです。重症肺炎や喘息発作が治らないときは、大きな病院に連絡をとり入院を依頼しますが、現代の医療であれば、100%と言ってもいいくらいちゃんと退院することができます。

クリニックで診る患者さんに「大丈夫ではない」と告げることは、ほとんどないと言っていいかもしれません。

ですが、開業医を長く続けていると、悪性疾患に出会うこともあります。私は18年の開業医生活の中で4名の患者さんに小児がんの診断をつけました。

小児がんの診断は極めて難しく、早期発見はほぼ不可能で、病状が進行しないと発見に至りません。幸い私はがんが専門でしたので、4人のうち3人は初回の診察で小児がんと分かりました。残る1人は1週間で診断をつけました。

悲観的もダメ、楽観的もダメ

小児がんと診断をつけて大学病院などに紹介状を書くとき、保護者にどういう言葉をかけたらいいか本当に悩みます。なぜなら、悪性の病気ということは分かっていても、まだ病期(ステージ)も病理診断も明らかになっていませんので、予後の予測がまったくつかないからです。

まだ全体像が分からないうちに、悲観的なことを言うのも、励まそうと楽観的なことを言うのも慎まなければなりません。ですので、その時点で分かっていることを素直に言うしかありません。

「今すぐ、大学病院に行ってください。悪性の病気の可能性がとても高いです。そのまま入院になるはずですから、よく検査してもらってください。医療で一番大事なのは診断です。しっかり診断をつけてもらってください。大学病院は、千葉県で一番レベルの高い病院ですから、お任せして大丈夫です」

保護者の方は不安でいっぱいの表情になりますが、私に伝えられるのは、病気が悪性であるということと、大学病院は最高レベルの治療をしてくれるという2点です。

私の場合は小児クリニックですが、これは成人のクリニックでも同じような説明の仕方になるはずです。

本当に大丈夫ではないとき

大学病院や公立病院に勤めていると、「大丈夫ではない」事態はもっと頻繁に起こります。それは新生児医療と、小児がん医療です。私は両者に深く関わりましたので、大学病院に在籍した19年間に100人以上の子どもの死に立ち会いました。

進行した神経芽腫という小児がんは、助かる確率が40〜50%くらいです。つまり、助からないことのほうが多いのです。この病気は、抗がん剤→手術→抗がん剤→骨髄移植(正確には造血幹細胞移植)まで順調に進んで、初めて治癒が見えてきます。

途中で病気が再発したりすると、ほぼ100%助かりません。それは抗がん剤が効いていない証拠であり、いったん再発するとがん細胞はどんどん広がっていきます。つまり、神経芽腫という小児がんは絶対に再発してはいけないのです。

神経芽腫の治療で最も「大丈夫ではない」ことは、病気が再発することです。画像検査や腫瘍マーカーの数値の上昇で再発が確定したとき、ご家族に再発を告げるのは本当に心苦しいものがあります。

もちろん、代わりにこういう抗がん剤を試してみようとか、放射線療法に踏みきってみようとか、治療のアイデアは出します。しかし、事態を逆転させる一手というものはないのです。また、再発したら極めて厳しいということも入院のときに伝えてありますので、ご家族は再発という言葉の重さを十分に分かっています。

だけど、我が子の死をすんなりと受け入れられる親などいるでしょうか。この世には何かいい治療法があって、それを使えば病気が消えると思っていないでしょうか。そう思うのは仕方ありません。親として当然でしょう。

「とても残念ですが、医療に奇跡はありません。奇跡は起こりません。これからあらゆる治療をやってみますが、病気が消えるということはありません。この現実を受け止めて、心を整理してください。でも……今、奇跡は起きないと言いましたけど、奇跡を信じてあげられるのは、ご家族だけなんです。最後まで希望を持って、奇跡を信じてください」

私はこういう話をして、厳しい現実を伝えることと、希望を捨てないように励ますことをやっていました。

医者も相当悩んでいる

悪い知らせを伝えるというのは、医者にとっても最大のストレスです。治療がすべてうまくいき、病気が完治して元気に患者さんが退院していく、ご家族は喜んで医者に感謝の言葉を述べてくれる、それが医者にとって最高の喜びです。ですから、小児外科医の中でも、小児がんを専門にしたいと考える医者はあまりいませんでした。

小児科の中では、神経疾患を専門にした医師が多くの死と向き合います。重度心身障害などの神経疾患は、経過も長く、具合の悪い時期が長引くことがあります。そして、ある時点でもう「大丈夫ではない」という時期に来ることがあるでしょう。そういうとき、医者は本当に苦悩しながらご家族に説明をするのだと思います。

大人はいずれ死と向き合います。高齢になれば誰もが避けられないことです。ですが、青年期や壮年期の若い人の痛ましい死ももちろんあります。そういうとき、成人医療を行なっている医師も、やはり相当悩みながら、本人や家族に説明をしているでしょう。それが医者の仕事とはいえ、「大丈夫ではない」ことを伝えるというのは、本当につらいことです。

  • この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
書籍画像

患者の前で医師が考えていること

松永正訓
三笠書房

クリニックの選び方から最期の看取りまで―― 患者が知らない医者の本心を、現役医が包み隠さず明かす。 「“いい病院”には2つの条件がある!?」 「Googleのクチコミをどう思っている?」 「手術前の医者には、“あるルーティン”がある?」 「診たくない“迷惑患者”ってどんな人?」 「“大丈夫じゃない”とき、患者にどう伝える?」 「ご臨終ですと告げるとき、医者は何を考えている?」 超高齢社会を迎え、ますます身近になってくる医者と患者。 しかし、「長すぎる待ち時間」「冷たい医者の態度」など、医療に対する患者の不満や不信は尽きない。 悩んでいる患者を前にして、医者は何を考えているのか――

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