兵庫県・斎藤知事の“パワハラ疑惑”で設置…「百条委員会」の強大な“権限と機能”とは!? 元議員の弁護士に聞く
兵庫県の斎藤元彦知事の「パワハラ疑惑」に関連して、県議会が「百条委員会」を設置し、調査が進められている。百条委員会とは何か、どのような権限と機能を持っているのか。
百条委員会は“何をするところ”か?
百条委員会とは、地方議会が、地方自治法100条の定める「百条調査権」を行使するために設置する調査機関である。同条1項は以下のように規定している。
(地方自治法100条1項)
「普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の事務(中略)に関する調査を行うことができる。この場合において、当該調査を行うため特に必要があると認めるときは、選挙人その他の関係人の出頭及び証言並びに記録の提出を請求することができる」
百条調査権にはどのような意義があるのか。東京都国分寺市議会議員を3期10年にわたって務めた経歴をもつ三葛敦志弁護士に聞いた。
三葛弁護士:「地方公共団体の首長や議員の不祥事や疑惑があった場合に、地方議会は、本人に対し、一般的な調査として質疑を行うことができます(地方自治法109条2項)。
しかし、そこでの答弁はあくまでも任意です。本人が答弁を拒んだ場合には、それ以上追及することはできません。
その点、百条調査権は、刑罰等に裏打ちされた強制力があります。証言を拒絶したり、虚偽の証言を行ったりした場合には、刑罰が科せられます。その意味で、最終手段に近いものです」
証言拒否、虚偽の証言には「刑事罰」
三葛弁護士が指摘するように、証言拒絶、虚偽の証言に対しては、以下の通り厳しい刑罰が科せられている。
①関係人が正当な理由なく出頭・証言等を拒んだ場合:6か月以下の禁固または10万円以上の罰金(地方自治法100条3項)
②宣誓をしてから虚偽の証言を行った場合:3か月~5年の禁固(地方自治法100条7項)
証言の拒絶が認められる「正当な理由」は、刑事訴追のおそれがある場合など、ごく限られる。
しかも、議会は、関係人がこれらの罪を犯したと認めた場合は、調査終了前に本人が自白した場合を除いて、刑事告発しなければならない(地方自治法100条9項)。
また、百条調査権の調査対象は広範にわたっている。
三葛弁護士:「調査対象は、地方公共団体が担当する事務である『自治事務』『法定受託事務』全般です。
除外されるのは『国の安全』『個人の秘密』に関するものなどに限られています(地方自治法100条1項括弧書、施行令121条の5参照)。それらは性質上、そもそも調査対象として不適切なものです。
議会の仕事は議案の審議・議決がメインですが、それらと関係していない事項についても調査対象とできます。
実際に、百条調査が機能する場面は、今回の兵庫県知事の『パワハラ疑惑』に象徴されるように、多くが首長や議員を中心とした不祥事や疑惑です」
百条委員会は設置だけでも「事実上の制裁」に
百条委員会が設置されるだけで、対象者に対して絶大な威力を発揮するという。
三葛弁護士:「百条委員会は強大な調査権限を持つので、設置されること自体、社会に対し『この問題は重大だ』と印象付けることができます。
百条委員会を設置しなければならないケースは、刑罰による制裁を背景としてでも究明しなければならない重大な疑惑があるということを意味します。それだけに、百条委員会が設置されてそこに呼ばれるだけでもマイナスイメージを与え、事実上の制裁を加える効果があります。
百条委員会を設置するのは過半数の議決があれば可能です。しかし、このような強力なものなので、発動する側も相当自重します。
世論が問題視していない場合に、百条委員会が設置されることはまず考えにくいといえます。刑罰を背景としてまで調査権を行使していいのか、という緊張感が議員の側にあるのです。
ちなみに、私は市議会議員を3期10年務めましたが、在職中、一度も百条委員会が設置されたことはありません。それほど稀で、よほどのことといえます」
百条委員会が機能した「豊洲市場事件」
百条調査権が実際に行使され、実効性を挙げた例として、三葛弁護士は、2017年の東京都の「豊洲市場問題」を挙げる。
東京都の築地市場の移転先が豊洲に決まった経緯をめぐり、東京都議会が百条委員会を設置し、市場の移転を決めた当時の都知事だった石原慎太郎氏(故人)の証人喚問等が行われた。
三葛弁護士:「築地から豊洲への移転が決定された経緯、市場の用地の買収価格の決定過程、土壌汚染の処理費用の免責などに関する資料が提出されました。
また、都議会が元副知事ら2名を偽証の疑いで刑事告発し、受理されました。最終的に不起訴にはなりましたが、何が問題だったのかを世に広く知らしめることになりました。
なお、証人喚問された石原元都知事についても、『記憶にない』『副知事らに一任していた』などの答弁を重ねる様子が報道され、イメージダウンになりました。
この例から、百条委員会に呼ばれるだけで大きなダメージを受けることがよくわかります」
猪瀬直樹氏が東京都知事を辞任した「引き金」にも
このように事実上の制裁の機能を果たすからこそ、百条委員会が設置される前に辞職した例もある。2013年の東京都の猪瀬直樹知事(当時)の公職選挙法違反疑惑事件である。
猪瀬氏に、2012年の東京都知事選挙の直前に医療法人から5000万円の資金提供を受けたという公職選挙法違反の疑惑が持ち上がった。都議会の質疑で、猪瀬氏が5000万円をバッグで運んだと弁明し、猪瀬氏がそのバッグの実物に5000万円分の札束に見立てた物体を詰め込もうとして、入りきらなかったというやりとりが放映されたのは記憶に新しい。
三葛弁護士:「都議会は、猪瀬氏の件で百条委員会の設置を決めました。都知事選挙で猪瀬氏を支援した第一会派の自民党までが、この動きに加わりました。
これを受け、猪瀬氏は、百条委員会が設置される前に都議会議長あてに辞表を提出しました。
自身の与党ともいえる最大会派が百条委員会の設置の動きに加わったことに加え、百条委員会が開かれれば、刑罰を背景に証言の義務を負うので、それも大きな理由だったと考えられます。
つまり、設置されること自体がプレッシャーとなるのです」
なお、猪瀬氏はその後、公職選挙法の選挙資金収支報告書虚偽記載の罪で罰金50万円の刑を受け、5年間の公民権停止となっている。
政治家が百条委員会にかけられた場合の「心構え」とは
兵庫県では、斎藤知事のパワハラ疑惑について既に百条委員会が開かれているが、知事は辞任しない意向を示している。
最後に、三葛弁護士に、仮に百条委員会にかけられた政治家から相談を受けた場合、弁護士としてどのようなアドバイスをするか聞いた。
三葛弁護士:「説明責任が重要なのは言うまでもありませんが、私は、地方議員を経験した立場からも、法的責任だけではなく、道義的・社会的責任の取り方も重要だと考えます。そのような肌感覚を持っています。
つまり、偽証にあたらなければいい、刑事罰を避けられればいい、という法律上の問題だけでは済まない面があるということです。一方、議員や首長を辞職することで社会的責任を果たしたとばかりに不起訴になるケースも見られます。
対応を誤ると、近しい立場の政治家や政党等に迷惑をかけるばかりか、辞職やむなしとなった場合の後継者にとっても大きなマイナスからのスタートとなります。それらを十分に考慮したうえで、どのような行動をとるべきか判断することが大切です」
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